葛藤

 私は迷っている。この飲み会の誘い、行くべきか、断るべきか。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。早く連絡せねば。

 私は基本的に、飲み会があまり好きではない。
 厳密には、飲み会という場自体はそこまで嫌いではないのだけれど、いざ誘われると、面倒くさく感じてしまうタイプだ。
 そして今まさに、その状況に陥っている。

 それは今日の夕方、会社でのこと。
 久々に定時で帰れそうな様子の隣席の先輩が、帰り支度をしながら、
「熊川さん、お疲れさまです!お仕事中に申し訳ないんだけど、来週の金曜日って、夜空いてたりしませんか?」
と声を掛けてきた。
「えーっと、、特に予定は無かったと思いますが、、」
と私が返答すると、
「実はさ、会社の若いメンバーで飲みに行こうかという話になってて、もし良かったら熊川さんもどうですか?」
とのこと。
 この先輩は確か、新卒で入社して6年目だったはずだ。おそらく、20代の人たちを中心に、若手で飲みに行こうということだろう。
 私は、一瞬の間に脳内をフル回転させ、
「ちょっと予定確認して、改めてご連絡するかたちでも大丈夫ですか?」
と返す。
 先輩は、「もちろんもちろん。決まったらまた連絡してー。」と残して颯爽と帰って行った。

 さて、どうしたものか。
 来週の金曜の夜は特に予定は無いので、参加できないことはない。
 が、あまり乗り気ではない。1週間働き疲れた後の金曜日の夜ぐらい、家で一人でゆっくりしたい。

 断っておくが、会社のメンバーが嫌いなわけではない。
 件の先輩も含め優しくて良い人が多く、働きやすい環境である。
 すなわち、メンバーが嫌だから飲み会に行きたくないのではなく、私はただ、仕事終わりの夜は一人でダラダラしたい、ただそれだけなのだ。

 私は以前、私と同じく飲み会にはあまり行かないタイプの友人と、この問題について議論したことがある。
 その子から、
「空いているって言うからダメなんだよ。予定が入っていることにして断ればいいじゃん。私はいつもそうしてるよ。」
と、あまり良くない気がするアドバイスを真剣に伝えられたことを覚えている。

 ただ、その意見は今となっては正しい。最初に「来週の金曜日の夜が空いているか」と聞かれたときに、「空いていない」と至極真っ当な顔をして答えればよかった。そうすればこんなに悩まなくて済んだのに。
 そもそも、他者からある日時の予定を聞かれるときなんて、その次の台詞で何かしらのイベントに誘われることは明白だ。数学の問題でも「自明であるから、」と記載してよいレベルの話である。
 にもかかわらず、噓をつくのが苦手な私は、つい素直に答えてしまう。素直さはときに自分を苦しめるのだ。

 ともあれ、今回の誘いに乗るか否か、先輩に連絡をしなければならない。
 迷っているふりをしているが、内心では断る方向で気持ちは固まっている気がする。
 さて、理由と文面を考えなければならない。

 時刻はまもなく20時になろうとしている。
 あまり遅くなると先輩にも迷惑だ。
 早く連絡してしまって、お風呂に入りたい。
 私はスマホを手に取る。本日最後の一仕事、やるかぁ。

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