見出し画像

Nana's Life in Malaysia

# 3    留学の 『The きっかけ』

今日はワタシが留学に踏み切れたきっかけそのものを話したい〜〜〜💭✨
さあ高3の4月、絶賛ロックダウン中!休校!!!な頃まで遡りやす。

学校ないから、塾と家の往復生活が始まってた。
家には毎日色んな大学のパンフレットが届く。
やけど前書いたようにワタシは関関同立って決めてたから興味なーし。
届くもんとどくもん、すぐポーーイって感じやった笑(ごめんなさい)

4月中盤、いつもの様にワタシ宛のパンフレットたちが机に並んでた。
その中にひとつだけ、なんも書いてへん茶封筒があった。
他のは見るからに大学から!って感じやしポイできる。
けどなんかわからんしポイできひんやん。
やし初めて開けたんよなその類の封筒を。
それがNanaの人生の転機です。

その中に入ってたこのパンフレット。
書かれてた言葉たちがビビビーーーーーンってきたあの感覚は
忘れへんのちゃうかなと思う。

結局高校卒業後から1年間ワタシがお世話になったこのパンフレットの送り主
NIC international college in Osaka との出会いは、
こんな風に超超超一目惚れやった。
パンフレットから拾えたNICのカリキュラムはこんな感じ。

1年(NIC) +3年間(海外大学)で卒業
各国に提携校あり
英語を学ぶではなく海外大を生き抜くために英語で学ぶ1年間(転換教育)
先生達はネイティブ、授業・宿題は英語オンリー
エージェントとしての機能も果たしてくれる
30年の歴史がある学校
学費は高い、、、

ざっくりこんな感じ。

その場にいたお母さんに
「見てーーー!!!Nanaここ行ってからなら正規留学もワンチャンありかも!」
って騒ぎ立てた思い出。笑 すでに塾も行かせてもらってたし、
長く海外と関わる経験したいけど、短期留学かワーホリか青年海外協力隊かな
ってよく話してたから特に相手にされず。
その夜NICについて調べまくって面白そう!行きたい!って伝えまくるも、
「関関同立いく覚悟も簡単に揺らぐやつがどーすんねん」
「塾辞めるとか簡単に言うな」って両親ともに怒られ。
やけどその選択肢の存在に間違いなくワクワクする自分の存在は、否めんかった。

数日後、お母さんに
5月になるまでに6月分の塾の支払いをしなあかん。
自分がどうするつもりなんか4月中に決定して。
NICに行くならママのこともパパのことも説得して。
こう言われた。18歳ながらよく考えたとは思う。
恩師にも相談した。お母さんともいっぱい語った。
お母さんは外国語大学を選ばんかった当時の自分に後悔してて、
ワクワクする方に行ってほしい、絶対大変やけどなって泣いてくれた。
両親ともに、ワタシの決めたことを応援してくれるタイプで
自分の気持ちをまとめてそれを読み上げた時、NICに進むことを承諾してくれた。

パンフレットと出会ってから、鬼のスピードで決定した留学への道。
親友達にすら事後報告やった。笑
次回は、NICでの生活がどんなんやったかを書きます🎶


               🌼 Thank you for reading 🌼



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?