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アウトサイド ヒーローズ:10-5
フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ
翌日も早朝から、市街地戦演習場に軍靴を踏み鳴らす音と銃声が響いていた。
「チームで動け! 警戒し続けろ!」
隊長が部下たちに檄を飛ばす。5人一組の第1戦闘班は、一人も脱落者を生むことなくビル街の中を進んでいた。
建物の谷間を、銀色の影が突っ切る。班員の一人が、視界の端で敵をとらえて銃口を向けた。
「いました! 雷電!」
鋭い声に兵士たちは互いの背中をかばい、素早く円陣を組んだ。
「各班に報告! 1班、雷電と遭遇! 1班、雷電と遭遇!」
班長はインカムに呼びかけると、自らも銃を構える。
「障害物は徹底的にマークしろ! 砲弾みてえな石にやられたくなけりゃな!」
看板の陰、建物同士の隙間、積まれた段ボール箱……5人の目と5つの銃口が、隈なく周囲を舐めまわした。
「……ぐはっ」
短い呻き声とともに、班長の背中に兵士の体重がかかった。投石の鋭い一撃を腹部に受けた班員はずるずると班長の背中を滑り、アスファルトに倒れ伏す。
周囲の兵士たちは班長が指示する前に、石が飛んできた方向めがけて銃口を向けた。
「『こちら2班。2班以下、各班集まりました! 雷電の潜伏地点の包囲を始めています』」
班長のインカムに、第2戦闘班の班長から通信が入る。班長は素早く周囲を見回し、喫茶店のような外装をした建物の扉が開いているのを確認して声をあげた。
「負傷者を避難させて、我々も雷電の包囲に向かう!」
ストライカー雷電は、建物の陰を縫って走っていた。
背後で銃声が響くが、狙いをつけて放たれた弾ではなかった。数発の弾丸が周囲のビルを掠め、壁に1つ、2つと穴を空ける。雷電は振り返らずに走り続け、角を曲がって隣の路地へと飛び込んだ。
――昨日よりも、狙いが執拗になっている。
足をとめると、軍靴が駆ける音がわずかに響くのを高感度集音センサーがとらえた。昨日までは、こちらが追い立てる側だった。しかし今日は互いに連携しあい、肉食獣の群れのように時折牙を剥きながら、こちらを包囲しはじめている。
レンジはマスクの下で、にやりと笑った。
――いいぞ、訓練は順調に進んでいる。とても喜ばしいことだが……
笑顔のまま、奥歯をギリと噛みしめる。バイザーの下の目は爛々と輝いていた。
――やられっぱなしなのは、性に合わないな。
建物の陰から陰へと身をひそめ、足音を消して路地を進む。追っ手をかわしながら、敵集団の背後に回り込むために……。
「雷電はこっちだ、警戒しながら、進め!」
「クソ!」
行く手から叫び声があがるのを聴きとって、レンジは小さな声で叫んだ。隣の路地に駆け込むと、背後で銃声が響く。
「囲まれたか……!」
耳を澄ませると、四方から軍靴の音が近づいてくる。レンジは深呼吸すると、物陰から飛び出した。
「おりゃああ!」
銃口が向けられる中、叫び声をあげて雷電が駆ける。鈍い銀色の影は飛び交う銃弾をすり抜け、銃を構える小隊に向かって突っ込んだ。
――周りの部隊は同士討ちを怖がって撃ってこない。今気にするべきは、目の前の相手だけだ!
雷電は反復横跳びするような動きで不規則に左右に跳んで銃口を逸らしながら、ゴミ箱や段ボールが転がる路地裏を走りぬけた。
「ひいっ!」
「怯むな、撃ち続けろ!」
異常なスピードで弾丸を避けながら襲い掛かる雷電に、兵士が悲鳴をあげる。檄を飛ばす隊長に狙いをつけ、銀色の腕が伸びる。
「よっ、と」
軽くひねった手首をバネに、手刀がコツリ、と隊長の首筋に当てられた。班員たちが固まりついた一瞬のうちに、雷電は地を蹴って跳び去っていく。
隊長の胴衣につけられたタグが警告音を放つ。監督していたメカヘッドが、班員たちのインカムに通信回線を開いた。
「『第3班、隊長被弾。判定は……即死だ! 隊長は速やかに作戦行動から離脱。その場で横になって待機するように』」
「了解。……よっこいせ、と」
メカヘッドの指示を受けた隊長は武器を置き、アスファルトの上に寝そべる。
「『残りの班員は作戦行動を継続するように!』」
メカヘッドの指示が終わるか終わらぬかといううちに、新たな回線が開いた。
「『こちら1班。3班の班員は行動計画に従い、これ以降1班に加わるものとする。よいか!』」
「了解!」
「『……なら、よし。諸君らの健闘を祈る』」
第1班の班長からの通達に、第3班の兵士たちは口をそろえて答える。メカヘッドは短く全員に伝え、通信回線を閉じた。
陽が傾き始め、薄暗がりになった路地を雷電が駆けていた。周囲を警戒する戦闘班の隙をついて襲い掛かり、銃口を向けられる前に離脱する。
奇襲戦法で少しずつ兵員をそぎ落としていったが、“イレギュラーズ”の戦闘部隊はその都度体制を立て直し、組織的に動き続けることで包囲網を確実に狭めていった。
「……いたぞ! 2班、そっちに向かった!」
「了解!」
通信機でやりとりする班員たちの会話は雷電の耳に、直接届くようになっていた。
鈍い銀色の影が、ゴミ箱を蹴散らして走る。雷電の行く手と背後に威嚇射撃の音が響いた。
「畜生、挟み撃ちか!」
雷電は言い捨てると、隣の路地に逃げ込んだ。2、3区画を突っ切って走ると、指示を待ちながら周囲を警戒していた別の班に行き当たる。
「わっ、雷電!」
「ええい、クソ!」
無線からの連絡もなく現れた雷電に兵士たちが浮足立つ。
慌てて引き金に指をかけようとするが、雷電の勢いが勝っていた。行きがけの駄賃とばかりに、目の前の班員の額を指先で弾く“でこぴん”をお見舞いすると、雷電は更に方向転換して建物の隙間に潜り込んだ。
「いってえ!」
「『4班、一名脱落! 実戦だったら即死だぞ、気を抜くな!』」
パワーアシストによって強化された一撃に班員がもだえていると、メカヘッドから檄が飛ぶ。
「『雷電は追いつめられてる! アイツに一泡吹かせるチャンスだ、残った奴らは最後まで気を張っていけ!』」
「了解!」
兵士たちは短く叫んでメカヘッドに返すと、雷電を追いかけて走り出した。
周囲から響く軍靴の音。互いの位置を報告し合いながら指示を飛ばし合う班長たちの声。雷電の行動範囲は、ますます狭くなっていく。
雷電スーツから警告音が鳴る。バイザーにエネルギー残量の低下を警告するサインが浮かび、点滅を始めた。
「そろそろ、限界か……!」
細い道が入り組んだ路地裏エリアの中心、飲食店を模した建物の裏庭に入り込むと、四角く切り取られた広場の中央で雷電は立ち止まった。
「動くな!」
短く叫ぶ声が飛ぶ。第1戦闘班の班長が裏庭の入り口に立ち、雷電に銃口を向けていた。
雷電が振り返った時、班長の背後から生き残った兵士たちがあふれ出す。班員たちは身構える雷電を取り囲み、裏庭の内周をぐるりと取り囲んだ。
「雷電、お前を完全に包囲した。今日の演習は、俺たちの勝ちだ!」
勝利を確信し、喜びの色を隠さない班長の声を聞いて、雷電はマスクのしたで小さく笑った。
「ふ、ふふふ……」
「何がおかしい!」
「今だ、やれ!」
空を仰いで雷電が叫ぶ。銃を構えていた兵士たちがざわついた。
「落ち着け! ……くそ、撃て! 味方に多少当たっても構わん、雷電を」
破れかぶれの指示を出そうとした班長の声を、上空から飛んできた凛とした声がかき消した。
「オッケー! “ブロッサムシューター”、展開!」
「えっ……」
思わず兵士たちが空を見上げる。視線の先、建物の屋上に薄ピンク色のドレスをなびかせてマギフラワーが立っていた。
日中の太陽光エネルギーを蓄えた杖が、地上の兵士や雷電に向けて構えられている。
「非殺傷ブルームアロー……最大拡散!」
「ひっ……!」
班員たちが逃げ出す間もなく、杖から放たれたピンク色の光が裏庭一面を飲み込んだ。
薄暗いバックステージの扉が閉まる。扉を隔てた向こう側……”止まり木”のホールから、割れるような拍手が続いていた。
「ふう……」
「お疲れ様でした!」
カーテンコールを終え、一息ついたチドリに女給がタオルを差し出した。
「ありがとう。それじゃあ、今夜も後片付け、お願いね」
「お任せください!」
胸を叩いて応える四本脚の女給を見て、チドリはくすりと微笑んだ。
「ふふっ、よろしく。……そうだ、レンジ君やアマネちゃんたち、今夜は見に来てくれるって言っていたけれど。どうかしたのかしら?」
「ああ、連絡きてました。演習でやり過ぎちゃって、動けない人もたくさん出ちゃったから、今日はみんな早めに休むって」
「あらあら。明日が本番だものね、仕方ないわね。……教えてくれてありがとう。それじゃあ、お休みなさい」
「はい。ママも、お疲れ様でした」
頭を下げる女給に手を振り、チドリは建物の奥にある階段を、ゆっくりと上り始めた。
――戦いが始まる。いよいよ今夜、あるいは明日の朝早く。
オレンジ色の照明が薄っすら照らす、細い階段を上る。帰っていく客の声や見送る女給たちの声も、既に聞こえなくなっていた。
――ことりちゃんに似せて作られた人工知能? という子は、結局現れなかった。レンジ君の方にも行っていないみたいだし、私の歌じゃあ、届かなかったのかな。ことりちゃんと初めて会った時のようには、うまくいかないものね……
歩きながら、チドリは小さくメロディを口ずさんでいた。チドリ自身がまだ駆け出しの歌手だった頃、女給見習いのことりがほれ込み、「歌を教えてほしい」と頼み込んでくるきっかけになった歌だった。
階段を上りきると、歌い終えたチドリはため息をついた。
――“彼女”をことりに重ねていたのは、私も同じ……か。
顔を上げると、階段前から自室前まで延びる廊下の先につくられた窓の向こうに、白く光るものが浮かんでいた。
「あれは……?」
駆け寄ったチドリが窓を開けると、光る球が廊下に入ってきた。思わず差し出した手の上にふんわりと降り立つ。
「あなたは……人工知能、さん?」
光が弱まると、滑らかな白磁の肌を持つ鳥の姿が露わになった。“アンサンブル・ギア”は羽を畳み、ほっとしたような、泣き出しそうな顔をしたチドリをじっと見上げていた。
闇夜を薄黄色の街灯がぽつり、ぽつりと照らす。人々が寝静まった未明のカガミハラ市街地。恐ろしい変異生物が徘徊する外界と人類の生活圏を区切る城壁を、いくつもの黒い影が音もなく這いのぼっていた。
城壁の頂上にたどり着くと、セキュリティ・センサーを遮断する間仕切りを壁の上に設置する。ハンドサインを送り合い、人影は整然と隊列を組んで壁を乗り越えた。
両手と両脚に仕込んだ吸盤によって、侵入者たちは滑るように壁の内側を降りていく。
第6地区の再開発区域、第7地区の開発中断区域、第9地区の工業プラント区域、そして第10地区のフロンティア・エリア……
人の目が少ないであろう地域を標的に、黒尽くめの集団が同時にカガミハラに侵入した。
ヘルメットと覆面で顔を隠した重装備の兵士たちは周囲を見回す。人影はなし、センサーの類も確認できず。特別に警戒されている様子はない。
素早く作戦を開始しようと動き出そうとした時、それぞれの地区に侵入した者たちは目の前に大きな壁が立っていることに気づいた。
「こちら、第10地区侵入班。周囲に異常なし、と言いたいところだが……」
フロンティア・エリア……自然のままの土地を城壁に囲い込んだだけの、未だ一切開発の手が付けられていない地区を担当する部隊は、目の前の壁にマグライトの光を当てて立ち尽くしていた。
「何だこれは……パネル?」
大きな壁には、黒いドレスを着た若い女性の写真が一面に貼られている。そして“カガミハラ歌謡祭、広告用資材置き場”という文字が大きく書かれていた。
「何で、こんな森の中に……?」
持っていた携帯端末で写真を撮ると、すぐに着信通知が表示される。添付されていたのは廃墟の町に、似たような大看板が建っている写真だった。
「『こちら第7地区。似たような看板は、こっちでも確認している』」
「『第9地区。似たような看板が、壁際の道に等間隔で並んでいることを確認』」
「何なんだ、祭り? とにかく、周囲には警戒を……」
フロンティア・エリアの侵入者がインカムでやりとりをしていると、看板に描かれた女性の目がぼんやりと明滅した。
「なあ、今目が光ったんじゃないか……?」
侵入者の一人が気づいて、神経質そうな声をあげる。同僚の一人が首をすくめた。
「何ビビってんだよ、あるわけねえだろ」
「いや、それは……!」
インカムでやり取りしていた隊長格の兵士が、手にしていた銃で看板を撃つ。女性の顔が吹き飛び、小さなライトやカメラを備えたセンサー類が、夜闇の中でマグライトの光を浴びて浮き上がった。
「センサーだ! くそ!」
隊長が忌々しそうに叫んだ時、周囲の藪ががさり、と動いた。
「待ち伏せか!」
黄色と黒の縞模様のベルトを腕に巻いた黒尽くめの集団……“イレギュラーズ”の戦闘班は藪から飛び出すと、侵入者に向けた銃の引き金を一斉に引く。自らも銃を撃ちながら、班長が叫んだ。
「侵入者発見! 全力で、排除を開始する!」
(続)
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