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アウトサイド ヒーローズ:10-4

フェイク ハート ドリヴン バイ ラヴ

「皆さん、いかがお過ごしでしょうか。カガミハラ・ニュース・チャンネル、アナウンサーのシライシです」

 マイクを持った新人アナウンサーが、はきはきした声でカメラに話しかける。

「今日は第8地区にあります、“止まり木”というお店にお邪魔しています。……お店の中はお客さんでにぎわっていますね!」

 カメラがゆっくりと店内を見回すと、座席を埋める客たちの顔が映し出された。老若男女、家族連れや、仕事の付き合いといった様子の背広姿。そして威圧的なファッションに身を包んだ、いかにも不良らしい若者……。
 人々は談笑したり、あるいは黙って席についていたが、皆穏やかな表情をうかべている。ミュータントの姿もちらほらと見かけるが、客の多くは非ミュータントだった。

「ご存じの方もいらっしゃるとおもいますが、動画を視聴いただいている方に改めてご紹介します。この“止まり木”というお店では、店主であり、歌手のチドリさんによる素敵なコンサート・ショーが毎晩ひらかれています。春祭りで聴いた方も多いのではないでしょうか? 今日はなんと特別に、ショーの一部を動画ニュース・レポートで画面の前の皆さんにもお届けできることになりました! ……それでは、ショーが始まる前に、店員さんにお話を聞いてみましょう」

 カメラが動くとアナウンサーが画面の中央から退き、反対側の端から“止まり木”の女給が現れた。首から下は非ミュータントのそれと変わらないが、頭は淡い紅色の花弁が集まった、花のつぼみのような形になっている。

「副店長の“つぼみ”さんです。ええと、マイクは、どうすればいいでしょう……?」

 “つぼみ”の頭に口も耳も、目鼻も見当たらずにアナウンサーが困っていると、副店長はするりとハンディマイクを受け取り頭の天辺……閉じた花弁の先が集まった部分に、マイクをかざした。

「ご紹介いただきました、副店長の“つぼみ”です」

 軽やかな声で話すミュータントを見たアナウンサーがぽかんとしていると、“つぼみ”は頭の先から「ふふっ」と小さな笑い声をもらした。

「驚かれました? ミュータントは見慣れませんか?」
「あっ……ごめんなさい! 恥ずかしながら……」
「この町には、ミュータントは多くないですからね」
「そうですね。このお店では、ミュータントの方が働いていますが……私、こんなにたくさんのミュータントの方を見たの、初めてです」

 カメラが再び、店内の様子を映し始めた。テーブルの間を縫って行き来する女給たちは、皆ミュータントだ。
 背中から副腕が生えだした娘や、4つの目を持った娘、大きな角が頭の両横から突き出している娘。慌ただしく動き回る女給たちはカメラを向けられていることに気づくと軽く会釈したり、小さく微笑んだりしてから歩き去って行った。

「この店には、カガミハラで暮らしているミュータントが集まってくるんですよ」

 店内をカメラが映しながら、“つぼみ”がマイクで答えた。

「お店の看板に、“ミュータント・バー”とありましたが……ということは、元々ミュータントの方専用のお店だったんですか?」

「いえいえ、そういうわけではないんです。“ミュータント・バー”というのは、その……ミュータントの女給がお客さんにサービスする店で……元々は、いかがわしいお店を指す名前だそうです。けれども、この店は“ミュータントが働く店、誰でも入れる、楽しめるお店”にしたいと、ママ……チドリが願いを込めて、数年前に開きました。開店してからずっと、ミュータントのお客さんの方が多かったのですが、今年に入ってからは、ミュータントではないお客さんも増えていますね」

「なるほど……それは、春祭りのステージでチドリさんが、歌をうたったことがきっかけになっているんでしょうか?」

「そうだと思います。おかげさまで、店の常連さんになってくださったお客さんも多いですね。チドリからは、“まず、ミュータントである自分たちのことを知ってもらうことが大事だと思っています。ニュース・チャンネルに取材してもらい、ミュータントである自分たちの事を、もっと発信していく機会を得ることができて、ありがたく思います”とのことです」

「ありがとうございます。ショーが始まる前の雰囲気からも、このお店がミュータントの方にもそうでない方にも、素敵な場所になっていることが伝わってきますね……あら」

 アナウンサーと“つぼみ”がやりとりをしていると、店内の照明がフェードアウトしていく。ステージがライトに照らされて浮かび上がると、客席が静まり返った。
 カメラが再び、アナウンサーと“つぼみ”に向けられる。

「ショーが始まるようです! “つぼみ”さん、お話しいただきありがとうございました」

 女給は「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去っていく。アナウンサーがステージに視線を向けると、カメラも視線の先を追いかけてステージに向けられた。
 ステージ横の扉が開くと、黒い冊子を抱えた初老の小柄な男が現れ、アップライト・ピアノの前に腰掛ける。続いて黒いドレスをまとった女性が現れると、舞台の中央に立って深々とお辞儀をした。

「ようこそいらっしゃいました。今夜はニュースチャンネルの撮影クルーの皆さんもいらっしゃいますが……皆さまが心置きなくお楽しみいただけるように、普段以上に心を込めて歌っていきたいと思います。どうぞ皆さま、ごゆるりと付き合いくださいませ」

 客席を見回しながら歌姫が挨拶すると、大きな拍手があがる。チドリは小さく微笑んだ。

「それでは本日は、しっとりした曲からお聴きいただきますね」

 わずかな身振りによる合図を受けて、三つ目のピアニストがキーに触れた。静まり返った観客の前で、柔らかなピアノの旋律が流れ出す。
 語りかけるように、優しく刻まれるリズム。歌姫は息を吸い込むと、ピアノに重ねるように歌い始めた。

「わあ……」

 新人アナウンサーはカメラの存在を忘れて小さく声を漏らすと、すぐに黙り込んだ。
 ピアノの音色が少しずつ音量と厚みを増し、やがて会場を包むように響く。聴衆に語り掛けるように歌い始めた歌姫の声はやがて天に向けた祈りに似た熱を帯びた。
 ピアノの調べに乗った歌声が客たちの心を遥か空の向こうへと連れ出した時、曲は後奏へと向かい始める。

「ああ……」

 終わってしまう。素晴らしい曲が、歌が。
 感激とともにこのひと時を惜しむ思いが、アナウンサーの口からわずかに漏れる。ピアノの演奏が終わると、客席から拍手が巻き起こった。

「ありがとうございます。……それでは、ニュースチャンネルからお聴きいただいている皆さまは、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました」

 チドリはカメラに向かって頭を下げる。

「明後日の夜、“カガミハラ年越し祭り”のステージでも歌わせていただきますので、今回のチャンネルをご視聴くださった方も、是非応援いただけると嬉しいです」

「……はい、今夜のカガミハラ・ニュース・チャンネル、ライブ動画レポートは、第8地区の“止まり木”からお届けしました! 私たちは引き続きショーを楽しませていただきますが、動画レポートはここでお別れです。ありがとうございました」

 カメラを向けられて、慌てて我に返ったアナウンサーが挨拶する。すぐさま暗転した画面に“Kagamihara NEWS Channel”のロゴが大写しになった。


 中継が終わった画面にメカヘッドの指が伸び、携帯端末の画面を切り替えた。

「これが、チドリさんの作戦……?」

 チドリからは連絡はない。当然だ、今頃は2曲目を歌い始めているだろうから。
 メカヘッドはイスに座ったまま首をひねり、指令室の窓を見やる。空の青色は少しずつ深みを増し、西からオレンジ色に染まり始めていた。

「レンジ君、どういうことかわかるか?」

 頭部の機械部品をコツコツとつつきながら、テーブルの上に置いた無線通信用のマイクに話しかける。

「『ええ……多分。チドリ義姉さんは“彼女”に、自分の歌を聴かせようとしたんじゃないですかね』」

 スピーカーから、レンジの声が応える。

「彼女って……“アンサンブル・ギア”のAIのことか?」

「『そうです』」

 はっきりと答えるレンジに、メカヘッドは「ふうむ……」とため息をつく。

「レンジ君、君はあのAIの疑似人格に“心”があると、そう思っているそうだね。そして、その“心”は、“ことり”さんとは違う、と」

「『やっぱり、ずっと立ち聞きしてたんじゃないですか。俺たちの話』」

「すまん、すまん! だがその話はおいて、俺にも話を聞かせてほしい」

 レンジのあきれた声に、メカヘッドは慌てて声をあげた。

「ええと、君はそのAIを使いこなせそうか? ……ああ、いや、言葉の選び方がよくなかったかもしれない。君はそのAIと協力関係を……まあ、なんだ……つまり、仲良くできそうか?」

「『ははっ! なんですか、その質問!』」

 まるで子ども同士の仲を心配するかのようなメカヘッドの質問に、レンジは思わず吹き出して答えた。

「『そうですね。まだ、ちゃんと話ができたわけじゃないから、何とも言えないですけど……』」

 スピーカーの向こうで、レンジが言葉を選びながら答える。
 夕闇に染まり始めた空から指令室の窓枠に、白く光る鳥が舞い降りた。白磁のようにつるりとした質感の鳥は窓辺で翼を畳み、話に聞き入るように静止している。しかしメカヘッドは気づかず、レンジの答えを待っていた。

「『チドリ義姉さんや、ママの考える“ことり”なら、本人によく似てると思います。でも、それは本人じゃない。……死んだ人は、生き返らないのだから。彼女も、“ことり”になろうと思わないで、まったく別の心の持ち主として生きてほしいんですよ。そうしたら俺にとっても、ただの“人格を真似たAI”じゃなくて、急にできた“ことり”の妹か、あるいは娘みたいに思えるかも……なんて、思って』」

「そうか……おっ」

 通信機のスピーカーから、通話回線が開くことを告げる電子音が響く。すぐに元気のよい声が飛び出した。

「『メカヘッドさん! 復帰した隊員さんたちと一緒に、気絶した人を全員、回収してきました!』」

「ああ、マギフラワー、お疲れ様……んっ?」

 答えたメカヘッドの広角センサーが、小さな警告音を鳴らした。

「『えっ、どうかしました?』」

「いや、センサーが……何かが動いたような……窓、か?」

 センサーの反応を追いかけて首を動かす。けれども白い鳥は既に、真っ暗になった窓辺から飛び立っていた。

「すまん、気のせいだったみたいだ。大方、鳥か何かが動いたのに反応したんだろう」

「『メカヘッド先輩、雷電スーツを動かせるようになったから、俺もそろそろ戻るよ』」

「わかった、レンジ君もお疲れ様。暗くなってきたから、気を付けて」

「『ありがとう』」

 レンジとマギフラワーが通信回線を閉じる。メカヘッドは「ふう……」と息を吐きだし、通信機の電源を落とした。

「さて、これからどうなるか。どう転んでも、明後日の朝まで……あと、まる一日、か」

(続)

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