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アウトサイド ヒーローズ;10-3

フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ

 レンジが“止まり木”に到着したのは夜も更け、従業員たちが帰った後だった。除雪オートマトンが取り残したわずかな雪をかき集めたように、雪にまみれたブーツを引きずりながら玄関にたどり着く。
 “貸し切り”の札が掛けられた扉を開けると、あふれ出した柔らかな光にレンジは目を細めた。

「おかえりなさい、レンジ君」

 カウンターの向こうで、黒いドレス姿のチドリが微笑む。レンジはコートを脱ぐと、カウンター席に腰かけた。コートとハンチングを隣のスツールに置くと、ふう、と一息つく。

「ただいま、チドリ義姉さん……もしかして、待っててくれたの?」

「だってあなた、晩御飯を食べるって、言ってたから……ほら」

 カウンターの奥にある保温ボックスを開けると、カレーライスをカウンターテーブルに置いた。湯気と一緒に、スパイスの香りがふわりと鼻をくすぐる。

「ありがとう……ごめん、遅くなって」

「いいのよ。やりたくて、やってることだから。……はい、めしあがれ。ミール・ジェネレータで合成したカレーだけど」

 模造麦茶のグラスが並べて置かれる。レンジは「いただきます」と言って両手を合わせると、受け取ったスプーンでカレーをかきこみ始めた。

「うん、うん……うまい……」

「よかった。……ねえ、レンジ君」

 目の前に腰かけたチドリに話しかけられて、レンジはスプーンを置いた。

「うん、どうかした?」

「探していた子は、見つかった?」

「……いや、見つからなかったよ。“もし、あのギアがことりだったら”って考えて、カガミハラの中で、ことりが行きそうな場所を探そうと思ったけど……」

 レンジは答える途中で言葉を探すように黙り、グラスの麦茶をストローですすった。

「ダメだった。顔を出すとしたら、この店ぐらいしか……後は、他のライブハウスとか、劇場も見に行ってみたけど、いなかった。それで、ことりはそんなところにいきなり行きたがるヤツじゃないしなあ、って思い直して、結局、ずっとカガミハラを歩き回ってた」

「仕方ないわ。あの子はこの町に、実際に来たことはないんだし。どこに行きそうか、なんて、想像するのは難しいと思う」

「うん……」

 チドリの言葉に相づちを打って、レンジは再びカレーライスを口に運んだ。

「……ああ、おいしかったよ。ご馳走様」

「お粗末様……レンジ君」

 呼び止められ、立ち上がりかけたレンジは再びスツールに腰かけた。

「うん」

「ごめんなさい、ことりちゃんのこと、勝手に話してしまって……」

「そんな、義姉さんが謝ることじゃ」

「だって、私が話したり、タカツキのママを紹介しなかったら……」

 目を伏せるチドリを、レンジは真っすぐ見つめていた。

「義姉さんが悪いわけじゃない。それに俺は、彼女が生まれたのが悪いだなんて、思ってないよ」

「レンジ君」

 顔を上げたチドリが目を見開いて、レンジの視線を受け止めた。

「私には、よくわからないの。マダラ君やメカヘッドさんたちの話は、私も聞かせてもらったわ。あの……人工知能? は、私たちが話したことりちゃんの考え方をなぞって、それを真似しているだけなのよね?」

「うん。でも……彼女は、『ことりになりたい』と願っていた。それで、俺が否定したことで、鳥になって飛んでいった。まるで、俺の言葉にショックを受けたみたいに」

 チドリは黙って、レンジの話を聞いている。

「だから俺は、あのAIがただの模擬人格だなんて思えないんだ。もちろん、ことり本人でもないし、ことりになろうとする必要はない。俺は、それでいいと思ったんだけど……難しいね、伝えることは」

「うん……でも、その子がことりちゃんと似た性格だったら、仕方ないかもしれないわね。ほら、あの子、思い立ったら一直線だから」

「……ははっ」

「……ふふふ」

 レンジは思わず、小さく笑っていた。チドリもつられて、口に手を当てて微笑む。

「確かに、そうかも」

「でしょう? でも、きっと、そのうち戻ってくるわ。もしかしたら、この店に気づいて飛んでくるかもしれないし」

「……そうだね。ありがとう、チドリ義姉さん。それじゃあ、まあ、明日もじっくり探してみるよ」

「おっと、“じっくりと”じゃあ困るんだよ、レンジ君」

 おやすみ、と言いかけて立ち上がろうとしたレンジの背中に、不意に声が掛けられた。
 ハッとして振り返ると、店の奥に続く戸が開いている。機械頭の男がレンジとチドリに向けて、緑色のセンサーライトをほんのりと光らせていた。

「メカヘッド先輩」

「あら、メカヘッドさん、“管理区域”にお帰りになったと思っていましたけれど……」

 チドリの言葉に、メカヘッドは肩をすくめながら戸口からホールに出て、カウンターの前にやってきた。

「レンジ君が戻ってきたらすぐに話をしたくてね、ここの従業員部屋を間借りしてるマダラ君に頼んで、一緒に泊まらせてもらうことにしたんだよ。そうしたら戻ってきたレンジ君とチドリさんが、何だかデリケートな話をしてるじゃないか。邪魔をするのも悪いと思って、こうやって待っていた、ってわけだ」

 ヘラヘラしながらしゃべり続けるメカヘッドを、レンジは白い目で見ていた。

「それで、俺たちの話を立ち聞きしてたんだな。本当に性格悪いよな、メカヘッド先輩……」

「ハハハ、誉め言葉と受け取っておこう!」

 メカヘッドは手袋をつけた両手を軽く打ち合わせる。

「さて、本題に入ろう。レンジ君、君には申し訳ないが……。こちらにも、悠長なことを言ってられない事情があるんだ。なんとしてでもアンサンブル・ギアを見つけて……フォームチェンジを成功させてもらいたくてね」


 要塞都市・カガミハラの城壁を朝焼けが染め、低い放物線を描く陽が中天まで昇り切った頃。ランチタイムの慌ただしい“止まり木”のドアベルが乾いた音を立てた。

「いらっしゃいませ!」

「ああ、ありがとう。でも大丈夫だ。連れを待たせていてね」

 額に二本の角をはやした赤い肌の男が小さく手をかざし、出迎える女給を制した。

「あら、タチバナさんでしたか。失礼しました。どうぞ、ごゆっくり……」

 顔見知りの女給は小さく会釈すると、さっさと引っ込んでいった。がっしりとした二本角の男、“タチバナ”は客たちが思い思いにくつろぐ店内を、きょろきょろと見回す。

「それで……メカヘッドの奴はどこにいるんだ? わざわざ時間と場所をして、呼びつけておいて……」

 後ろに立っていた長身の娘が、大きな手で店の奥を指さす。

「あっ、あそこ……兄さんがいます!」

 コンサート・ショーのために作られたステージの、すぐ横のテーブル席。カエル頭の男が、タチバナたちの姿を見つけてひらひらと手を振っている。

「本当だ。……でも、なんでマダラ一人なんだ?」

「さあ……?」

 入口前で二人が顔を見合わせていると、席を立ったマダラが二人の前にやってきた。

「おやっさん、アオ! おはよう」

「おう、おはようマダラ。“アンサンブル・ギア”の起動実験、お疲れさん。ところで、メカヘッドはどうしてるんだ? “止まり木”に来るように、ってのは、奴の指示だったんだが……」

「メカヘッド先輩は急用ができたってことで、オレが代わりに話をするように頼まれたんだ。……ところで、アマネは?」

 “止まり木”にやって来たのは、タチバナとマダラの妹、“アオ”の二人だけだった。タチバナは「ふむ……」と息を漏らす。

「カガミハラに着いた途端。レンジからの連絡で呼び出されてな。どこに行ったのかは、俺もよくわからん」

「うーん、そうか……なら、そっちはレンジに任せて大丈夫かな」

「レンジさんもメカヘッドさんと一緒に、出掛けてるんですか? 新しいフォーム、見せてほしかったんだけどなあ……」

「あはは……まあ、そのうち、な」

 アオが残念そうにつぶやくと、マダラはぎこちなく笑った。

「まあ、まずは話をしなきゃいけないんだ。奥の部屋を借りてるから、そっちで話すよ。ついてきて」


「はあ?」

 アンティーク調の木製丁度でコーディネートされた、“止まり木”のVIPルーム。マダラが“ストライカー雷電”と“マジカルハート”のオペレーションをするための機材が運び込まれ、すっかり秘密基地のようになっている部屋の中で、タチバナが呆れたような驚きの声をあげた。

「明後日の早朝、“ブラフマー”の武装集団がカガミハラに攻めてくる……だって?」

 顔をしかめたタチバナは片眉をぐいと持ち上げた。アオは突然の話に、すっかり固まっている。

「おまけにメカヘッドがブラフマーの構成員とコネを作ってて、そこからリークされてきたんだって? 何やってんだあいつ……」

 タチバナのため息に、説明していたマダラもつられて深く息を吐きだした。

「ホントだよ。オレもそう思う……」

「でも兄さん、何で“ブラフマー”が、カガミハラに攻めてくるんですか?」

「それが……春に“ブラフマー”が起こした事件、あるだろ」

 アオは思い出して、両手を合わせた。

「ああ、オートマトンが暴れた、あれ! ……確か、レンジさんの仇がオートマトンを動かしてたんだっけ」

「まあ、そうだな。レンジの仇……“ヨシオカ”の人格をデータ化した“ペルソナダビング”プログラムが、オートマトンを暴走させた。そのプログラムが入ったメモリチップを軍警察が保管してるんだけど。“ブラフマー”は、それを狙ってるらしい」

「けどマダラよ、あのデータ、欠陥があるんじゃなかったか?」

 タチバナが尋ねると、マダラはうなずいた。

「うん。というよりも、データに合った“うつわ”を用意するのが難しいんだ。一人の人間の脳に走る電気信号を全てコピーしたとしても、それに対応するのは、全く同じ作りの脳みそだけだ。だから無理やりデータを入れたオートマトンは、結局暴走しちゃったんだけど……」

「役に立たない、危ないデータなら、取られる前に消しちゃえばいいんじゃないですか?」

 アオがすぱりと言うと、マダラは深くため息をつく。

「『データを消したから、カガミハラを狙っても無駄ですよ』なんて、どうやってブラフマーに伝えるんだよ。それで、信じてくれると思うか?」

「それは……」

「いや、そこは問題じゃない」

 返答に困るアオの代わりに、タチバナが口を開いた。

「軍警察の中にも“ブラフマー”の関係者はいるだろう。どこかで情報は伝わるだろうが……そうなったら、相手がどう動くかわからん。何せ暗闇に乗じてとはいえ、要塞都市に押し入るつもりの連中だからな」

 マダラは腕を組んで「むう……」と唸る。

「なるほど、確かに。それはオレも考えてなかった。でも、それだけじゃないよ。おやっさんが言ったように、“ペルソナダビング”は未完成の技術だ。だけど、短い時間なら“ヨシオカ”の記憶と人格を再現できる。捜査資料としても、捨てるわけにはいけないからね」

「そうか……オーサカにドラッグをばらまいた悪徳保安官の記憶は、確かにウカツに捨てることもできんな」

「そういうこと。それでメカヘッド先輩は相手を泳がせておいて、わざと攻め込まれたところをイレギュラーズと雷電、マジカルハートが抑えて、出動した軍警察が鎮圧する……ってシナリオを組んだわけ」

 説明を再び聞いて、タチバナは頭を抱える。

「全く、とんだ悪だくみだな! いい性格してやがる。それで、メカヘッドの奴は……」

「うん。レンジと、イレギュラーズと一緒に作戦の練習をする、って」

「気合い入ってるな。準備も順調じゃないか」

「それじゃあ、雷電も新しいフォームになって、闘ってるんだ……私も見たかったなあ!」

「あはは……はは」

 マダラは感心するタチバナと残念そうなアオから目をそらして、白々しく笑うのだった。


 カガミハラの軍事基地と軍関係者の住宅地、そして民間の傭兵組合や軍事企業から構成される“管理区域”。その一角に、市街地戦用の演習場が作られていた。

「『動け! とにかく動き続けろ! 殴られるな! 撃たれるな!』」

 インカム越しにメカヘッドが怒鳴る。重装備の“イレギュラーズ”隊員たちは慌てふためき、精巧に再現された街を走り回っていた。
 建物の影を、何かが通り過ぎる気配。隊員の一人が立ち止まって振り返り、銃口を向ける。風に乗って転がり出てきたのは、ボロボロの紙袋だった。

「なんだ、ゴミか……ぐはっ!」

 隊員は撃ち抜かれたように鋭い衝撃を受け、銃を抱えたまま倒れ伏せた。
 握りこぶしほどの石ころが、腹から転がり落ちる。投石の一撃によって気絶に追い込まれたようだった。防弾胴衣につけられたタグが、鋭いビープ音を発する。

「『Hit! Rescue required!』」

「くそ、どこから撃ってきた……?」

 タグから発せられた電子音声が叫ぶ。同じ班のメンバーは銃を構え、周囲を警戒しはじめた。

「『5番班! 一人撃たれ、行動不能だが、まだ生きてる!』」

 モニターしていたメカヘッドが状況を説明しながら、次の指示を飛ばした。

「『回収できそうか?』」

「難しいです! 敵影、確認できず! 警戒を怠れない状況です!」

 周囲を見回しながら、班長が返す。

「『なら仕方ない、脱落者はその場に残して、作戦を続けろ! ……脱落者は演習終了まで、その場から動かないように』」

「了解!」

「……ぐっ!」

 やりとりをしているうちに、また一人が投石に撃たれて倒れる。タグのビープ音が、もう一つ増えた。

「また一人、やられました!」

「『こちらでも確認している! うまいこと気絶させてきやがって、ちくしょう、容赦ないな!』」

 メカヘッドは悔しそうに吼えた。

「『諸君らも実戦だと思え! そう簡単に勝てると思うな! ……けど、あきらめるな! 狙い撃つチャンスを待つんだ!』」

「わかりました! ……あっ!」

 建物の影から影へと、鈍い銀色の人影が飛び移るのを見て隊長が叫ぶ。

「目標発見! 作戦行動に」

 銃口を向けた時には、雷電は既に目の前に立っていた。電光をまとった腕を振り抜くと、防弾胴衣越しとは思えぬほどの重い衝撃が隊長の腹部に走った。

「ぐっ」

 口から空気の塊を吐き出し、隊長が倒れる。ビープ音が激しく響いた。


「『隊長! ……げほっ!』」

「『ひい、バケモノ……があっ!』」

 ヘッドホンから続けざまに、隊員たちの断末魔が響く。演習場の横に作られたプレハブの“指令室”の中で、メカヘッドはため息をついた。

「……5番班、全滅、と。残りはどうなってる?」

「『1番班、カジロです。一人脱落しましたが、隊長以下、4人が生き残ってます』」

 ヘッドホンに返ってきた返事は一つだけだった。

「君たちの班が最後だ。カジロは“手袋を外す”ことを許可する。……状況はどうなってる?」

「『こっちは“魔女”を追ってます。一瞬見失いましたが……いた! “魔女”が、大通りの向こうで静止しています。杖を構えていますが、全く動きません! ……有効射程距離外なので、一気に接近して仕留めます!』」

「おいバカ、やめろ! ちょっと待て!」

「『えっ? あれ……光? ぎゃああああ!』」

 カジロ隊長の叫び声とともに、4人分のビープ音が、重なりあって鳴り響いた。
 メカヘッドはイスの背もたれに上体を預け、深くため息をつく。

「1番班、全滅。演習終了だ! まあ、日々実戦の二人相手に、よく持ったほうだと言っていいのかどうか……レンジ君も、マギフラワーも、お疲れ様」

「『お疲れ様……けど、最後の最後で、雷電スーツも完全にエネルギー切れだ。こうなると変身も解除できないし、しばらく動けない。倒れてる隊員の回収はできそうにない。すまん』」

 インカムからレンジの声が返ってくる。

「それなら、おかまいなく」

「『メカヘッドさん、私は動けるので、助けてきますね』」

 マギフラワーに変身しているアマネが応えた。

「ああ、ありがとう、マギフラワー……しかし、カジロ君たちは大丈夫なんだよな? 最後はビームで、まとめて撃ち抜いたんだろう?」

「『あはは……非殺傷設定にしてるから、生きてると思います……多分。それじゃ、行ってきます!』」

 ごまかすように笑って、マギフラワーが通信を切る。

「やれやれ……しかし、雷電のエネルギー切れは、なんともしがたい問題だな」

「『作戦がどれだけかかるか、分からないからな。それに街中だったら、これまでのフォームチェンジじゃ周りの被害が大きすぎるし』」

 インカムの向こうで聞いていたレンジが同意する。メカヘッドは頭を抱えた。

「そうなんだよなあ。何とか、“アンサンブル・ギア”を見つけなきゃいけないんだが。チドリさんは『いいアイデアがある』って言ってたけど、何するつもりなんだろう……」

 指令室のテーブルに置かれていた携帯端末が呼び出し音を鳴らした。メカヘッドはヘッドホンを置き、スピーカー通話に切り替えると携帯端末を取り上げる。スピーカーからレンジが呼びかけた。

「『メカヘッド先輩、携帯が鳴ってるのか?』」

「ああ、うん。チドリさんからだ……えっ?」

「『どうした?』」

「いや、メッセージだった。“ニュースチャンネルをつけてみて”だって。ちょっと、チャンネルをつけるぞ。レンジも、音声は聞こえているな?」

「『ああ。一緒に聴かせてもらうよ』」

 メカヘッドは携帯端末を操作すると、“カガミハラ・ニュース・ネットワーク”のアプリを立ち上げた。
 ヘッドラインに動画ニュースが並ぶ。その中の、“Live”と表示されたサムネイルを選ぶと、見慣れた“止まり木”のホールが画面に大写しになった。

(続)

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