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『ふぁんしー』 (1917文字) #2000字のドラマ #あざとごはん

ガラガラと引き戸を開けると眩しい光に目が眩む。
昨夜この町を通り過ぎた雨雲は
もうとっくに どこか遠くへ飛ばされて
庭の草木が あちこちで雨水をぱちんと青空へと跳ね飛ばす。

大きく背伸びをして縁側の石段にあるゴム草履に足を引っ掛けると 寝巻の裾がじわっと濡れた。
「あちゃー…」
裾をゴム草履から引っこ抜くと
縁側の下に置いてある籠を取り出し、お気に入りの手袋に大きな黒ばさみを手に持った。
私の日課。
袖がないのに腕まくり。
さてと。今日の収穫はなんでしょぉーか!!

私の就職先は祖父母が住む小さな田舎の村だった。
地元の大学を出て県庁に就職が決まったと思ったら…いきなりこの小さな町はずれの土地に飛ばされた。
アパートなんて一個もない、どこを見渡しても畑かぽつんな一軒家。
たまに見かける車は
白い軽トラか農耕車。
ぶぶぶぶぅぅーーー ごつん ぶっぶぶぶぉぉーーー
へんてこな音に呆気に取られていたけれど
でも 最っ高の美味しいがぎゅっと詰まった すごく素敵な村である。


そうち゛ぁ~ん」
私を呼ぶ大きな声。ととりのおばあちゃんだ。

「な~ん、ばーちゃんよりも早く起きられるようになったんかい?!」
大きな麦わら帽子を顎でキュッと縛って
今にも零れ落ちそうなほっぺたをむにゅと持ち上げた。
「ふふ~ん。偉いでしょ!」
「あだしには まだ追い付けんけどね!」
曲がった背中を伸ばしながら胸を張るととりのおばあちゃんは
祖母と同じくらいのお隣の…その隣くらい…
ん?そのまた隣だったかな?に住む一人暮らしのおばあさんだ。

「あい、採りたてのピーマン。ちーと小さいけんど艶々しってっと」
「ありがとう!!」
こんな緑なんてここに来るまで知らなかった。深い抹茶を入れた時の様な
それでいて爽やかさを持ち合わせる緑。
「そうだ!!ちょっと待ってて」

庭の畑に足を踏み入れ ぱっちんぱっちん赤い果実にはさみを入れる。
 
「朝採りのトマトと交換ね」
「いんやぁ~ 綺麗な顔したトマトだねぇ~!塩かげて食べるわぁ」

「ととっちゃんに先越されたわぁ~」
後ろから大きな籠をしょった望蔵もちぞうさんが手拭いで汗をぬぐいやってきた。

「望蔵は草ちゃん目当てじゃろうが…」
ぽつんとこぼしたととりのおばあちゃん
「あれっ…ばれでだが!」
アハハと豪快に3人で笑う。
うわぁー…最高の朝一笑いだ。
大口開けてガハハと笑うと奥歯の奥まで照らされる。
きんもちぃー!!

「いやぁ~葱が伸びすぎちまってよぉ~」
ドサッと降ろした籠の中には大量のネギが青々と顔を覗かせる。

するとガラガラと荷車の音がした…
「笑い声が聞こえるから何事かと思ったら、みんなここに揃ってぇ~」
ふふっと笑いながら荷台を地面におろしたのは…
うん…これは自信もって言える!!お隣さん!
お隣に住む澄子さん。
「いっぱい持ってきて良かったぁ。はい!メイちゃんが今日は頑張ったよぉ~。黄金の卵!」
いまだ藁があちこちについた卵をカートンいっぱいに持ち上げた。

「葱の上に乗せて運べば割れねーから澄ちゃん葱ももってけぇ~」

あっという間に庭に笑顔という花が咲く。


「そうだ!!みんなちょっと時間あります?」



貰った材料を手に台所へと向かう。
鼻歌を歌いながらまな板の前に立ち、きゅっとエプロンを閉める。
祖母の包丁を取り出して
トントン トトト トトン トン
野菜をリズムよく刻む。
トントン パカッ クルクル じゅわぁ~
メイちゃんが産み落とした卵たちを割り落とす。

はい出来上がり。


縁側に皿を持って出ると 祖父母も加わり皆して麦茶のみのみ笑い合っていた。
真っ青な空が、見渡す限り広がる緑に混ざり
色とりどりの具材が入ったオムレツをまるで太陽のごとく映し出す。

「今日は草ちゃんの愛情たっぷり朝飯がぁ~」
「ありゃー、望蔵の顔がどろけてる…」
「そりゃ~若けぇべっぴんさんの手料理だったら…なぁ!!」
「こういうの『ふぁんしー』っていうんでしょ?」
「トマトと卵の組み合わせ…食べたことないねぇ~」

もう可笑しくて可笑しくて
ニヤニヤのとまらない私の朝ご飯。

どこでも売っている 誰にでもなじみのある 何の変哲もない食材達。
それでも最高の美味しいが詰まっているのは
最高に気持ちよく笑い合える人達と
一緒にこうして会話しながら食べるから。



「おっといけない!!遅刻する」

慌てて用意して、運動靴をキュッと縛る。
愛車のグリコ号の籠に鞄を放り入れ
よし!と気合を入れる。

「あづいがら…これ被っていぎなぁ~」

ととりのおばあちゃんの麦わら帽子を顎で絞めて
思い切り地面を蹴る。

「みんな、いってきまーす!!」

美味しそうにオムレツを頬張る5人が大きく手を振る姿を後ろに

今日も私は

この町の笑顔と美味しいを

守れるようにと

田舎町の小さな役所の片隅に

元気よく笑って出社するんだ。


(1917文字)





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