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『平家物語』扇の的04(古典ノベライズ前編)

(先週 ↓ から続き)

 すると、あまりに感動したようだ。
 太い関西の男はこんなことを考えていた。

(わしは思い違いをしていたのかもしれへん。東にだって、なんとも気骨のあるのがおったやないか。これは上層部にええ土産話ができそうや)

 気づけばこの太い男、感動のあまりか黒のスーツで居住まいを正し、先ほどまで女がお立ち台さながら半ばやけくそでジュリ扇(せん)をひらめかせていた位置へと小舟の上を数歩移動し、腰から深く一礼した。
 試すような真似をして悪かった。
 そういう気持ちからだった。

 ところがだ。
 場所を転じた砂浜では、関東の者たちのなかで動いたものがいた。
 先輩である伊勢が、宗隆の背後から、ぼそりとこんなことを言う。

「伯父貴の命令だ。やっちまえ」
「え、兄貴?」
「聞こえなかったのか? やっちまえって言ってんだ」

 やっちまえ。
 それはつまり、あのお辞儀までしている太い黒スーツの男を撃て、ということなんだよな。

「扇の次は、人間かぁ」

 下知の内容はは極めて物騒であるはずなのに、宗隆青年は栃木訛で、なにやらのんきに一人こぼした。
 それから、それはひっそり気取られぬよう、力を込めて拳銃を握り直すのだった。

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