『平家物語』扇の的01(古典ノベライズ後編)
(昨日から続き)
https://note.com/namikitakaaki/n/n01dbc1fdb3eb
その愛人にナイフを突きつけたベージュスーツの男の隣にいる、別の太い男が、実はさきほど船の上から携帯端末で電話してきたのだった。
そいつは宗隆(むねたか)の先輩の伊勢と、こんな会話をしていたらしい。
『さぁ、遊びまひょ。関東の連中に手を結ぶほどの価値と度胸があるか見定めるよう、上から言われてるんですわ。この女に、真っ赤なジュリ扇(せん)持って踊らすさかい、動く扇をチャカで撃ちなはれ」
『あ? なんだよ、じゅりせん、って?』
「……え、知らんのジュリ扇? バブルの頃の、ジュリ扇?』
「バブルだぁ? 歴史上の話をするんじゃねぇよ、オッサン」
『……まぁええわ。扇ですわ、扇。扇を的にするんですわ。この女、ずいぶん大事にされてるんでっしゃろ? 女の頭をぶち抜いて、扇とおんなじ真っ赤な色にせぇへんよう、気をつけなはれや』
勝手に電話を切った太い男は、激しく揺れて少しも止まらぬ小舟の上で、チョイチョイと指で手招きしながら嘲笑っている。
やれるもんならやってみろ、といったところなのだろう。
小舟の愛人は、不承不承といった態で、掲げた扇を手首で返して踊り始めた。
無理難題である。
沖では数隻の小舟に関西の組の者たちが、荒波の上に留まって、にやにやとこの異常な光景の高みの見物を決め込んでいる。
島では数人の関東の組の者たちが、宗隆の後ろに集まって、期待を込めた目でその小柄な背中を注視している。
北風の音の中で、栃木訛(なまり)の宗隆は呟く。
「できっかはわかんね。でも、伯父貴の期待には応えたいべ」
故郷から東京へ出てきたろくでなしの自分を拾ってくれた伯父貴に対し、自身の類まれなる拳銃の腕で恩返しができるのであれば、それはきっとたいへんに晴れがましい舞台なのだろう。
そう思い、宗隆は拳銃を手に、砂浜をゆっくりと歩いていく。
夕暮れ迫る荒れた海に、足首までが入ったところで、小柄な彼は歩みを止めた。
拳銃の天才は意を決した。
ひらめく真っ赤なジュリ扇を、切れ長の目で遠く睨みつけたのだった。
(来週へ続く)
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