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『二つ人』:俳句から小説


『雨の糸つれぬ笑み浮く金魚玉』


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二人の人を愛することは…罪…なのだろうか?


ふと 目を向けた店先に小さなガラス玉がコトンと置いてあった。
視線を離さず歩き続けると
空っぽのそれは 私が歩くたびに七色を醸し出し
ある時点で きらっと縁先を輝かせて光を閉じた。

ふと止まった足が、無意識にゆっくりと一歩後ろに出されると
またキラリと光が縁を撫でる。
何故か無性にそのガラス玉をこの手の中に
入れてみたくなった…。


新聞紙に包まれたそれを大事に腕の中に収めながら夕暮れの道を歩くと、小高い坂のてっぺんで街を見下ろす。
そっとそれを取り出して 沈む夕空に掲げると
空っぽだったガラス玉が
オレンジ色の空でいっぱいになっていて、心の奥でチクリと切なさがこみ上げた。。。

あぁ…だから私は…これを買ってしまったのだな…。

ぎこちない苦笑いが浮かんだのを感じながら、またそっと…私は
ガラス玉を手提げ袋にしまい 家族の明かりが灯る家へと歩き出した。


「お父さん…何買ってきたかと思ったら…鉢?」
妻は書斎の机に置かれたガラス玉を見つめながら言った。

「ん…あぁ、なんだか綺麗だなと思って。。。」

「これ、、、金魚玉じゃない!魚いれてぶら下げる。小さい頃よく見かけたわよ。」
ガラス玉を手に取ろうとする妻を見て、咄嗟に手が伸びた自分に気づいた時には、もう それは私の手の中にあった。

「あっ…あぁ…」
そんな自分の行動にどう理由付けしてよいのかもわからぬまま、
気まずそうにそれに視線を落とすと、妻は「また なんでそんなもの…」と不思議そうに眉を寄せながらくるっと背を向けてリビングへと足を運んだ。


妻には触れて欲しくなかった…。
心の中にある想いが まるでそのまま形になったようなこの透明な、空っぽのガラス玉を、そっと私の物だけにしておきたい…。
身勝手だとは十二分に承知だと 分かっているはずなのに
ぐっと蓋をする自分を痛がってしまうのは何故なのだろうか?


夜風の拭く縁側に出て、そっとガラス玉を吊るすと
ぼぉーっと暗闇を照らす月明かりが
優しくそれを受け入れてくれた。


私は幸せ者だ。
妻がいて、子供がいて、帰ってくる暖かな家がある。
それでもなお痛みを感じるのは
掴めぬものがあるからで、
それは…掴むことも、追うこともさえも出来ない愛の欠片。
この歳になって、愛だとか恋だとか、
そんなどこにでもある言葉を並べても 
風に飛ばされ 何の意味も持たぬことも、
並べたところで その枠には嵌まることも、また理解をされない事も
痛いほどわかっている。
それでも
恋焦がれ、もどかしさの中で藻搔きながら
自分の想いを見つめる事が 私にできる精一杯で
それは妻と顔を合わせる度に罪悪感という形となって自分の身に降り注ぐ。


二人の者を愛する私は…罪人なのだろうか…?



もやもやと眠りについた重い頭。
目を覚ましても光が差し込むことはなく、カーテンの向こうでガラス戸を叩く雨音がゆっくりと私の耳へと入ってくる。
休む事を知らない思想回路は、あの娘への気持ちに気づいた日から休むことを知らない。
ため息交じりのあくびと共に起き上がり、またいつもの一日が幕を開ける…
ただそれだけの事。

妻の作った朝食を食べ終わる頃には、普段通りに事を進め
普段通りの「ごちそうさま」がポツっと口をついてちゃんと出る。
いつものように窓の外を眺めると
昨夜吊り下げたガラス玉が雨に打たれてコツコツと揺れていた。

「いつも通り」を外れて縁側へと足を運び、そっと戸を引くと
コツリとガラス玉にあたる雨が
その表面を這うように滴ると、少しずつ空っぽの中に溜まっていった。

「なにも入ってない金魚玉なんて…お魚でも買ってきましょうか?」

肩越しに妻の声が響く。

空っぽだったそれが 少しづつ…ほんの少しづつだが
でも、確実に満たされてゆく様を目の前に
行きどころのない私の心でも、ちゃんと何かを溜めているような…
そんな錯覚を抱きつつ、

「いや…まだ魚は…いいや…」

歪んだ自分の笑顔をガラス玉の中に写した。



「あらっ!!!」

ふっと風が私の隣を過ぎたかと思うと、妻は雨の中へと飛び出した。

「おとうさん!ほら!!こんなに綺麗な紫陽花咲きましたよ!!」

真っ白な紫陽花を両手に包む妻の笑顔が
ガラス玉の中に逆さに映る。
どこにでもある 何の代わり映えのない紫陽花を「綺麗だ」と
そう言って無邪気に笑う妻…
その奥にぼんやりと 雫の中にあの娘の微笑む顔が浮かび映る。

何の変哲もない どこにでもあるガラス玉…
そこに写る二人の女性を

私は愛していても良いのだろうか…?


私には分からない。。。

しかし、分からないながらに 
ガラス玉に溜まりゆく雨水が
どうしようもなく 自分の矛盾した想いを反映してくれるように感じてやまなかった。

私は
妻が「素敵」だと笑う紫陽花を
この先”愛おしい”と思えるように…
これからも少しづつ自分の雨水を溜めながら、
二人の女性を このガラス玉に映して行きたいと
そう、願う自分がいる事に…
 
形無き 確信なきものに…

そっと、
わずかに心が揺れるように そっと
気づくのだった。


二人の人を愛する私は これからも そっと…。


(終)


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『雨の糸つれぬ笑み浮く金魚玉』
(あまのいとつれぬえみうくきんぎょだま)

私のつたない句から 素敵な視点と解釈をしてくださった片思いさん。
彼の解釈を 私なりに片思いさんに重ね合わせて
句から小説にさせていただきました。

先日こちらの句を読ませていただき、自分なりに解釈はあったものの、どのように読めるのか…少し皆さんのご意見を聞いてみたく、投稿内で伺ったところ、私のつたない句を沢山の方々が丁寧に読み取って、丁寧にそれぞれの想いを乗せて届けてくださいました。コメントを寄せてくださいました皆様、本当に有難うございました。

その中で、今回は片思いさんの解釈を形にさせていただいた次第です。


書かせてくださって、どうも有難うございました片思いさん:)
重ねていると言えども、私は文章から読み取れる片思いさんしか存じない訳でして、間違っている所もずれている所も多いと思いますが、私なりの形にしてみました。なので、あくまでも「フィクション小説」としてお読みいただければ嬉しいです。

素敵な解釈を届けてくださって有難うございました。

次はもうお一方…せきぞうさんの解釈を形にさせていただきたいと思いますので、お付き合いいただけたら嬉しく思います。


それでは:)

七田 苗子




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