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クイズダービー?日本ダービー?

大学を卒業してすぐ、競馬のレギュラーが決まった。
競馬場やWINSで泣かれる『ターフトピックス』のレポーターである。

当時、まだ競馬を知らない私のために色々な人がレクチャーしてくれたが、よく耳にしたのが、『ダービーは特別』とか『ダービーだけは別格』だった。騎手や調教師、馬主など競馬に関わる人たちは、一度で良いからダービーを勝ちたいと思うそうだ。

はて。ダービーとは、なんぞや?
『はらたいらさんに1000点!』
のクイズダービーか?
ダービーのいったい何が特別なのだろう?

どんなに言葉で説明されても、ダービーの凄さかまイマイチ伝わってこない。そんな私に『これが日本ダービーなのか!』と教えてくれたのが、1998 年の日本ダービーだった。


1998 年、春。
ターフトピックスのレポーターをしていた私は、『紅梅会』のお花見にお声がけいただいた。『紅梅会』とは、関西出身のジョッキーたちで作っている会。この時、週刊誌の取材で『今年活躍が楽しみな馬を教えて下さい』と言われていた私は、取材ができればという思いもあり参加した。

京都の円山公園で食事会が終わり、二次会へと向かう祇園の街中で、私は豊ジョッキーに声をかけた。

「豊さん、すみません。実は週刊誌の取材でこの春一番楽しみな馬を聞かれているのですが、教えて頂けませんか?」

すると豊ジョッキーは即答した。

「スペシャルウィークだよ。」

そしてスペシャルウィークのことを語って下さった。

「スペシャルウィークはね、産まれてすぐオッパイも飲まないうちに、お母さんが死んじゃったんだ。だからあのコは、乳母に育ててもらったんだよ。」

「えぇっ!?乳母にですか?」

「そう。そんな生い立ちからか、牧場でもクールな馬でね。仔馬はみんなお母さんにくっついて集団でいるんだけど、スペシャルウィークはいつも『ポツン』と一頭でいたんだ。」

「かわいそう。。。」

「かわいそうだよね。そんな生い立ちが影響しているのか、レースにいってもクールなんだ。たんたんと、ひょうひょうと走る。そう、『たんたんと、ひょうひょうと』がピッタリの言葉かも。決して熱くならない。どこか冷めてるんだ。そして、それこそがあのコの強さなんだと思う。こんな馬は初めてだよ。」

私は衝撃だった。
ターフトピックスを始めてから山のように馬を見ていたけれど、一頭の馬の生い立ちを聞いたのは初めてだった。

そうか。。。
スペシャルウィークは、産まれてすぐにお母さんが死んじゃったのか。
そのせいで誰にも甘えず、自分だけ一頭ポツンといるなんて。。。
でも皮肉なもので、孤独であることが彼の強さなんだ。
私は心を揺さぶられ、スペシャルウィークを応援したくなった。

「豊さん!ありがとうございます!私、スペシャルウィークを応援します!」

この時、印象に残ったことがもう一つあった。
それは、スペシャルウィークを『あのコ』と呼んで、とても愛しそうに話して下さった豊ジョッキーだ。トップジョッキーとして多くの馬に関わっていながらも、こうして一頭一頭の馬と向き合っている。本当に馬が好きなんだなぁと、心がポカポカ温まった。

それから約二ヶ月後の六月七日。
いよいよ今年もダービーがやってきた!
もちろん武豊ジョッキーとスペシャルウィークのコンビも参戦する。

このとき武豊ジョッキーはデビュー11 年目。日本ダービーにはこれまで9回騎乗して、一度も勝てたことが無かった。
「あの武豊をもってしても、日本ダービーは取れないものなのか。」
そんな声が囁かれていた。

第 65 回 日本ダービー。
東京競馬場は、17万人の観衆で埋め尽くされた。
スペシャルウィークは、堂々の1番人気だ。

いよいよスタート!
スペシャルウィーク、頑張れ!

大歓声のなか、武豊ジョッキーを背にスペシャルウィークが、直線を抜け出した!

長い、長い、ダービーの直線。
豊ジョッキーは、夢中で追った。
夢中だった。がむしゃらに追った!
無我夢中で追う豊ジョッキーに応え、1馬身、2馬身、3馬身と圧倒的な強さで抜け出ていくスペシャルウィーク。
大歓声の中、豊ジョッキーとスペシャルウィークは後続を突き放し、真っ先にゴール板を駆け抜けた!なんと5馬身差の圧勝。

武豊ジョッキー。
デビュー11 年目・10 回目の騎乗で、悲願の日本ダービー初制覇である。

豊ジョッキーは、何度も何度もガッツポーズをした。
いつもクールな豊ジョッキーが、あんな嬉しそうにガッツポーズをする姿を、私は初めて見た。

後からわかった、有名なエピソード。
実は、直線向いてほどなく豊ジョッキーはムチを落としていた。

そう!あの武豊ジョッキーが、ムチを落としてしまったのだ!
そしてムチが無いまま、必死に追った!
スペシャルウィークは、どんどん後続を引き離し、完全に勝利が見えているのに、それでも無我夢中、がむしゃらに追っている。
あの武豊ジョッキーを、ここまで必死にさせるなんて!

これが!これが!『日本ダービー』なんだ!!!!!

私は初めて『日本ダービー』の凄さを知った。

翌週、ターフトピックスの取材で栗東トレセンへ出向いた私は、武豊ジョッキーにお祝いの言葉を伝えた。いや、私だけではなく、トレセンにいる全ての人が豊ジョッキーにお祝いの言葉を投げかけていた。

「ダービージョッキー、武豊騎手です!」
ダービーの話を、改めてインタビュー。
その中で、私は豊ジョッキーに聞いてみた。

「ところで豊ジョッキー。直線で鞭を落としちゃいました?」

豊ジョッキーは、クスッと笑い答えた。

「スペシャルウィークには必要ないから、直線で置いてきました(笑)」

豊ジョッキーらしい、ユーモアたっぷりの答えだった。

武豊ジョッキーにとって、初めてのダービー制覇。
そのパートナーがスペシャルウィークであったことを、私は心から嬉しく思った。


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