1分ショート【空飛ぶ金魚】:「咳をしても金魚」お題
ー 咳をしても金魚。悔しがっても、泣いても僕は金魚以外にはなれないんだ。
ガラス越しに金魚は魔女を見つめます。掃除をしている時、料理をしている時…くしゃみをするたび魔女は、ポンと黒い煙に包まれ姿かたちを変えるのです。時にはカエル、時には鹿にも変身します。「花粉だね」魔女は金魚鉢に向かってニカっと笑っては、魔法の杖を一振りすると仕事に戻ります。
金魚が水面に目をやると、黄色い花粉がぷかぷか浮いているばかり。吸い込みたくても吸い込めません。一度でいいから空を飛んでみたいのに…金魚は鳥になることを夢見ていました。ひゅんと浮上し、金魚は花粉を一粒口に含みます。鼻も目も魔女のようにかゆくはなりません。くしゃみだって出てくる様子はありません。目を細めてワザとくしゃみをしようとします。
こぽ・こぽ・こぽり。くしゃみには似つかない咳がでますが、それでも金魚は金魚の姿のまま。
涙がでても、すぐ周りの水に溶け込んでしまいます。金魚の夢もまた金魚鉢の中で溶けてゆく。こぽ・こぽ・こぽり、こぽこぽり。どんなに頑張っても鳥にはなれないんだ。そんな金魚を魔女はじっと見つめていました。
「風邪…ひいたかな?」
少し考えてから、魔女はおもむろに金魚鉢をかかえ、箒を手に取ると、花粉の舞う大空へと飛び立ちました。
くしゃみをしながら姿を変える魔女の腕の中で、魔法が使えない金魚はいまだ金魚のまま。それでも、自分の家の屋根が小さくなってゆき、あんなに遠かった雲がすぐそばを過ぎてゆく。空を飛んでいる。羽根のない空飛ぶ金魚は音を立てずに喜びました。
病院で花粉と風邪の薬をひとつづつもらった魔女は「面倒なきせつだね」ともらします。そんな魔女に微笑みながら「最高のきせつだよ」金魚は心の中でつぶやきました。
ー 咳をしても金魚。悔しがっても、泣いても僕はいつも金魚。
そう…僕はいつだって空飛ぶ金魚だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?