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たいしたことのない(たいしたことある)わたし

最近急にフォロワーが増えたり発言の機会とかが多くなったり、ちょっと圧倒されてます。翻訳や、書いたものや発言を評価していただいて、とても光栄です。だけど、自分の頭で考えずに私の言葉を受け入れるなら、それはやめてほしい…。私の言葉は問いかけでしかないです。もし私の言葉に共感・賛同してくれたら、それを私に伝えるよりも、自分がどう受け止めたかを言葉や色んな形で表現して、周りの人に広げてほしいです。

私は評価されるのが嬉しいです。私はADHDで「障害者」としての経験を重ねてきて、社会から「役立たず」だという烙印を有形無形に押されてきました。「私は役立たずなんだ」「役に立たない私は生きていてはいけないんだ」と、思い込まされてきました。(「障害者」であるということは、「資本主義社会で労働力として使えない」ということと同義ですよね。資本主義じゃなければ「障害者」という概念自体が成立しません。)
また女性として「男性に評価されなければ生きてる価値がない」と思い込んで、評価を求め続けた結果、傷つけられたり、逆に人を傷つけてしまったことも何度もあります。

そんな私が、新型コロナウイルスの登場をうけて「日本は社会運動も含めてこのパンデミックに全然対応できてないけど、海外はどうなんだろう?」と疑問を持ったのをきっかけに、英語圏のアナキストや活動家の書いたものの翻訳を始めました。
それが自分の周りで読まれるようになってきて、複数言語で発信を続けていたところ、5月30日や6月6日のトルコ人への警察暴力に抗議する活動にオーガナイザー兼翻訳者として関わるようになりました。さらに、それがちょうどジョージ・フロイドさんの事件とも重なって国際的な関心を呼び、Twitterのフォロワーは1000人以上増えました。

私にとっては短い間に世界がガラッと変わりました。色んな人がわざわざ私のところへ来て「感銘をうけました」とか「応援してます」とか「発言してくれてありがとう」と伝えてくれるようになりました。これは、今まで砂漠でさまよってきたのに、突然水が与えられたような経験です。

私はこれからも、自分の意見を伝えるために、どんどん発信力をつけていきたいと思っています。ですが、発信力があるからすごいとか、翻訳とか演説といった何かしらの能力があるからすごいとか、そういうことではないです。それは、私自身がずっと苦しんできた障害者差別の根源、能力主義とつながっています。

これは自戒です。書きながら自分に言い聞かせて、自分に対して宣言しているのかもしれません。ADHDであるとは、脳の報酬系が一般的な人と異なっているということです。長期的な計画よりも、短期的な報酬を求めて衝動的な行動をしてしまう。ホメ言葉は私にとっての短期的報酬であり、与えられると脳内麻薬が分泌されて、もっともっとと欲しくなります。それが、次の翻訳や執筆や社会運動のエネルギーとなったりします。だから、褒められておだてられるとどんどんやる気になって、精力的に色んなことができます。しかし、これは本当に麻薬みたいな側面があり、その短期的報酬を得るために大事なことを蔑ろにしそうな、そんな気がしています。大事なこととは、運動の中や親しい人たちとのあいだで水平的な関係を作ることです。もし、このことを大事にできないのなら、私は自分自身を裏切ることになります。そんなのは本末転倒です。

私は国家や資本主義や家父長制が産み出すヒエラルキーと抑圧、差別、暴力をなくしたい。暴力や飢えへの恐怖のない社会で生きたい。そんな世界を見るために活動しています。

だから、冒頭にも書いたように、もし私の言葉や活動に共感・賛同してくれたら、私を持ち上げる言葉を探すよりも、それを自分がどう受け止めたかを言葉や色んな形で表現して、周りの人に広げてほしいです。あるいは、何か協力できることはないか、調べたり、尋ねてください。私はあなたと一緒に世界を変えたいと思っているので。

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