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1場面物語『とある猫から聞いた話』

『まぁ、だから結局私達は孤独なのさ』
猫はそう言います。

今は暖かい部屋の中。
元野良だった猫は淡々と己の心を話します。
私はそれをウンウンと聞いたのです。
これは元野良猫の話。

『私に帰る場所はなかった。
ま、親から離れるのが早かったね。なんでって?それは、やってられなかったのさ。だいたい、親の持つ縄張りは碌な事が無かった。だから、私は1匹で街に出た。』

猫は思い出すように上を少し見る。
私はポットのお茶をカップにそそぎながら続きを促す。

『親から離れてどうだったて?とにかく街も碌な事はなかったよ。少しは気楽でもあったけどね。何しろ帰る場所のない私みたいな奴らは、やられるまえにやるしかない。傷ついたって、治してくれる奴はいないんだから。傷ついた事は隠すのさ。そうでもなけりゃ、己は守れない。』

今はただの家猫にしか見えない毛の奥に、見えない傷があるのだろうか?それは今も猫を苦しめるのだろうか。

『家のある友も居たさ。しかし、あの猫達は別。別の生き物。帰る場所のある子達は、私達とは違う。明日死ぬかもしれない覚悟がないんだよ。私達は明日、冷たい雨に打たれ死ぬかもしれないし、カラスとの喧嘩に負けるかもしれない。あの子達にはそれがわからないのさ。だから私達の態度を可愛らしい声で責めたり、宥めたり。煩わしいものさ。』

私達を責めたり、宥めたり出来る位置に命を置くことは幸せなことだよと猫は言った。

『私達みたいに尖らなくていい。強く見せなくてもいい。飢えて死ぬ心配もない。可愛いと言って撫でてもらえる。』

猫は少し苛々としたように尻尾をタシンっと打った。私は少し考えて猫に聞いた。

『家猫になろうとしなかったのかって?ハッ…したさ。めいいっぱい愛想を振りまいて。鳴らしたくもない喉も鳴らしてやったさ。でも無責任な奴は餌はくれても家に連れて帰ってはくれない。連れて帰っても、猫の性質を知ろうともしない。』

『だから、そのたびに傷ついて終わりさ。終の棲家なんて夢だと思ってたね。私は気立てのいい猫じゃないしね。……。』

猫はそういうと少し黙った。私は猫にミルクをすすめた。猫は一口ぺろっと舐めて、また話し出す。

『この隠れ家だって、自分で見つけたんだ。ここの爺さんは私を自由にさせたからね。勝手に入り込んで住んでるのさ。私はやっと棲家を手に入れた。』

それは、よかったですねと私は頷いて見せたが猫は不機嫌に鼻を鳴らした。

『私達は、子猫の時から逃げ込める家のある猫達とは違う。長らく、緊張感のある日々に身を投げてきた。今更、子猫の時から可愛がられる家猫のように振る舞う事はできない。今は食いっぱぐれないだけマシだけれど、心はまだ寒空の下さ。』

だから私達は永遠の野良猫だし、どうしたって拭えぬ孤独と共に生きているんだと猫はいった。

私はカップのお茶を啜って、クッキーを齧った。
そして、猫を見た。

『いろんな猫の生き様をみたが、一つとして同じものはない。ただ、朽ち果てる時が必ず来ることだけはどの命も変わらないのさ。』

窓の外を見ると、雨がしとしと降り出していた。
猫はすっかり喋りきったのかカゴの中でウトウトしだした。

今日は思いがけず長居してしまった。
猫が話をしてくれるとは思わなかったから。

さぁ、カップをかたして、クッキーは…もらっていこう。
お爺さんが起きてくる前に、私はこの家を出なくてはいけない。私は音をたてないように片付けて、フードを目深にかぶった。雨は濡れるけれど、私を隠してくれるだろう。

『あんたも早く棲家を探しな。道端で朽ち果てる気がないのならね。』

カゴの中でほとんど寝かけた猫がそういった。
私は片手を上げて挨拶をして、その家をそっと音もなく去った。


しばらくして家の主が起きた。家の中の雰囲気が少し違う気がして、カゴで眠る猫に「誰か来たかい?」と聞くと猫は「ニヤァ」とないて擦り寄ってくる。
何時もと変わらぬ猫の態度に「気のせいか」と家の主は安心した。
猫はフフンっと鼻を鳴らし、今朝方家を訪問した知らない匂いの人間を少し想った。

『あのこは見つけられるかね。帰る場所。』


それからしばらく街ではお茶が無くなるとか、パンが齧られるとか、服が一枚無くなるとか、小さな事件が起きたそうだが、犯人は捕まっていないという。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽とある猫に聞いた話

此処まで読んでくれて有難うございます!
思いつき1場面物語です。

棲家を得た猫と、棲家を探す人間。
どちらも孤独なのです。
どちらも愛は必要です。

そういう話。

案外近くにある話。

棲家は大切だ。


さぁ!別の記事も読んでいきますか?
それともお茶を1杯いかがでしょう?

あなたの心が帰れる場所を持っていますように。
そして、私の庭に遊びに来ますように。


サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。