『平家物語』扇の的01(古典ノベライズ前編)
19歳の小柄な宗隆(むねたか)青年は、丸刈りの下で背筋をゾクリと大きく震わせてから、4年前に離れた故郷・栃木の訛(なまり)で呟いた。
「3月も末とはいえ、夕方にもなっと、海辺の風もさすがに冷てぇもんだ」
小刻みに震えるマズルの先を足元の砂浜へ向けたまま、おびえる自分に立ち向かうかのように、北風で冷えきった拳銃を握り直す。
自身の坊主頭をひっかく左手の指先だって、まだ震えていた。
たったいま先輩任侠の伊勢から言いつけられた彼の使命を考えれば、それは武者震いに違いない。
昨日深夜の偶さかの暴風雨がいまだ尾を引いているようで、この日は内海であるはずの曇天の瀬戸内海も荒れに荒れていた。
それは、いまの宗隆の心象そのもの。
大きな声では言えないが――香川県の屋島を出て、瀬戸内のとある無人島で、とある薬物の取引を終えたところだった。
宗隆が所属する関東の組は、関西のとある組との合議を経て、あたかもその違法薬物を盃代わりに手を結ぶことになっていたのだが。
相手方に、まんまと裏切られてしまったのだ。
「宗隆、さっき命じたとおりだ。ぶっ放してやれ」
後ろからそっと、先輩任侠の伊勢が、太眉を顰めた苦い顔で囁いた。
「電話で確認したら、東京の伯父貴もそうしろとおっしゃった」
「でも、兄貴……」
言葉少なに宗隆が目を向けた遥か遠い先には――上へ下へと荒波に揺らされる小舟。
伯父貴が目に入れても痛くないと思っているほどの愛人が、どういう経緯か人質に取られているらしく、ベージュのスーツの西の任侠にナイフを突き付けられているのだ。
人質もろとも小舟で一緒に揺られているのが、遠く小さく宗隆の切れ長の目に映っていた。
(明日へ続く)
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