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吸い寄せられるように進めば…〜どちらに行くか迷ったら~


今朝は 5:40にお散歩へ出られた。
いつもは早くて6:30ころ。
(便意に襲われないように、バターココアをやめてワカメスープにしてみた笑↓ …結果、スタミナ持ちませんでした)

早いと やっぱり 空気感が全然ちがう。
そよそよと木々の葉がこすれ合う音が堪らない。

行き慣れた場所が、いつもより神聖さを深く感じさせた。

私は、吸い込まれるようにその湿地帯へ入った。

ずっと、吸い込まれるように進んだ。

いつもならじっくり眺めるようなところにも目を留めようとはしないのが不思議だった。
吸い込まれるままに歩いた。
大好きな小川にも留まらず、小川と並んで歩いた。

気がつけば、何者でもない素の自分が歩いていた。

歩きながら思った。
あぁ、人生もこんなふうに歩けばいいんじゃないか?自分が自然と吸い込まれる方に行けばいいんじゃないか?何かを選ぶ時、どっちかへ行く時、あれこれ考えず、吸い込まれる方を選べばいいんじゃないか?

何者でもない自分でも、好きな人のことは浮かんだ。湿地帯を出た瞬間には、子供のお弁当に何を入れよう?と考え始めていた。
何者でもない自分と現実の自分との間に、境界線は無かった。

行くか行かぬか迷う時、行きたい気持ちが進み理屈で止められそうにないなら行けばいい。
行くか行かぬか迷う時、行きたい気持ちが理屈で、気が進まないのが後ろから引っ張るなら、行かねばいい。

飲むか飲まぬか迷う時、体が勝手に準備を始めたら飲めばいい。
飲むか飲まぬか迷う時、体が準備を始めそうになければ、飲まねばいい。
(ちなみにこれ、私にとってのプロテインやコーヒー笑。飲めって言われたり良くないって言われたり、好きなのに良くないって言われたりで困っておる)

自分の本音で生きられると、それだけで心地良い。自然のままの自分が、心地良い。
それが何よりの幸せ。体にも良いのだ。

自分の本音がどれだか分からない時もある。
何が自然なのか、分からない時もある。
そんな時は、吸い込まれる方をイメージすると迷いが晴れて来るかもしれない。

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