二人の私をすり寄せて
母と、演奏会を企画することにした。
夕べ決まったことだった。
母と私は銀座のレストランで向かい合ってワインを飲んでいた。
ふたりとも、ワインバーで食前酒を引っ掛けてからレストランに来たので、普段よりも饒舌だった。
「最近気がついたんだけどさ、ハープと一緒に演奏会出来る環境って相当珍しいみたいなんだよ」
「何を今更」
ハーピストの母は、そういって微笑む。
「私はお腹の中からハープの音色を聴きながら育ってきて、家にハープが増えたり減ったり常に8台近く置いてあるような状態が普通だったから、あんまりありがたいとも思っていなかったのだけど」
母が笑っている時、彼女の眼は三日月のように弧を描く。たまに、「あなたとお母さんって目がそっくりね」と言われるのを思い出した。
「だからね、私はあなたに頼まれたときにしか共演しなかったの。母と娘でチェロとハープの演奏ができるなんて素敵!って言われるのが面映ゆくって」
私はここで、鯛の身を切り分けて口に運んだ。山菜の香りが鼻腔を撫でる。
「でもね、この環境を利用しない手はないって最近漸く思った。私おとなになったでしょう。だからさ、一緒に演奏会しよう」
白ワインを飲み干してしまった。母よりも私のほうがペースが早い。
「わかった。来年の夏とかなら時間取れるから、企画して」
母はそう言って、卓の端にあったパンを手に取り皿のソースを拭った。
私は早々にパンを食べ終えてしまっていた。母の皿を恨めしそうに見ていたのが遠目でもわかったのか、給仕の男性が「おかわりはいかがですか」とパンを持ってきた。暫しの逡巡の末に私は断った。母は「おかわりすればいいのに」というような目でこちらを見ている。私は小さい頃から変わっていない。
生まれ落ちる場所は誰にも決められないけれど、その場所を活用するのもしないのも本人の責任。かつて恋人が私に言った言葉を思い出す。いちごの添えられたパンナコッタ、大変美味しかった。
タクシーを止めようとする母を引き止め、有楽町の駅まで歩いた。
酔った状態で電車にのるのが好きだ。目を閉じて、電車の振動に身を任せていると、線路はやがて宙に向かって伸びていく。星座の合間を縫ってどこまでも続く旅を、私はよく楽しんでいるけれど、今日は同じ場所に帰る人が隣にいるから、いつもよりも心地よく目を閉じていられる。
そうして母子揃って降りる駅を忘れて乗り過ごすところまでが、定型文。
私おとなになった。
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リンクさせていたTwitterを実名にした。
文章を書く自分と、演奏家である私を上手く繋げられたらと思う。
いつか、私の文章に興味を持った人が私の演奏を聴いてくれたらという淡い期待を胸に、最後に自分の関わったメディアを紹介。
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