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2021年元旦、天皇杯初優勝そして憲剛との別れ。

2002年のジュビロ磐田

2006年の浦和レッズ

2009年の鹿島アントラーズ

上記チームはJリーグ歴代で史上最強ではないかと言われてきたチームです。

サポーター目線というひいき目を差し引いても数々の記録と戦術、個人の能力を鑑みても2020年の川崎フロンターレが史上最強チームであることを天皇杯決勝、新国立という舞台でも証明してくれました。

そして、漫画のような有終の美を飾った中村憲剛は世界一幸せなサッカー選手であり、僕にとって憲剛の存在は心の支えであり希望であり、言葉にできないほどの想いや多くのカタルシスを貰えたかけがえのない選手でした。
今まで本当にありがとうございました。
そして、18年間お疲れ様でした。

2020年シーズンは生での観戦を自粛してきましたが、川崎という最強チームの見納めと憲剛の正真正銘のラストマッチを観るためにコロナ第3波が押し寄せる危険な状態ですが新国立競技場に行ってきました。

まず、新国立競技場での観戦が初めてだったので感想を書きたいと思います。
スタジアム自体はやはり木材使用したせいなのか優しく柔らかい印象で心地よさを感じました。
しかしながらピッチから遠く、サッカー専用スタジアムの臨場感には遠く及びません。
等々力もサッカー専用ではありませんが、等々力の方が若干観やすいスタジアムであると感じました。
悔しいですが、やはり日本最高のサッカースタジアムは浦和の「さいスタ」だとあらためて実感した次第です。
ご存知の方が多いと思いますが、この新国立は屋根が特徴的で雨天時には助かる反面、日差しの入り具合が複雑で日向と日陰が入り混じりピッチの選手たちにとってはやりにくいスタジアムであると感じました。

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実際この試合でコイントスに勝ったキャプテン谷口は西日がまぶしく守りづらい北側のサポーター側から自陣を日陰の南側に変更しました。
前半はガンバのディフェンダー陣は西日がまぶしくて非常にやりづらい部分もあったと思います。

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写真の右側に小さく富士山が写っているのがわかるでしょうか?
これもちゃんと計算して設計しているのでしょう。
サッカーだけではなく総合スタジアムとして観れば素晴らしい日本を代表する建築だと思います。

まずスタメンで一つ気になったのが左SBの旗手です。
ここ大一番はケガ明けとはいえ本職の車屋が妥当だと考えていましたが、鬼木監督は本来は攻撃的なポジションの旗手をスタメンにしました。

試合が始まってすぐに旗手のプレーを観て安心しました。
彼はちゃんと左足でトラップをして次のプレーがスムーズに行えるように技術的な部分を修正できていたからです。
そして前線の三笘へのロングフィードも左足でしっかりと正確に蹴れていました。
このチームにおける左SBのポジションを理解し練習してきた成果なのでしょう。
旗手選手のように技術をすぐに吸収して実践できる選手はそうはいないと思います。

そして1トップのFWに小林悠ではなくレアンドロ・ダミアンをスタメン起用したのも大正解だったと思います。
ユウは憲剛への想いが強く、絶対に勝って有終の美を飾らなくてはと気負ってしまう可能性を心配していました。
ダミアンは良い意味で空気を読まないブラジリアンプレーヤーです。
決められなかったもののヘディングトラップからのオーバーヘッドをするなど、この大舞台においてもプレッシャーを感じることなくリラックスしてプレーしていました。

その反面、キャプテン谷口は責任感のせいかガチガチに緊張してしまって何度かビルドアップ時にミスキックをしてしまい、自らチャンスをガンバに献上してしまっていました。
この辺りが天皇杯決勝と偉大な選手のラストマッチという大舞台で戦う難しさがあるのでしょう。

試合前は4年前の天皇杯決勝での鹿島に敗れた試合や、その年のルヴァンカップ決勝のセレッソに敗れた試合のことが頭によぎりかなりネガティブ思考全開の僕がいました。

おそらくガンバの宮本監督も僕と一緒の種類のネガティブ思考の人間だと試合が始まってわかりました。
ネガティブ思考は良い意味ではリスクマネージメントに優れているとも言えます。

宮本監督はJリーグでの川崎戦での大敗の記憶が拭いきれずに、より安全な5バック気味にベタ引きしてカウンター狙いの戦術を選択しました。

アーセナルサポーターである僕が書くのもなんですが、、、、。
きっと今季のプレミアリーグでモウリーニョがトットナムでやっているようなポゼッションを捨て、相手を焦らした中でカウンターで沈めるサッカーが宮本監督の頭の中によぎったのではないでしょうか。

しかし、ガンバの宇佐美にはソン・フンミンのような爆発的な走力がなく、パトリックにはハリー・ケインのような一発を絶対にものにする決定力は残念ながらありません。

そして、川崎フロンターレの中盤は焦らされることに慣れていて、しっかり相手のスキをついて最後はフィニッシュで終わるようなプレーを年間を通してやっているチームです。
フロンターレに対してゴール前にバスを置く戦術をとってくるチームは奪ってからのカウンターは難しく、セットプレーだのみになるだけのチームがほとんどでした。

あえて川崎の弱点をつくならブロック戦略ではなく、前線プレスとアンカーの守田にマンマークをつけることが最良の策だったでしょう。
それが典型だったのが今季の26節のコンサドーレ札幌戦でした。
守田に荒野選手がマンマークをして攻撃の起点を潰すことで0−2で札幌が勝った試合はまさにペトロビッチ監督の采配がズバリハマった試合でした。

しかし、この決勝の大舞台で宮本監督はその手を使うことはありませんでした。
あの札幌戦では大島僚太がケガで不在だったのですが、この決勝には大島がスタメンでした。
守田が潰されても、大島がいれば前線プレスをかいくぐりゲームメイクは可能となります。
そして、前線に人数を割いてしまえば三笘へつく人が減ってしまい突破をゆるしてしまうリスクが大きくなると考えたのでしょう。
相手監督の思考をネガティブさせるこのあたりが史上最強チームと言われる今シーズンのフロンターレの由縁なのです。

それでも前半早々、宇佐美からのFKをパトリックが頭で合わせた場面は肝を冷やしました。
結果オフサイドで助かりましたが、あの時点で失点していたらと思うと違うゲーム展開になっていたでしょう。

ダミアン、三苫、家長と再三の決定機をガンバのGK東口はよくセーブし奮闘していました。
そしてガンバの思惑通り0−0で前半終了。

しかし、後半も流れはフロンターレのまま大島〜ダミアンからのパスを三笘が冷静に流し込み先制しました。
この時点で僕はもう1点追加点をとってくれれば、憲剛の出番があると考え、ひたすら祈っていました。

しかし、ガンバ宮本監督も攻撃的な選手を3枚使い猛攻を仕掛けます。フロンターレは車屋も入れて防戦するゲーム展開となってしまいました。
非常に辛い10分間ほどでしたが、最後のカードを憲剛ではなく脇坂を入れる鬼木監督の勝負に徹した采配でしのぎきり、初の天皇杯優勝となりました。

試合全体の感想として、やはり守田と田中碧が軸となりセカンドボール回収、カウンター前に即ボール奪取といった基本的でありながら90分集中を切らさずプレーしていたところがこのチームの強みであると感じました。
この2人のフュジカル強度と高い技術はブンデスリーガでの中堅クラブでならすぐに通用するレベルだと思います。

この2人を軸として家長、大島、三苫というスパイスが川崎フロンターレのサッカーの強さの全てであるのでしょう。

守田がポルトガルへ移籍と聞いていたので、このサッカーが2度と観れないと思い、この試合はかなり集中してフロンターレのサッカーを目に焼き付けました。

以前のnoteでも書きましたが、僕がフロンターレで換えが効かない選手は守田だと思っています。


この試合でのゲームメイクと攻撃参加はバルセロナのブスケツにも劣らないものでした。
もちろんリーガエスパニョーラではそうはいかないと思いますが、ポルトガルでなら十分活躍できることでしょう。

守田が移籍するチーム『サンタ・クララ』のあるサンミゲル島が大西洋の絶海の孤島であり、首都リスボンとは1450kmも離れていて、この距離は川崎と沖縄本島までと同じ!という事実を守田は知っているのでしょうか?
しかも2部から昇格して3シーズン目の小さなクラブだけに、少し残念な気持ちなのが正直なところです。。。

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この試合後、憲剛の挨拶を聞いても、まだ僕には憲剛がいなくなったフロンターレを実感できません。
憲剛が言っていたように今シーズンもまた等々力や麻生で憲剛はボールを蹴ってるんじゃないかと想像してしまいます。

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憲剛の引退が上手く僕の中で消化できた時に、このnoteで自分なりの想いを書きたいと思います。

ではでは、、、。





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