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2000字現代ホラー:『接吻』


女が 消えた。

俺を貪り求めた

唇と共に…




「警部!遺体が上がりました」

梶は上着を椅子から剥ぎ取ると、署の前に停めてある車に乗り込んだ。

一体何が起こってるんだ…

ここ一か月で真夜中に忽然と姿を消す子供達。
行方不明…不明なのは僅か数時間から数日で、その後子供達の”行方”が”浮上”する。

かすみ海岸に着くと青ビニールが張られた場所に何台ものパトカーや救急消防車が停められていた。ガチャンと音を立てるストレッチャーは、潮風になびく白い布で覆われている。

「警部…先日捜索願が出されていた…五名です」

梶は遺体を運ぶ救急班を制し、布を剥いだ。

蒼白く冷めた肌に蚯蚓みみずの様な血管が浮き彫り、歯を剥き出しに開けられた口。鷲爪を立てた様に曲がった指先。そして…大きく見開かれた白目には まるで百足むかでが這った様な跡がボツリボツリと赤黒の血玉泡を吹いている。命無き体は恐怖の一瞬を写真に収められたかの様に強張り固まっていた。

何度見ても胃物が押し上げる感覚を覚える梶であったが、奥歯を噛み締め、隊員に小さく頷いた。


死因:溺死

おぞましい姿で硬直している原因は不明のまま警察は未だ集団自殺と殺人の双方から捜査を続けるも、全てが闇の中で手がかりは何一つ掴めていない。顔見知りでない3歳から14歳。性別もバラバラだ。

自身のデスクで現場写真を見つめうなる梶の前に小田が立った。

「警部…些細な事で、死亡した子供達の接点と言えるかどうか…」

小田は自分の携帯を梶の目の前にかざした。

「ゲーム…か?」

「はい。このゲームアプリが死亡した子供達全員の電子機器に…オンラインではないのですが」

梶は小田の携帯をいじりながら眉をしかめた。

迷路パズル
何処にでも溢れていそうな簡易ゲーム。ただ…次の画面で梶は唾をごくりと飲んだ。

作成元:Racer.ENT


§

「ねぇ…私貴方と一緒になりたいの」
裸体をシーツで包みながらグラスを傾ける。
「家庭を壊す気は無いと言ったはずだろう?」
腹をよじりながら服を着る男の方へと顔を向ける。
「貴方の子供欲しいのよ」
手を止め鋭い目つきで振り返る男を見て鼻を鳴らす。
「妊娠はしてないわ。でも昨夜は…どう…かしらね?」ふふっと腹をさすって見せた。
手にあった警官バッジを床に叩きつけ女に近寄る。
目を閉じ、唇を差し出す女の首元を男は片手で鷲掴んだ。
くがっ…
「俺をおとしいれようなんて…間違っても思うなよ」

よだれを垂らす女を無造作にベッドに投げ、男はまたなと放ち部屋を後にした。

うごぉっ…ぅんごぉっ
咳き込む女の声だけがドアの向こうに響いていた…

§

午前二時。帰宅してソファーに腰かけ携帯のゲームのスタートボタンを押す。Racer... 佳代の勤めていた会社。佳代は大手会社の人気ゲームクリエーターだったが、あの日を境に姿を消した。
画面内に迷路が浮かび上がる。でも…音がしない?梶は音量を最大限にあげた。

カタッと音がしたと思うと娘が目を擦りながらリビングの隅に立っていた。
「お父さん…うるさいよ…」
「起こしたか…悪いな」
「その音、気味悪いからやめてよぉ~」
「音?」
娘は携帯を指さしながら
「ゲーム」
そう言って寝室に戻って行った。

音なんて…聞こえないぞ。梶はバッと腰を上げ即座にパソコンを立ち上げた。

「ま…まさか…」




「梶さん…出ましたよ!梶さんの言われた通り!」
翌日昼過ぎに小田が息を切らしてやって来た。

「大人には聞こえない周波数で解析を進めた所、特定の子供達には聞こえると思われる音が!!」

解析室で再生された音声に梶の背中が凍り付いた。


ぶつっ

…く…ちづ…け…

し…てぇ…

ぶつっ



濁り渦巻く低い女の擦れ声が繰り返される。


「佳代だ…間違いない…」

何かの催眠術が組み込まれている可能性があるとして、警察はこのゲームを抹消し制作元の取り調べを行った。発案者に秋田佳代の名が上がったが、秋田はゲーム完成一年前に突如失踪…捜査は困難を極めた。
それに加え、ゲームが消えても子供の死体は次々と海に浮かび上がっていた。


何かある。
そう踏んだ梶は必死になって佳代の痕跡を調べたが、一年前から何もかもがハタッと消えている。薄暗い書斎で、梶の頭の中に泡吹くよだれに舌を這わす佳代の不気味な笑みが浮かんだ。

と静けさに携帯音が響いた。



ー あ い し て る の



差し出し人を目に一瞬にして梶の顔が怒りに満ちる。

ー佳代!お前が仕組んだのか!

既読にならぬままに返信が届く。


ー こ ど も い っ ぱ い よ


ー ふざけるな!



ー く ち づ け し て



佳代の企みを含む笑みが浮かび梶の手が震える。



ー ほ ら 



い き が で き な い ほ ど に





次の瞬間

鼓膜を突き破る女の奇声に似た音が梶を襲い


魂が抜かれた様に梶は海へと歩き出した。



§



梶が失踪して五日目の朝。

海上に二体の死体が浮かんだ。


恐怖に顔が歪む男の唇を覆う様にして、白骨化した女の遺体が巻き付いている状態だった。



男の死因 


窒息死


死亡推定1-1.5年の女の死因


頸椎損傷を伴う絞死




子供の怪死はこの日を境になくなった。





















おわり(振り仮名含めず2025文字)


#2000字のホラー




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