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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-06
ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ
魔法少女のサポート役、マダラが演じる“ドット”の声に、アマネは驚いた。通信障害が起きていることはメカヘッドから聞いていたからだ。
「ドット! どうして、みんな戻ってきているの?」
「この音声は前もって録音しているものなんだ。質問に答えたり、アマネちゃんの返事を待つことはできないから、そのつもりで聞いてほしい」
ドットの音声はすらすらと話し続ける。
「“マギフラワー”は水中で活動するためにはできてない。けど、水中や水辺で活動するのが得意な魔法少女のドレスの再現ができたんだ。今から変身のキーワードを言うから、よく聞いて覚えて。“輝く……」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
アマネがあたふたしている間に、ドットはキーワードを言い終えていた。
「……だよ。どういう状況になってるかわからないけど、健闘を祈っているよ」
聞き取ることができずに、アマネは砂浜にへたりこんだ。
「こんなので覚えられるわけないじゃない……」
“マジカルチャーム”からは、続けて無機質な電子音声が流れ出した。
「『録音は以上です。メッセージを始めから聞き直したい場合は本機下側のボタンをクリック、“キーワード”として録音者にマーキングされた箇所を抜き出して聞きたい場合は、ボタンをダブルクリックしてください……』」
「ボイスレコーダーなの、これ?」
アマネはその後も録音再生を数回繰り返して変身キーワードを覚えると、深呼吸して“マジカルチャーム”を掲げた。
「よし……! “輝く夏のときめくドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」
まばゆい水色の光がアマネの全身を包む。
「わわっ!」
華やかな音楽と共に、光の粒子が魔法少女のドレスとなってまとわりつく。髪は水色に染まり、涼やかなショートカットになっていた。瞳を覆っていたカラーコンタクトが分解され、アマネ本来の金と銀のオッド・アイがあらわになる。ペンライト型の“マジカルチャーム”は、青い刃の細身剣に姿を変えていた。音楽が終わり、変身が完了したことを伝える。
「“嵐を砕く光の大波、マジカルハート・マギセイラー”!」
“自動大見得機能”によってアマネの体が勝手に動き、決め台詞が口から飛び出した。そして剣をかざした決めポーズを取ると、無人のビーチに薄青色の爆炎があがる。立体プロジェクタによる映像だった。
「この、体が勝手に動いちゃうの、何とかならないかなぁ……。それで、これが新しいドレス……?」
体の自由が戻ったアマネーーマギセイラーは、自らの体を見回した。ワンピース型の艶やかな紺色のボディスーツ。光のスカートが腰回りから膝まで広がっている。救命胴衣のような白いベストには、三角形の大きな襟がついていた。
「何これ……水着じゃん!」
剣となった“マジカルチャーム”から、再びドットの声が飛び出す。
「この音声が流れているということは、マギセイラーへの変身に成功したんだね。おめでとう!」
「……またこれ?」
「また録音音声でごめんね。今から、マギセイラーの武器や水中での戦いかたを教えるから、よく聞いてほしい」
相変わらずのペースで説明を続けるドットに、マギセイラーはため息をついた。
「……わかったよ、何度も聞いてやろうじゃない!」
アオと子どもたちが乗る潜水艇は、光のカーテンが揺らめく明るい海の中を進んでいた。海底には水没した遺跡が広がっている。グレート・ビワ・ベイがかつて湖だった頃、湖岸に立てられていた町の名残だった。
「おそらく、この信号は遺跡のどこかから出てるんだ。そこに……信号を出してる何かがある! 旧文明の何か、まだ見つかってないハイテクメカとか……」
操縦席の横で通信端末をいじりながらアキが言う。本人はマダラになりきったつもりだったが確たる根拠もなく、発言にはマダラ以上に信用がなかった。
「どうだか! そんなものあったら、もっと昔に見つかってるんじゃない?」
後ろの席から顔を出したリンにぴしゃりと言われて、アキは言葉に詰まった。
「うっ……でも、これまで動かなくて気づかれなくて、最近になって動き出したのかもしれないじゃないか! そんなに言うなら、何でリンちゃんは探検に乗り気だったのさ?」
「そんなの、海の中を探検するのが楽しみだったからに決まってるじゃない!」
船にひしめく子どもたちは大きく開いた船窓に張り付いて、夢中になって外の海に見入っていた。鮮やかな色合いの小魚たちが群れをなし、水中に沈んだ街並みを抜けて泳いでゆく。家々から覗く大輪の花々はイソギンチャクの群生だ。魚の群れが散るたびに声があがる。
「こんなに綺麗で安全な海で海水浴だけじゃなくて、海中散歩もできるんだから、みんな、これだけで充分楽しいんじゃない?」
運転するアオが言うと、アキは「うーん……」と唸った。
「この海を調べるのも仕事だから、怪しい信号はもちろん調べるんだけどね」
海中遺跡となった湖岸の町は、所々崩れていたものの往時の姿を残していた。端末に表示される異常信号は、この家並みの先から発生している。
何が待ち受けるかわからない。楽しそうな子どもたちを乗せながら、アオは慎重に船を走らせた。
「あっ、アオ姉、あれ!」
身を乗りだし、前方を見ていたリンが声をあげる。
「リンちゃん、どうしたの?」
アキが尋ねると、リンは更に身を乗りだして指さした。
「建物が、急に崩れた!」
十数メートル先だろうか、崩れた建物から飛び散った瓦礫が水中を舞っている。
「ひょっとして……怪獣!」
「でも、そんなの見えないよ……!」
アキとリンが興奮して言い合っている。遺跡は確かに、ひとりでに崩れ落ちたように見える。周囲に怪獣はおろか、大きな魚の姿も見えなかった。そもそも、メカヘッドから伝え聞く目撃情報では、怪獣は小山のような大きさの頭を海面から現したのだという。そんな巨大なものが、見通しのよい、浅い海にいるだろうか?
「……わあっ!」
船体が傾いた。凄まじい水流にあおられたのだった。子どもたちが悲鳴をあげる。
「見えない……けど、何かいるんだ!」
更に瓦礫が舞い飛ぶ。もう一つ、建物が崩されたのだ。子どもたちの船は、再び水流に押されて揺れる。
「アオ姉……!」
普段は恐れ知らずのアキも、アオの腕にしがみついた。
「まだ、まだ大丈夫、直撃は受けてないから!」
アオもハンドルと操縦盤にしがみつく。
ーーまだ、船にダメージはない、けれど……
「コントロールが効かない……!」
猛烈な水流が嵐のように襲いかかり、船を振り回す。子どもたちの悲鳴に泣き声が混ざった。
ーーそんなに頑丈な船じゃない。このままだと、バラバラになってしまう!
反応しないハンドルに、ミシミシと音をたてるほどの力をかける。
水流の檻に囚われた船は、木の葉のように激しく揺れた。インジケータの光が緑色から黄色、そしてオレンジ色へと変わっていく。船体が悲鳴をあげ始めた時、
「アオ姉……! これは……?」
リンが窓を見回す。薄青色の光が包み込むように、船の周りを覆っていた。
ぴたりと揺れが収まった船は、すい、と穏やかな海を泳ぐように動き出す。海中の嵐がやんだわけではない。それは光のベールの隙間から見える瓦礫の奔流から明らかだった。ハンドルを握るアオは、まだ全身を固めていた。
「よかった! 助かったよアオ姉!」
助手席のアキは、跳び上がらんばかりに喜んでいる。
「助かった……けど、コントロールが効かないの。これは一体……?」
船尾の方向から「わあっ」と子どもたちの声があがった。
「マギフラワーだ! 青いマギフラワーが、助けてくれたんだ!」
「えっ? 青い、マギフラワー?」
アオはテイルモニターを開いた。船尾のカメラから送られてきた映像には、薄青色の光を纏って船体を押す、金銀妖瞳の魔法少女の顔が大写しになっていた。
青い魔法少女ーーマギセイラーに助けられた船は猛烈な乱水流を避けて、海底遺跡の街並みに潜った。かつてはロードサイドのドライブインだったと思われる土地に駐車するように着底する。
光のベールが消えた後も激しい水流に襲われないとわかると、アオは全身の力を抜いてため息をついた。
「よかった、今度こそ、助かった……」
運転席の窓のそばに、光のスカートを纏った魔法少女が、滑るように泳いできた。子ども達が身を乗りだして大きく手を振ると、魔法少女はにっこり笑って親指を立ててみせた。
「あの眼……マギフラワー? 付いてきてくれたのかな」
「でも、初めて見るよ、あの青い服。髪型も変わってるし……」
リンとアキが話し合っている。アオは魔法少女の正体を気にする余裕はなかった。見えない“怪獣”が、まだすぐ近くで暴れているのだ。
魔法少女が運転席の前にやって来て、アオと正面から目が合った。
「あなたは一体……?」
声が届かないことは分かっていたが、アオは思わずガラスの向こうに尋ねた。魔法少女はアオを見ながら、海の先を指さした。
「向こうに何か……?」
不可視の“怪獣”が瓦礫を巻き上げる向こうから、魚の群れが編隊を組んで泳いでくる。アオは望遠スコープの絞りを回した。
「……あれは!」
整然と泳ぐのは、自分達の船より更に小型の潜水艇だった。4、5人が乗るのが精々という大きさの銀色の船達は、スクラムを組むように固まったかと思うと、放射線状に広がった。船が作る円の中では、赤と白の警告灯がまばらに点滅している。
アオが望遠スコープの焦点を合わせると、それは潜水艇同士を結びつけて張り渡された大きな網だった。巨大な蜘蛛の巣の中央には、大きな警告灯を備えた円い装置が取り付けられている。何らかの仕掛けがあるに違いなかった。
ネットを広げた編隊がゆっくりと近づくと、“怪獣”はアオたちの船を軽く揺らすほどの猛烈な水流を起こしたかと思うと、消えるようにどこかへと泳ぎ去った。
「行っちゃった……あれが、怪獣……?」
呆けたようにアオがつぶやく。子ども達は緊張が解け、泣き出すものもいた。窓ガラスが叩かれる。魔法少女がアオに注意を促すように、大きく手を振っている。
「えっ、何?」
銀色の潜水艇が一隻、こちらに向かって泳いでくるのだ。潜水艇は間合いを取って静止すると、チカチカと信号灯を点滅させた。
「何? 何なの?」
信号を解読できないアオが慌てていると、魔法少女は潜水艇に向かって、両腕を交差させて大きな“バツ・サイン”を作ってみせた。
信号灯を消した艇はしばらく固まったように静止した後、微速前進で子どもたちの船に近づいた。船首から銀色のノズルが発射され、魔法少女のすぐ近くの窓に貼りつく。震動伝導方式の、直接通話装置だった。
「『ごほん、ええと、こちらの声は聞こえているだろうか? 返事をしてほしい』」
中年以上だと思われる男の咳払いとダミ声が、子どもたちの船の中に響いた。アオが思いきって返す。
「聞こえてます! 助けてくださって、ありがとうございます!」
「『通話ができているようで、まずは結構だ。助けた云々については、こちらの都合でやったことだ、礼には及ばない。……それよりも、貴船のことを教えてほしい。所属は? この海域にやって来た目的は何だ? その泳いでるミュータントは、貴船とどんな関係が?』」
子ども達は固唾を飲んで、アオと潜水艇のやり取りを見守っていた。アオが緊張しながらも正直に答えると、しばらく間があってから声が返ってきた。
「『こちらの信号を頼りにあなた方のような来訪者がやって来たと知って、大変驚いている。詳しい話を聞かせてほしい。着いてきてもらえるか?』」
船内の子どもたちを見回してから、アオは背筋を伸ばして答えた。
「わかりました。ですが、出発する前に教えてください。……あなた方は何者で、どこに行くというのですか?」
「『これは失礼した、山の中に暮らすというミュータントの皆さん。我々はこの海に暮らすミュータントだ。皆さんを案内するのはオゴト・ヘイヴン。……我々の、いわば隠れ里だ』」
(続)
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