かさなる
先を歩く私に向かって「本当に綺麗だ」と彼はカレと同じことを呟く。
「なんでまた…」といえば、「そう思ったんだ、いいだろう?」と優しい笑顔がカレと重なる。
今思えば彼にとてもひどいことをしてしまったと思っている。同時に別れてよかったとも思っている。タイミングにシチュエーションは最悪だったが結果オーライといったところだろう。
彼は写真を撮る人。たった一枚の写真で人間を美術品にしてしまう。とてもきれいで、美しくて、なんだか無機質で切ない。それがきっと魅力なんだろう。見る人の気持ちに寄り添えるし、多様な見方がある。そんな写真を撮る人だった。彼の写真を見ながら、私はいつか自分の秘密が移ってしまうんじゃないかと漠然と思っていた。でも、透け見えてしまってもいいとも思っている。むしろ透け見えてしまって欲しいとも少し思っていた。そうやって写真に吸われていけばいいと思った。この気持ちも、この辛さも、この悲しみも。全部写真に込めて消してしまえたらいいのに。アジサイを見つめる横顔、私は一体誰を見ているのだろう。
「写真を撮らせてほしい」彼と初めて2人であった日。きっとそうなんだろうなと私は思っていた。カレと連絡がつかなくなってから1年が過ぎた頃、友人の紹介で彼と出会った。共通点が多く仲良くなるのにそう時間はかからなかった。そんなある日私の写真が撮りたいと彼が言い出した。
「映るだけでいい、なるべく自然体で」そう言われても慣れていない私はガチガチと油の切れたロボットのようにしか映れなかった。そんな写真でも彼は笑って「そういうのも面白いですよ」と嬉しそうにしていた。そんな彼を見て私はふとカレを重ねてしまったのだ。その優しいまなざしがカレの目と一緒だったから。違う、が頭の中で反響して溢れてくる。そう違う。彼はカレではないのだ。馬鹿でもわかる。まったくの別人なんだ。誰でもわかる。不安が足から背筋へ上ってくる。
冷静になれ、私。彼より一歩先を歩き、気づかれないように浅く深呼吸をして遠くを見つめた。日も暮れ、今日のお礼にと彼は赤提灯を指さした。お酒はほとんど呑まない人なのに、たばこだって少し苦手なくせに、慣れない暖簾、似合わない大ジョッキそれらをただ私は嬉しく、切なく、けなげだと。
「今日の写真」そう言ってほんのり赤くなった顔で彼がカメラのプレビュー画面を見せてきた。そこに映ったのは、気づかれないように浅く深呼吸をして遠くを見つめた私の後ろ姿だった。ハッと息をのむ。心臓がぎゅっとにぎられて肺が口から出そうな緊張に襲われた。プレビュー画面が次から次へと流れていく。するとどうだろう、そこには私の後ろ姿ばかりが流れてくる。不思議な顔をして彼を見れば、「君の後ろ姿がとても綺麗なんだ」と。
『好きだって思うんだ』エスカレータはいつも私の後ろ。カレになぜと問えばいつも「綺麗だ」「可愛いから」「とてもいいんだよ」とカレは褒めてくれた。そして優しい目で「好きだなぁーって思った」と人目もはばからず言ってのけるのだ。
完全に重なってしまった彼とカレ。また、違う、が頭の中で反響して溢れてくる。違う、違うんだ。彼はカレではないのだ。まったくの別人なんだ。誰でもわかることだ。重ねても彼は彼でカレではないしカレにもならない。半分あったハイボールを一気に流し込む。炭酸がのどに刺さり冷静さを呼ぶ。なのにアルコールが悲しみをまぎらわしてくる。もう二度と返ってくることのないメッセージに、繋がることのない電話番号。いつ会えるかわからないけど会わないと消えてしまった、カレが。
「「次、何呑む?日本酒?」」声が重なった。
「それじゃ、元気で」彼の後ろ姿を見送りながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。同時にやっぱりカレじゃなかった失望感に襲われる。当たり前だ。全て私の弱さだ。弱さであり、甘えだったんだ。彼は彼でありカレではない。いくら私がカレを重ねようとも。彼は彼だった。受け入れられなかったのは結局私だった。
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