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【INUI教授プロジェクト】⑩     第三章 展開:『The Scene 』B(事変)

【はじめに】
今までのレポート及びこの原稿を通じて、多分皆「噛み合わない部分」がある事であろう。
「何故こうなるのか?」「話が噛み合わないな」と首を傾げたであろう事柄をよく思い出して整理してほしい。
実はこの部分が私のまとめに繋がってくるものとなっている。
おかしいと思える箇所がある分だけ次の最終章で納得の行く結果にたどり着けるとそう願っている。



小春は朝一に起きて、無表情で台所に立つと朝食の支度をし始めた。

木彫りの皿を並べ、竹で作ったコップを3つ手に取る。
ー あれ…一つ足りないな。
辺りを見回すと使用済みのコップが台の端に置かれていた。サッと溜め水でそれを洗い布で拭う。
プロジェクトを始めた年に、大きな大木を一人で根気よく削り上げ作った樽には誰かが作っておいてくれたお茶が入っていた。
そっと一つずつコップを茶で満たし、皿の横に丁寧に置いて行く。

外にある火起こし場で手慣れた手つきで火を起こすと、畑から掘り起こしたジャガイモを葉っぱに包んで投げ入れた。

ジャガイモの一つが膝からころっと転がりポケット中へと入り、ゆっくりと手をポケットの中に入れると固く冷たいものが手に触れた。
ー 冬音がおかしな行動に出たら…
そっとポケットに仕込んでおいたポケットナイフを握りしめると、固く口を結びゆっくりと腰を上げ、小春は台所へと戻って行った。

ガチャンと寝室のドアが一つ開く音がして、小春は振り返ること無く「おはよう」とだけ呟いた。
途端に台所の床の上で横たわっていた梅子が腹の底から唸り声をあげると、小春は一瞬手を止めた。台所の天井隅にあるカメラにそっと目を向けると、赤いランプが点滅を繰り返している。。。そのリズムに呼吸を合わせ目を瞑る…。
椅子が引かれる音が後ろで響くと、小春は振り返ることもせずゆっくりと口を開いた。

「よく、眠れたかしら?」

少しの静寂の後
「えぇ、とぉーってもぐっすり」

クスクスと続く笑い声が妙にはらわたに響いて吐き気がする。

冬音は目の前に置かれた竹筒コップに手を伸ばすと
「小春さんは?よく、眠れました?」
陽気な声でそう語りかけ、竹コップを傾けながら中で揺れ動く液体に自らの顔を映している。

小春はぎゅっと口を結んだが、そっとそれを緩めた。
「冬音…外の火でジャガイモ焼いてるんだけど、様子見てくれないかしら?」

冬音は目を転がしながらも、手の中のコップを口に運ぶことなく元の場所にもどし、ぐっと椅子を押して重い腰を上げると、ワザとらしい大きな溜め息とともに外へと出て行った。

ー 男子がいないと、小人の演技もしないのね。。。

小春が心の中でそう呟くと、後ろでまた寝室の音がぎぎぃーと開く音が聞こえ、小春は手元の人参を見つめながらふと笑みを浮かべ「おはよう」とだけ呟いた。

が、「おはよう」が返ってこない。。。

不審に思い後ろを振り返ろうとした瞬間、
強い衝撃が頭に与えられ、小春はそのまま床に倒れ込んだ。



「小春さん…そのまま倒れていてくれませんかね…」

焦点が定まらない小春がその頭だけを上げると、テーブルに置かれていた皿を片手に荒く息をして立っている人物。。。

ー な。。。んで。。。

小春が言葉を発せようとした時だった。
黒い影が視界の片隅から猛スピードで仁王立ちする夏樹に飛びかかってきた。

梅子は小春が倒れ込んだ瞬間に即座に立ち上がり、目の前で起きた事柄を瞬時に飲み込んだのだ。
梅子は夏樹の左足に噛みつき、同時に夏樹が低い悲鳴をもらしながら椅子にもたれかかりテーブルを揺らす。が、痛みに歪んだ顔はすぐにかき消され、必死にひがみ就く梅子への怒りを一気に灯す。

「こんやろぉーー!!!」
梅子がかみついたままの左足を思い切り振り上げ、テーブルの脚に梅子を叩きつけた。

「キャ…キャワン!!」

甲高い声の後を追うように、次々にテーブルの上にあった皿やコップが床を鳴らす。

「なつ…や、めて。。」

必死に右手を伸ばそうとする小春だったが、二人がもみ合う場所には到底届かない。。。

その間も夏樹と梅子の罵倒が響き合っては、格闘が繰り広げられていた。
腕からも足首からも血が滴る夏樹に、周りにある全ての物に身体をぶつけられヨロけて地面に伏せられてもなお立ち上がり続ける梅子。

「なつ。。。!!!うめこ。。。!!」

「黒小人は俺がしまつしてやるぅぅぅ!!!」

充血しきった目をかっと見開きながら叫ぶ夏樹は、我を忘れきっている。今までないほどに牙をむく梅子をみて、小春は今の夏樹がどれほどまでに危険であるかという事に気付かされた。小春の心も身体も凍り付く。

「なつき、、、やめ。。。梅子に小人なんて。。。」

「うっせー!!!だまってろぉーーーーっ!!!」

絞り出すように放った言葉は夏樹のけたたましい叫びに消され、
その声と共に外への扉が開く。
そこには冬音が驚いた表情で立っていた。

「なつき…さん?梅子…ちゃん?!」

夏樹を一点に睨む梅子を見て、冬音の顔が引きつった。。。が徐々に口元がほころんでゆく。。。

いつかはじまると思っていた何かが、はじまっていた。。。

冬音はすぐにまた顔をゆがめ直し、夏樹の知る「冬音」を演じる。

「い。。。いや…冬音、こわい。。。」

「お前は小春さんを縛っとけ!!」

徐にポケットから床に投げ捨てられた一本の布紐。
冬音はゆっくりとそれを拾い上げると、梅子から視線をずらすことのない夏樹にはお構いなしに、堂々と床に倒れ込む小春に歩み寄った。

「冬音。。。あなた。。。」

「ごめんね、小春さん。。。ふふふ。縛っとけって言われちゃった」

この敷地内で「何か」が起これば、プロジェクトは終了するはず。その「何か」の身に起こったとしても私は小春を連れ戻しさえできればいいの。。。
これが冬音の計画だった。

そして、梅子は冬音にとってはその「誰」にあたるのに最適な存在であり、夏樹という単純に操れる人物を仕向けるのに都合の良い存在。。。
もしも梅子に「何か」が起こらなかったとしても…梅子の存在が他に代わる「何か」に繋がる亀裂を生み出してくれる事は目に見えていた。
それがいま、冬音の第二の計画をも必要としない程すんなりと思惑通りに起こっている。

「あっ、アイツらと同じ縛り方したら、すんなりほどけちゃうかもだし…もう一回むすんでおこうかなっ!!」
両手首をギリギリと締め付ける。



滅茶滅茶になったリビングで夏樹も梅子も息を荒げ、心配そうな顔を作りながら見つめる冬音。

ー 梅子。。。

変わり果てた夏樹から小春を守ろうと小さな体で何度も何度も体当たりをして行く梅子の姿を、涙で曇る瞳を大きく開きながら小春は梅子の名前を繰り返し叫ぶ。
膝を立てた瞬間ポケットの中の重みに気づき、目の前の出来事をただじっと見つめる冬音に目を走らせながら、そっと縛られた両手でナイフを握った。

ー 梅子。。。梅子。。。

心の声に合わせてポケットナイフを前後に揺らし続け…

「梅子ぉーー!!!!」

縄が切れたと同時に小春が梅子の元へとなだれ込む様に駆けだした。
後ろ足を引きずりながらも、震えながら立ち続ける梅子の体に抱き着く。


「小春さん!!!どけ!!!」
血に染まった縄を手に夏樹が叫ぶ。

「梅子を縛っておくから!!もうやめて!!」

「どけって言ってんだよ!!!黒小人きえねーんだよ!!!

何を言っても頑として動かない小春にしびれを切らし、夏樹は小春の肩を乱暴に掴んで柱にその身をほおり投げた。
小春の身体がぐったりと床に転がる。

ー まっ、まって。。。小春の身に何かあったら…!ちがう!!!違う!!!


小春が無事に戻ってきてくれないと、意味がない!!!
何かあったらプロジェクトは終了する…そうは思っていた冬音だったが、夏樹がいきなりここまで線を越えて来るとは思ってもいなかった。
梅子への不安を示していた夏樹だったが、どうやって梅子を縄につないでおくか…そう話していたのに。
小春と夏樹の関係の溝が修正不可能になる…ここが冬音の描いた「何か」であるはずだった。。。
この後に及んで、やっと今朝の夏樹の異変に気付いたのだ。


冬音は咄嗟に夏樹の身体にしがみ付いた。

「夏樹さん!!!もう黒小人は逃げましたからやめてください!!」

「何言ってんだよ!!黒小人まだいるじゃねーか!!!」

「冬音にはもう見えません!!」

その言葉に夏樹の顔が一層険しくなり、夏樹は腰に回った冬音の腕を思い切り掴むと、後ろへ冬音の小さな体を投げ捨てた。
ガツンと冬音が床を打つ音と共に、床の上の食器が宙に舞う。

その勢いをとめることなく夏樹は梅子の元へ一直線に向かってゆき、手の中に握られた布紐を梅子の首に巻きつけた。


ぎぎぎぃーと最後の寝室の扉が開くのを冬音はうつろな目の片隅で見つけた。
ぽて、とてっと…一歩づつそのドアから踏み出される足。

「お、おねがい…なつきさんを。。。」

そう呟きながら顔を上げる冬音の目に映ったのは、ケラケラと腹を抱えながら笑う文秋の姿だった。

「なーに???くっくっく。。。け~んか?」
そう言ってまた笑い出す文秋。

その様子は、どう見てもおかしかった。いつもの文秋ではない…何かに完全に飲まれている文秋だった。

「なーつき!!へっへっへ。。。どうしたのぉ?」

縄を力いっぱい引っ張る夏樹をみながら、手をぽんとならし笑い出す。

「なーつき、僕のスペシャルティー!!!飲んでくれたんだねぇ~。。。すっばらしいだろう!!!」

両腕を広げながら天井を仰ぐ文秋。

「さぁ、みんなでぱぁーてぃーだぁーー!!くくくくく。」


ーなっ、、なに、、、言ってるの???
ずきずきと痛む冬音の頭が文秋の言葉を変換処理できずにいた。

体制を正そうと床に手を置いた時だった。。。
冷たい液体に触れ、ふと目を落としコップから零れだしたお茶を見た瞬間
冬音の顔が青ざめてゆく。。。


ー なっ!!違う!!違う!!!なにか一つ起こればよかったのに!!!全然違う!!!


部屋の向こうでむっくりと起き上がる影が見え、冬音がその方向に頭を向けると、そこには身体を腕で包むようにして夏樹と梅子に歩み寄る小春の姿があった。

ー お。。。ねえちゃん?

一心不乱に縄を引っ張る夏樹の前に立つと、後ろに隠していた木皿を振りかざす。


「うめこを。。。」

「はなせーーー!!!」

ガツンと夏樹の肩をうちつけ、夏樹は梅子との格闘による疲れと痛みで、後ろにドスンと倒れ込み、肩を庇い悲鳴を上げながら転がりまわる。
小春が梅子の首に巻き付けられた縄を解きながら梅子!!!梅子!!!と叫び続けていた。

くぅ~ん。。。

弱弱しく出された声を確認し、一筋の涙を流す。
梅子をずっと見つめていた瞳が、ふと冬音に移される。。。

「私を。。。連れ帰る為だけに…?」

小春の瞳を真っすぐに受けた冬音は小刻みに震えだす。。。

「ちがっ。。。ちがう。。。」

小春は梅子にそっと置かれていた右手をポケットの中にいれると、
ギュッと握りしめられたナイフを取り出した。。。


「冬音の目的が私だっていうのなら。。。」

あっ!!と冬音が口を開けると同時に、小春の右手が振り下ろされ小春の腹に突き刺さった。

「いやぁーーーー!!!!」


冬音が声を上げて泣き崩れ、小春の元まで這いつくばる。

「おねえちゃん!!!ちがう、ちがう!!!ちがう!!!!!」



ケラケラと文秋の笑いが響く中、
監視カメラの赤い光の点滅と合わさる様に、遠くからサイレンの音が鳴り響いていた。




次回は最終章のまとめ【Conclusion】となります。
Inuiプロジェクト被験者のその後の足取りや、私の人類学行動心理からの切込みをお読みいただければ光栄です。
物語でどうして?となっていたことが、きちんと腑に落ちるように…なる様に一応頑張って書いたレポートです。

七田 苗子


しめじさんの「教授プロジェクト企画」はこちらから。

第一章はこのマガジンからどうぞ。


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