ゼレンスキー大統領の日米演説聞き比べ〜アメリカ向けスピーチで「真珠湾」に触れない選択肢はなかった
有名な「沈没船ジョーク」というものがあります。
沈みかけた船の船長が、各国出身の乗客に対し、海に飛び込むよう説得しています。アメリカ人には「飛び込んだらヒーローになれますよ」。ドイツ人には「飛び込むのがルールです」。フランス人には「飛び込まないでください」。ロシア人には「海にウォッカの瓶が流れていますよ」。イタリア人には「海で美女が泳いでいます」。そして日本人には、「みなさん飛び込んでいますよ」・・・
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もちろんこれはただのジョークで、ステレオタイプや誇張も多分に含まれているかと思います。が、国民性というものは確かに存在しますし、「相手に響きやすい言葉」を踏まえてメッセージを使い分けたこの船長は、優秀なリーダーと言えるでしょう。
ウクライナのゼレンスキー大統領による演説を聞いたとき、私の頭に浮かんだのはこの船長でした。
ゼレンスキー大統領はこれまでに、英国、カナダ、アメリカ、ドイツ、イスラエル、イタリア、そしてもちろん日本と、各国の議会で演説をしてきました。私はそのうち、アメリカの議会向けのものと、日本の国会向けのものの2本を聞き比べてみたのですが、なんというか、ツボの押さえ方がすごい。
アメリカ版では「自由」や「民主主義」といった抽象的な理念を強調しつつ、「We need you」とヒーロー心をくすぐる。アメリカ建国の父に触れ、「I have a dream」というキング牧師の有名な一節を引用する。
一方日本に向けては、「チェルノブイリで舞い上がる放射性物質の粉塵」など、情景が浮かぶ描写でロシアの脅威を訴え、「ふるさとに戻りたい気持ち」で共感を誘う。「昔ばなし」や「発展の歴史」など、ソフト面での日本の強さにスポットをあててプライドをくすぐる。
「リメンバー・パールハーバー」は、アメリカ戦争スピーチ界のたこさんウィンナー
勝手な想像ですが、メディア慣れした元コメディアン・俳優の大統領とそのチームにとって、アメリカ向けの演説はそこまで難しくなかったんじゃないかと思います。アメリカはスピーチ大国ですし、大統領の就任演説なんかをいくつか辿れば、刺さるスピーチの型は何となくわかる。「建国の父」も「I have a dream」も定番中の定番だし、戦争の文脈であれば「リメンバー・パールハーバー」や「9.11同時多発テロ」も鉄板ネタです。
運動会で言えば、「大玉転がし」に「玉入れ」、「借り物競走」に「選抜リレー」。お弁当で言えば、「おにぎり」と「唐揚げ」と「卵焼き」に、「たこさんウィンナー」がついてきたみたいなイメージでしょうか。
「リメンバー・パールハーバー」はアメリカ戦争スピーチ界のたこさんウィンナーだ、というのが私の理解です。
日本では、この「リメンバー・パールハーバー」という言葉がちょっとした物議をかもしていたようです。
日本で問題になったのは、「真珠湾攻撃を思い出して欲しい。(中略)9.11を思い出して欲しい。(中略)(ウクライナはこうした空からの攻撃を)毎日、毎晩、受けている」という箇所。
これに対して、「パールハーバーの対象はあくまでも軍事施設。民間の病院やらショッピングモールやらを爆撃しているロシアとは違う」とか、「テロと同列に扱うなんて」といった声も上がっていたようです。
言いたいことはわかります。
だけど。
「アメリカ人の感情を一番大きく揺さぶるボタン」を押したいゼレンスキー大統領にとって、「真珠湾」と「9.11同時多発テロ」に触れない、という選択肢はなかったように思います。
だって、存在しないんですよ。本当の意味でウクライナの現状と重ね合わせられるような戦争の記憶なんて。アメリカには。
夜な夜な空襲警報に怯えたこともない。焼け野原にされたこともない。自分たちより大きな軍をもった国が隣にいるなんて想像できない。というかそんな国は地球上のどこにもない。真正面から他国に攻め込まれるなんて想像がつかない。アメリカ史上最も犠牲者が多かった戦争は、いまだに南北戦争、つまり19世紀の内戦ですし。
そんな超大国にとって「真珠湾攻撃」と「9.11」は例外中の例外、記憶に深く刻まれる大事件だったわけです。アメリカ人からウクライナへの共感を引き出そうと思えば、やっぱりその2つを持ち出すしかない。
この演説を聞いて不快になった方の気持ちも理解できますが、その不満はゼレンスキー大統領にではなく、ネタのレパートリーが限られたアメリカ史に向けるしかない気がします。
さて、この演説を受けて、「アメリカで真珠湾の話をするなら、日本では広島・長崎の話をすべき!」という声もあがりました。
でも、アメリカにとっての「真珠湾」と、日本にとっての「広島・長崎」って、意味が全く違うんですよね。
日本向け演説で「リメンバー広島&長崎」は的外れ
アメリカは、真珠湾攻撃を受けて「日本ゆるすまじ!」と立ち上がった国です。それまで「ヨーロッパの戦争に巻き込まれる必要ないよね」なんて言っていた世論は一変し、議会は470対1で対日参戦を可決。「リメンバー・パールハーバー」のスローガンのもとに国民は団結し、最終的に日本を無条件降伏させました。
9.11同時多発テロもしかりです。「テロとの戦い」をうたったブッシュ大統領の支持率は、それまでの50%以下から86%にまで急上昇。その後いろいろありつつも、10年後にオサマ・ビン・ラディンを倒し、一応まぁなんとか勝利をおさめた格好がつきました。
アメリカで「パールハーバー」や「ナイン・イレブン」の話をすれば、闘志をかきたてることができる。「屈服してたまるか。ロシアを追い出すまで戦い抜くぞ」というウクライナの想いを理解してもらうことができる。
じゃあ日本はどうか。
広島の9日後、長崎の6日後に、何があったでしょうか。
「原爆」と聞いて日本人の心に浮かぶのは、核の恐ろしさ、戦争の虚しさ、そして平和への想いですよね。
日本人に「広島や長崎を思い出せ」なんて言おうもんなら、「いや、核はまじでやばいから、落とされる前に降伏した方がいいよ」なんて言われかねない。それは徹底抗戦を訴えるゼレンスキー大統領が望む反応ではないはずです。
さらに日本では、「降伏」にそこまで悪いイメージはないですよね。鬼畜と教えられていた米兵はチョコをくれるし、憲法は変わって自由になるし、経済は成長して豊かになるし。
「降伏したら、暮らしがよくなって結果オーライだった」・・・そんな特殊な歴史をもった国に、いかにしてウクライナの抗戦姿勢を理解してもらうのか。
ゼレンスキー大統領とそのスピーチライターにとって、「日本人向けの演説」はなかなかの難題だったのではないかと、勝手に思っています。
日本向け演説の絶妙さ
では日本向けの演説ではどんな話をしたのか。
「歴史上の出来事」や「人類全体への攻撃」より、「今現在日本が火の粉をかぶりかねないリアルな脅威」。「普遍的な価値」より「日々の暮らし」や「子供たちに残したい平和」。「理念やスローガン」より「現実の風景」。「怒りや正義感」より「悲しみや恐怖」。「武器を手に勇敢に立ち上がること」より、「ふるさとを立て直すこと」。
えっと、ツボ、おさえすぎじゃないですか?
「原発事故」に「津波」、「日本昔話」に「ふるさと再建」と、日本にあわせたキーワードが散りばめられていたのは、メディアでも散々指摘されていた通りかと思います。
でも、単純にキーワードを散りばめておけば相手に刺さるかというと、そんなことはないですよね。
例えばアメリカ向けの演説をまるっと持ってきて、単純に「真珠湾」を「広島・長崎」に、「9.11」を「3.11」に入れ替えたところで、おそらく日本人には響かない。
演説先の国が変われば、その国にあわせたキーワードを持ってくるだけでなく、そのキーワードを埋め込む土台もきちんと設計しないといけない。ゼレンスキー大統領とそのスピーチライターは、それがとても上手かった。
国民性を踏まえて、丁寧にスピーチを作り上げる。そしてその作業を、演説相手国の数だけ繰り返す。危機の最中にそんな芸当ができるウクライナってどんな国なんだろうと、その歴史や文化に興味がわきました。優秀なリーダーのもと、ウクライナという船が一刻も早く危機を脱し、日常を取り戻せるよう願っています。
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