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長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.3-④

~真夏のスキーヤー@祇園祭を過ぎた京都~

Vol.3-④

 ブラック・ヴォーカルのBGMが途絶え、客電も消えた。百人程の客席のあちこちからパラパラと拍手が起こり、徐々に厚さを増して行く。

 私の胸の鼓動が最高潮に達した時、斜め後ろから
「早よせえや!」
と、叫び声がした。ホール内に笑いが沸き起こり、ほぼ中央のテーブルに居る顎ヒゲのオジサンが注目を集めた。その瞬間、
「わかっとるわいぃ~」
という、かったるいヴォーカリストの声と共に、5人がステージに姿を現した。ホール内は笑いと拍手で溢れ返る。
 
「待たせて悪かった。せやけど神様にアーメンする時間くらい、おくれぃな。これでも人見知り激しいんやからぁ~」
 サイドギターも務めるヴォーカリストが、ストラップを肩にかけながら言い放った。キャパシティーの大きなホールではなかなか得られない、こんなコミュニケーションが、好きだ。

 ステージ中央から視線を外し、私は右寄りドラムセットの前に立ったナカサンを視た。
 ナカサンはステージに登場した時、普段とは逆に不貞腐れたように気取ってポジションに立つ。緊張を隠す手段かもしれない。そしてゆっくりと客席を眺め渡し、最後に遠くの一点に視線を止めてから、鼻でフフンと笑うみたいに口元を緩めるのが、クセだ。
 今夜もナカサンは一連のクセを始めた。眺め廻した後、俯き左足で軽く舞台床を蹴り、上半身を屈めてふと右舞台袖の方を横向いた。
 もう一度顔を上げると一点をみつめ、口元がニヤリと上がった。別に意味はないのかもしれない。けれどナカサンのこの仕草が、視線の先に居た女性にどんな想いを抱かせるか、私には分かる。
 ステディな彼女なら、私の位置を確認したんだわ、と誇らしくなるだろう。ただのファンなら、また来てる事気づいたのかしら❓と独りでポッと顔を紅くするかもしれない。実際には、真上からの明る過ぎるスポットの差し加減とホールの暗さのコントラストで、眩しすぎて薄暗い中の一人を確認出来るのは稀だと、以前ナカサンは語っていた。
「聞かれたらリップサービスで、目が合ってたよ、って伝えるけどさ」

 それでも私はどのバンドのLIVEでも、1人のミュージシャンを決めて『今夜は1対1のコミュを誰々と♬』という感じで楽しもうとする。必然的に前の方の席のチケットを確保しようとする。気に入った席をGETしたなら、少し突飛な事をして目立てば良いのだ。もちろん迷惑をかけない程度に。
 静まり返った曲と曲の合間に、そのバンドマンの名前を呼ぶのだ。スキーヤーは肺活量が多く甲高い声はよく通って響く。キャー☆キャー☆とか黄色い声など出さずに通常は踊ったりしてるけど、静謐な瞬間に名前を呼ぶ時だけは私の独壇場。音色やグルーブ感を挟んでの、二人の駆け引き。
 この現実の感触は、普段の生活が空しくなる現実逃避とは違う。あの空間の感覚は、自分のスキー表現にだって活きているのだ。

 私は、彼らが星の皇子様でも完全無欠なHEROでもない事を、知っている。同じように生臭い葛藤や苦悩も、身を切り表現してしまえば記録に残るだけ。記憶の上澄みは昇華され、懺悔は沈殿したまま、記録に残る。
 私はその事を、彼ら空間クリエイター達から学び、どんなにダラシナイ夏場を過ごしても、ゲレンデに上がればちっぽけな悩みに映ってしまうと、自覚している。それば現実逃避ではなく現実を楽しむ糧に成る。
 現実に五感で感じ取る、感性を吸収する。それが自分の現実の糧に成るので、その3時間以外のプライベートには彼らではなく、弘也という彼氏がいた。精神的依存や執着するのはお角違いだ。

 と、永らく自覚して来たけど。。。今夜までは。

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