『平家物語』扇の的04(原文、単語、訳)
【原文】
あまりのおもしろさに、感に堪へざるにやとおぼしくて、舟のうちより年五十ばかりなる男の、黒革をどしの鎧着て、白柄の長刀持つたるが、扇立てたりける所に立つて舞ひしめたり。
伊勢三郎義盛、与一が後ろへ歩ませ寄つて、
「御定(ごじょう)ぞ、つかまつれ」
と言ひければ、今度は中差(なかざし)取つてうちくはせ、よつぴいて、しや頸の骨をひやうふつと射て、舟底へ逆さまに射倒す。
平家の方には音もせず、源氏の方にはまたえびらをたたいてどよめきけり。
「あ、射たり」
と言ふ人もあり。
「情けなし」
と言ふ者もあり。
【単語】
感に堪えざるにや/非常に感動したのだろうか
黒革をどしの鎧/深い藍色の革の鎧
御定(ごじょう)/(義経からの)ご命令
中差(なかざし)/戦闘用の矢の一種
うちくはせ/(矢を)弓につがえて
よつぴいて/よく引いて、の音便化
えびら/腰に提げて矢を入れる道具(過去参照)
情けなし/非情である、容赦がない
【訳】
あまりの面白さに、感動をこらえきれなかったのであろうか、舟の中から年のころ五十歳ばかりの男で、黒革おどしの鎧を着ていて、白江の長刀を持った男が、扇の立ててあった場所に男が近づき、舞を踊る。
伊勢三郎義盛は、与一の後ろに馬を歩み寄らせ、
「ご命令だ、射よ」
と言うので、中差を取って弓につがえ、十分に引きしぼり、男の首の骨をひょうふっと射て、男を真っ逆さまに射倒す。
平家は、静まり返って声も出ない。
源氏は、今度もえびらを叩いて、どよめいた。
「ああ、よくぞ射た」
と言う人もいる。
「情け容赦ない」
と言う者もいる。
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