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『とまった先に』:春ピリカ1200文字

紫がかった空を真っすぐにさすその指を
放っておくことが出来なかった。
無言の助けを求めているようで。


子供達のはしゃぐ声の響く公園に、その青年はいつもいた。ただぼっと遠くを見つめる彼は、微動だにせずに隅の木陰に座る。走り回る子供達は誰一人として、彼の事を気に留めてはいないのだろう、それほどに彼の周りだけの時間が止まっているように思えた。毎日毎日同じ場所に座り続けている彼は、時にそっと地面に咲く花に触れたり、ふと揺れる木の葉に目を向ける。
いつから彼がこの公園に来ているのかも、何をしているのかさえ私は知らない。ただ、ここに来る度に彼の姿が目に飛び込むのだ。
彼は穏やかに舞う風の様な人だった。そう感じたのは、もしかしたらこの世で私だけかもしれない。誰も気づかないほどの僅かな仕草に、緩む口元。私には感じ取れていた。子供達の髪を揺らす事が出来ない柔らかな春風に、いつしか彼が溶け込んで消えてしまうのではないかと。

あの日の夕焼けは弾けるパンジー色に染まっていた。
子供達が一人、また一人と公園を後にする。「もう一回かくれんぼする人この指とまれ!」いつも野球帽をかぶる子が手をあげて声を響かせる。その手を掴む者がいなくなった時に、初めて公園に静けさが訪れた。
虫達が草木のあらゆる場所で小声で話し始め、木の葉たちがざわめき始める、そんな時間。公園の片隅に目をやると、青年は未だ目を閉じながら座っていた。いつもなら彼もまたこの時間には公園を後にするはずだった。私はじっとブランコに乗りながら彼を見つめた。
ふと、彼の右腕が動く。
目の前に翳した手を見つめながら、彼は悲しそうに微笑んだ。
そしてゆっくりと紫空を仰ぎながら右手を上へと上げてゆく。
五本の指が、ゆっくりと一本ずつ折られてゆき、てっぺんで止まったその手の先には、人差し指が空を突くように伸びていた。長く細い線を空に求めるかのように。

指先を見つめる彼の瞳を目にした時、私は体全体で「とまらなきゃ」そう感じた。澄み切った彼の瞳の奥に映った人差し指が、無言の助けを呼んでいるようで、今とまらなければとそう思った。無意識に体が動き彼の元へと飛んでゆく。そして小刻みに震えるその指にとまった。
大丈夫。大丈夫。
何故そう心の中で唱えていたのかは自分でも分からない。
ただ、指にとまった私を覗き込んだ彼の瞳から溢れだした涙は、花の蜜のような甘い香りがした。今までに見たこともなかった彼の表情。望み・痛み、行き場のない感情が流れ出す。



「僕に…生きていてもらいたい人…この指…とまれ…」

桜色の唇から嗚咽と共に微かな声がもれた。





彼は私を真っすぐに見つめ微笑むと、私の乗る人差し指をまた高く翳した。

「僕はもう大丈夫。さぁ、おゆき」

空に道標を引くように、私は風をつかんで上へ上へと飛び立った。


誰もいない公園で出会った青年と蝶。

とまったその指の先にあるものは、
どこまでも果てしなく広がる

大空だ。


(1200文字)

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まっ、、、まにあった。。。

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