一見すべてに恵まれたあの人
小学校のとき、とてもキレイで若い先生がいた。
いつも明るく笑顔で生徒から人気があり、運動もできる活発な人だった。
おそらく幼い頃から、あらゆる方面でクラス1・2を争って来た人だろう。
それでも傲慢な感じが一切なく、妬みからの悪口を言われているところだって見たことはなかった。
夏休みには同僚の先生とヨーロッパ旅行、冬にはスキーに行くなど職場での人間関係も良好なようだった。
そんな先生が私の2年と3年のときの担任だ。
私は先生のことが大好きだったし、それなりに懐いていたと思う。
不信感
でも、ある時を境に不信感を抱くようになった。
クラスの問題児への対応だ。
恐らく先生は、毎日理由もなく嫌な言葉を吐かれる気持ちも、何度も何度も暴力を振るわれる気持ちも微塵もわからないのだろう。
それは例え、目の前で自分の生徒同士に起きたことであったとしても。
それは間違いなくイジメだ。
大勢で一人に対して行われるものではなく、一人が大勢にしているものであっても、最低限そこは見極められるべきであり、正しい報告を父兄にすべきところである。
一見、完璧に見えた先生はそこだけひどく欠けていた。
それでも、誰からも指摘されない。
学校で暴力を受けていることを親に言った私は"先生からいつも楽しそうにじゃれあっていると聞いて恥ずかしい思いをした"とひどく怒られた。
もちろん、あの計算高く執拗な問題児だって"僕は何もしていない"と常に言う。
私は両親にまで失望した。
いくら矛盾の多い主張でも、そこを誰からも指摘されることはなく、私が嘘をついたこととして治められた。
何度も何度も。
そうして問題児は問題児として扱われなかった。
だが、彼の間違った成功体験はとんでもないツケだった、と後で知ることになる。
気づくことのない不徳
そしてそんなことは、先生本人も父兄も知らないまま時は流れていった。
小4になり週一度の委員会が始まる頃には、問題児の異常性はさらにクラスメートの目に付くものとなっていた。
委員会の時間だけ、あれだけうるさいあの子が一言も話さないのだ。
それでも委員会を離れると暴言や暴力は日常的にあり、それらは相変わらずとても執拗で計算高かった。
その頃には先生は結婚して県外に行っていた。
中学生になると彼は学校で一切話さず、友達と登校するのすら避けるようになっていた。
学校に行く以外は部屋に引きこもり、社会人になれば仕事に行く以外は引きこもる。
今の時点でかれこれ30年以上。
私が結婚し、赤ちゃんを連れて里帰りをしたとき偶然あの問題児のお母さんに出会った。
とても寂しそうに"家の男の子は二人とも結婚しないんだよね。いいなぁ"と子供を見て言った。
正直、私は”このお母さんには自業自得な部分もある”とその時は思った。
どうしてあそこまで他に危害を加える問題児を放置したのか。
なぜ、私は暴力を受け続けないといけなかったのか。
体育の授業中、三角座りをしているときに急に後ろから髪を引っ張られ頭を床につけられ、こめかみを踏まれたことも嘘にされた。
教室で自習をしていると急にボールを顔にあてられた。
上げたらキリのない数々のトラウマは全て私の嘘にされたけど、実際あったことだ。
おばさんはそれを知ろうともしない怠慢な人だと思った。
それでも、暑い夏の日に小学校の子どもの見守りに参加するおばさんを見るのはとても複雑な気持ちだった。
今だからわかること
今、小学生の母親になった私は自分の目の届かないところで起きたことを判断する難しさを知っている。
そもそも正しい情報のないところで正しい判断なんてできなし、子供は親に見せない顔を持っているものだ。
うちの子供の担任が様々な問題を整理し、指導する姿をこれまで何度も見て来た。
その度に、あの先生のことを思い出す。
私に暴力を振るっていたあの子が必要だったのは”サンドバック”ではなかったのだ。もしそうなら、今でもあの子は嘘をつきながら誰かに危害を加えているはずだ。
今あの先生は、優しい娘さんとお孫さんに恵まれ、教師の仕事も定年退職したようだ。
インスタグラムには手作りのお菓子や手編みのセーター、手作りのバックなどがあげられている。
本当に器用な人だし、今も若いときの姿と大して変わらない。
当時のクラスメートから何人も未婚や引きこもりが出たとしても、彼女の積み上げたものは一切揺るがないし、そんな事実なんて彼女にはどうしようもないことだ。
あの子が今どんな生活をしていようと、あのおばさんがどんな気持ちでいようと彼女が”気にしない”選択をすればそれまでのこと。
あの子もあのおばさんも、すでに幾つかあったであろう人生の分岐点に気づかないまま、それを通過した。それは、いつからか解決できくなった問題を抱えたまま残酷な静けさの中で、これからもずっとずっと続いて行く。
私はバランス感覚に優れ、全てに恵まれたあの人を羨ましいとは一切思わない。
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