アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-10
ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ
白い泡の塊をくぐると、コンクリートで固められた人口の海底に砂が積もっているのが見えた。外壁には水中ゲートが大きく口を開けている。
「こちら雷電、今からオゴトの外に出る!」
マイクに向かって話しかけると、マダラの声が返ってきた。
「『了解! “メカ・リヴァイアサン”の隠蔽コードを解除するよ!』」
ゲートをくぐる。真っ黒な“オベリスク”と、その根本で作業する二人を見つけて、雷電は近くにバイクを停めた。
「『……解除成功だ!』」
潜水服が雷電を見て手を上げる。ヒーローも親指を立てて応えた。
「ありがとう、それで……メカ怪獣はどこだ?」
海の中は静かで、柔らかい光のカーテンが揺れている。見渡す限り真っ青で、巨大怪獣は影さえ見えなかった。
「『えーっと、信号のトレースは……ハゴロモちゃん、わかる?』」
「『はい、やってみます』」
潜水服姿のマダラが隣に浮いているハゴロモに尋ねる。多眼の少女はヒレのようになった手先から伸びる指を使い、“オベリスク”のコントロールパネルを操作し始めた。
「『……えっ?』」
ハゴロモが手を止めて固まる。
「『んっ? どうしたの?』」
「『メカ・リヴァイアサンがこちらを拒否しています!』」
「『何だって? ちょっと代わって!』」
マダラが交代してパネルを操作したが、すぐに手を止めて頭を抱える。
「『……やられた! サーバーを通してメカ怪獣に介入できなくなってる!』」
「誰がそんなことを?」
雷電がつぶやいたのを聞いて、マダラが振り返る。
「『メカ怪獣自身だ! この状態で他から介入することなんて、出来なかったから……認めたくないけど、この“再演算プログラム”はある種の人工知能だ! 自分でどんどん最適化していくうちに、周りからのコントロールを受け入れないことを覚えちゃったんだ! ……レンジ、これは一筋縄じゃいかない、気を付けて!』」
「わかった。けど、どうやって見つけたらいい?」
「『えーっと……どうしよう?』」
「『……あの!』」
二人が唸っていると、ハゴロモが声を上げる。
「『どうしたの?』」
「『メカ・リヴァイアサンは、この時間帯は深海にいるはずです』」
そう言って端末機の画面に、グレート・ビワ・ベイの地図を表示する。地図の中央、湾内の最も深い海域を指でなぞり、赤くマーキングした。
「『暴走する前は、海に異常がなければいつも同じルートを泳いでいました。だから、今もきっと……!』」
マダラが、雷電スーツに接続している端末機を操作する。
「『ハゴロモちゃんが教えてくれた場所を打ち込んだよ。泳いでいけば、バイザーに表示されるはずだ!』」
「二人ともありがとう! 行ってくる!」
「『頑張って!』」
「『メカ・リヴァイアサンを……よろしくお願いします』」
雷電は手を振ると、装甲バイクのハンドルを握った。白い泡が混じった激しい水流を吐き出しながら、『スプラッシュパフィン』は穏やかな朝の海を、猛スピードで飛んでいった。
オーツ港の船着き場では漁師たちが集まり、苦い顔で定置網を見下ろしている。朝一番に回収された網はズタズタに裂かれ、見るも無残な姿で広げられていた。
「……一体、誰がこんなことを」
一人が呟いた言葉が、導火線に火をつけた。
「決まってる! ミュータントの奴らだ!」
「俺たちへの嫌がらせだ!」
「怪しいと思ってたんだ、何かやらかすって!」
必ずしも全員が声を上げているわけではなかった。ミュータントとはっきり対立があるわけではない、しかし、互いに良き隣人なんかではない。
多くの者たちは半信半疑だったが、怒り狂う仲間を強く否定することもできなかった。
オノデラ保安官が自転車で走り込んでくる。
「皆さん、どうしました?」
「どうもこうもないよ、見てくれ、これを!」
剣呑な目付きの漁師が、地面に広げた網を指さす。
「これは……!」
「朝引き上げてみたらこれだ!」
「酷いもんだろ、ミュータントたちの仕業だよ!」
興奮した漁師たちが次々に声をあげる。
「……しかし、ミュータントの仕業と決まったわけでは……怪獣かも、しれないじゃないですか……?」
「怪獣? 昨日の連中が言ってたじゃないか! 怪獣もミュータントの仕業だ!」
「そんな……」
オノデラ保安官の通信端末が呼び出し音を鳴らした。画面には“メカヘッド巡査曹長”と表示された。
「これは……! はい、もしもし? オノデラです」
「『おはようございますオノデラ保安官。昨日はドタバタの後始末を任せてしまい、申し訳ないことをしました』」
「メカヘッド巡査曹長! ああ、いえ、あの場はなんとか、収まりました。ただ……」
保安官が言いかけた時、海原に大きな水柱が上がった。
「わあっ!」
漁師たちも慌てふためいている。
「大変です、海に何か……」
「『連絡なしにすいません。怪獣捕獲作戦をはじめてしまいまして……』」
「わかったんですか、怪獣の正体が?」
「『はい、この海を荒らしていたのは……』」
海が盛り上がったかと思うと、水面を割って巨大な影が飛び上がってきた。
太陽の光を浴び、まばゆい銀色に輝く装甲をまとうもの……
「ーーメカだ!」
保安官も、漁師たちも、それ以外の市民たちもあんぐりと口を開け、宙に浮く巨体を見つめていた。メカヘッドは通話口でクツクツと笑う。
「『ご覧になったようですね。そう、メカ・リヴァイアサン。旧文明が作り出した、怪獣型ロボットです』」
雷電の駆る装甲バイクは水没遺跡群の上を抜け、湾内の深く、落ち窪んだ部分に入り込もうとしていた。電子音と共に、バイザーに“NOTICE”の文字が表示される。
「この辺りか……?」
「『雷電、どう? 何かいる?』」
底の見えぬ足元からは幾本も海草が突き出し、海流に乗って僅かに揺れている。
「……ここからだと、何も見えないな。動く気配もないし…… ヘッドライトで照らしてみるか……」
装甲バイクから発せられる強い光が帯を描き、暗闇の中に射していった。
「やっぱり、何も……ん?」
風が、いや、海流が動き出したのを感じる。海草の揺れが大きくなった。
「間違いない、何かいる……!」
深淵から赤い光を発し、雷電を捉えるモノがあった。
「『雷電、下にいる! 上がってくる……!』」
マダラの警告が終わるか終わらぬかという内に、轟音と嵐のような水流が装甲バイクを襲う。
「うおっ!」
せり上がってきた海底に突き上げられ、装甲バイクは海上高く飛び上がった。
「『雷電!』」
「俺は大丈夫だ! ……ハゴロモさん、こいつは!」
「『……はい! メカ・リヴァイアサンです!』」
雷電の真下に、銀色の巨体が浮いていた。
装甲バイクは水中ジェットを全力で回し、浮き上がった車体の向きを僅かに修正した。
「チャンスだ、モリを!」
「『了解!』」
雷電の右腕に、ワイヤーリールと電磁マーカーのついたモリが形作られていく。
「便利なもんだな、“分子再構成システム”ってのは!」
「『ストックしてるのを再構成してるだけだから、弾数に限度はあるけどね! ……いけるよ、雷電!』」
「よし」
浮揚感が消える。バイクもメカ怪獣も海面に向かって落ち始める直前、雷電は振りかぶったモリを放った。
「……ウラァ!」
足元に叩きつけるように投げたモリは、ワイヤーを引きながら真っ直ぐ落ちていく。鯨のような、あるいはトカゲかワニのようなメカ・リヴァイアサンの後頭部にモリが突き立てられると、うねりながら海上高く飛び上がっていたメカ怪獣は全身を硬直させた。赤く光る両目のライトが消える。
「よし!」
雷電はワイヤーを巻き上げ、メカ・リヴァイアサンの背中にバイクを停めた。銀色の巨体はそのまま落下し、大波を立てて海に落ちる。諸共に海に入った雷電に、メカヘッドが呼び掛けた。
「『やったな雷電! そのままメカ怪獣を運べるか?』」
「いや、これは……」
足元のメカ・リヴァイアサンは細かく振動している。アイライトが赤い光を発した。
「『再起動した!』」
マダラが叫ぶ。メカ怪獣は海水を揺らす低い唸り声をあげ、全身に組み込まれた水中ジェットを展開させて、猛烈なスピードで泳ぎ始めた。
作戦指令室となったオゴト・ヘイヴン村役場の会議室では、メカヘッドとミツが並んだモニターを見ていた。
雷電のヘッドカメラと“オベリスク”前の固定カメラ、そして待機している漁船の遠隔通話カメラからの映像が、旧型のモニターそれぞれに表示されている。この内、雷電スーツからの映像は目まぐるしく回転し、時おり水面から飛び出しては、再び海中に飛び込んでいだ。
「雷電、大丈夫か?」
インカムに向けて呼びかけると、ノイズと共にレンジの声が返ってきた。
「『スーツやバイクには異常ないです! ただ……コントロールが、効かないっ……!』」
視界の先には銀色の巨体が泳ぎ、雷電を引っ張っていた。雷電はモリから伸びたワイヤーを離さず、バイクごとメカ怪獣に引きずり回されているのだった。
メカヘッドは新しい通話回線を開く。
「これは、作戦第二段階目に移らなければいけないな……コウゾウさん!」
画面の中の操縦席で、カメ顔の男が頭を上げた。
「『はい、聞こえてます!』」
「今から作戦の第二段階に入ります! オゴトの漁師たちはすぐ行けますか?」
「『潜水艇8隻、全員すぐに動けます!』」
「よかった! それでは早速……」
「『あの、そちらの船が出港準備を始めていますが、あれも作戦に……?』」
コウゾウの質問に、メカヘッドは固まった。
「……何だって?」
オゴト・ヘイヴンの港に泊められていた“オーツ休暇村”の小型船内には、子どもたちがひしめき合っていた。
「水中モリ、予備のやつを2つ、持ってきたよ!」
サメのような顔の少年がアキに伝える。昨日の内にすっかり仲良くなった、オゴト・ヘイヴンの子どもだ。
「ありがとう! 使うのはそっちの子二人にお願いできる?」
「任せてよ!」
すっかりリーダーになったアキが指示すると、漁村の子どもたちはせっせと動き出した。今度は、がっちりした体形で丸い頭をした子どもがやってくる。
「船長、この船、運転はどうするんだ? 俺たち、“うみのおとこ”だから……」
周りで動き回っていた漁村の子どもたちの中から「女子もいるよ!」と声があがり、丸い頭の少年は咳払いした。年齢問わず、オゴト・ヘイヴンの男たちは女に頭が上がらないのだった。
「失礼、われわれはほこりたかい“うみのたみ”だから、よそ様の船を勝手に乗り回すようなマネはしない。でも、信頼できないヤツに運転を任せるわけにはいかないんだ。この船の、正規運転手はどうしてる?」
「それは……」
アキは口ごもった。復調した通信機で作戦会議を盗み聞いてアオに相談したところ、「危ないから、ダメに決まってるじゃない!」とバッサリ断られていたからだ。
「俺たちは大人がやっているのをよく見てるから、運転することはできるけど……」
オゴトの子どもたちと、ナカツガワの子どもたちがそれぞれ固まって、互いに心配そうな顔をしていると、
「何やってるの、皆!」
アオが慌てて駆け込んできた。アキが子どもたちの前に立って、アオと向かい合う。
「アオ姉、僕達、やっぱりやるよ!」
「アキ! メカ怪獣はとっても危ないんだよ! リンも、皆も、やめて!」
子どもたちの中からリンも顔を出した。
「ごめんなさいアオ姉、でも……私たち、行くよ!」
「僕達も船で引っ張れば、怪獣を捕まえられるかもしれないだろ!」
「ええと、アマネさん、どうしよう……あれ?」
リンとアキの言葉にアオは困って、一緒に駆けつけたアマネを頼ろうと振り返ったが、アマネの姿はなかった。
「船の運転は、俺たちだけでもできるんだ!」
「もうみんな、出発の準備できてる。いつでも行けるよ!」
子どもたちが勇ましい声をあげるのを聞いて、アオは頭が真っ白になった。
「……わかった! それなら、私が運転します!」
子どもたちが歓声をあげる。啖呵を切ったものの、自分たちだけで船を動かすのは怖かったのだ。
「よし、行くぞ!」
「待ちなさい!」
元気よくアキが叫んだ時、凛とした声が響いた。
「誰だ!」
港に面した塔から青い人影が飛び、船の上に降り立った。
「あなたは……!」
アオが言いかけると、魔法少女は手にした細身剣をかざしてポーズを取った。
「“嵐を砕く光の大波! マジカルハート・マギセイラー!”」
「マギセイラー! ……僕達を、止めにきたの?」
魔法少女の登場に喜んだアキは、すぐに不安になって訪ねる。マギセイラーは困った顔で笑った。
「あなたたちだけで行く、って言ってたら止めてたんだけどね。アオがやるんなら、私もサポートするわ! ……まあ、私もメカ怪獣に追いつくために、足が必要だったんだけどね。全力で守るから、全速力でお願いね!」
(続)
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