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アウトサイド ヒーローズ:エピソード9-8

センセイ、ダンジョン、ハック アンド スラッシュ

「オラ、オラア!」

 拳を振るうたび、スーツの発電機能によってメタリックレッドの装甲が熱を帯びていく。雷電は黒い機体をかき分けながら、ミミック・クイーンに迫った。

「ミミックは俺がやる! マギランタンは、ヨシオカもどきを!」

「わかった! ……やああ!」

 マギランタンのハンマーが、黒いオートマトンを数体まとめて薙ぎ払った。吹っ飛んだ機体はきしみながらすぐに立ち上がり、センサーライトを点滅させて魔法少女を捉えた。

「あははハハハ!」

「うヒ! ひひひはははハハ!」

「オンな……ウヒ! 目のキれイな、オンナ!」

「うわっ、何これ、気持ち悪い! ……ひいい!」

 むらがってくるオートマトンたちに恐れをなし、取り囲まれる前にマギランタンが走り出す。いつの間にか魔法少女の帽子の上によじ登っていたドットが、振り落とされまいとしがみついていた。

「マギランタン、ハンマーを切り替えるんだ。マニュアルを思い出して!」

「ひゃあ、ひゃあ! ……“モーニングスカッシュ”!」

 逃げ回りながらマギランタンが叫ぶと、ハンマーのヘッド部分が柄から離れて飛び出した。

「わああ!」

 鎖につながれたカボチャ型ハンマーが、次々と黒いオートマトンを吹っ飛ばしていく。魔法少女は鎖をうねらせてハンマーを操ると、更に多くの機体を巻き込んで打ち倒した。ゆがみ、パーツが欠けてもなお起き上がるオートマトンを睨みつけて、マギランタンは啖呵を切った。

「……よーし、かかってこいやあ、セクハラロボどもめええ!」

「あっちは、いけそうだな。……オラア!」

 マギランタンの声を聞きながら、雷電はミミック・クイーンに向けて拳を叩きこむ。しかし黒いオートマトンが割り込み、代わりに拳を受けて吹っ飛んだ。ミミック・オートマトンが艶やかな両腕をしならせると、黒い機体たちが護衛のように女王の周囲を取り巻く。

「邪魔だ!」

 殴る、殴る、殴る。
 殴るたびに威力も、勢いも増していく拳を次々に受けた黒いオートマトンたちは、そのたびに倒れ、再び女王をかばって起き上がった。

「ちくしょう、盾になる気かよ!」

 際限なく立ちふさがるオートマトンを殴り倒すうちに、雷電の装甲から白い煙が立ち上がりはじめた。充電機能が、限界に達しつつあったのだ。
 元より、”ファイアパワーフォーム”は長時間の戦闘を想定した設計はされていない。闘いながら一時的に充電したエネルギーは必殺技によって一気に解き放つものであり、充電状態を保ち続けるには限界があった。

「『雷電、気を付けて! 充電の限界が近いよ!』」

 インカムからドットの声が飛んでくる。バイザーの視界にも“DANGER!”の文字が表示されていた。

「わかってる! くそ、まとめてやるっきゃねえ……マギランタン!」

「なに!」

 黒い機体の群れを薙ぎ払いながら走り回るマギランタンが、大声で返した。

「そいつらを、一か所にまとめて釘付けにしてくれ! ……入口の前だ!」

「オッケー! ……うりゃあああ!」

 鎖が伸び、ハンマーが飛ぶ。オートマトンたちの群れは吹っ飛ばされ、転がされながら波打って、部屋の片隅に寄せ集められていった。

「ストライカー雷電!」

 ハンマーヘッドを柄に戻して、マギランタンが叫ぶ。

「今!」

「よっしゃあ、行くぞ! ……ウラア!」

 雷電は答えて、護衛ごと女王に殴りかかった。

「ウラ! ウラ! ウラアア!」

 スーツから立ち上がる白煙が増えていく。殴りつけながら少しずつ角度を変え、オートマトンの塊を部屋の隅へと押し込んでいった。

「オラア!」

「『……DANGER! DANGER! DANGER!』」

 女王と黒いオートマトンの群れが一塊となった時、ベルトが警告音を立てはじめた。雷電はナックルと一体化した大きな右腕を振りかぶると、必殺技の発動コードを叫んだ。

「……“ファイヤーボルト”!」

「『Fire Volt』」

 ベルトの人工音声が応える。振り抜いた拳から激しい炎の波が噴き出し、オートマトンの群れを呑み込んだ。

「『……Empty!』」

 エネルギーを燃やしきったことを伝えると、雷電スーツは変身を解除した。黒いライダースーツに戻ったレンジは、しりもちをついてへたり込む。

「……ふう」

「レンジ君、お疲れ様」

 ドットを頭にのせたマギランタンが駆け寄ってくると、レンジは顔を上げた。

「おう、お疲れ。……しかし、何も起きないな」

 隔壁が上がる気配はない。これまでのように“ディスク”が出てくるわけもなく、3人はぼんやりと、燃え続けるオートマトンの残骸を見ていた。

「何か、やり方に間違いがあった? それとも、この部屋はただの罠、だったのかな……?」

「どうだろ? これまでの感じからして、何もない、ってことはないはずなんだが……」

「……あっ、気を付けて二人とも!」

 マギランタンの頭の上で、ドットが跳ねた。

「炎の中、“何か動いてる”!」

 黒ずんだ残骸の山のようなものが割れると、半透明のボディをもったオートマトンが立ち上がった。

「ミミック・クイーン! 仲間を盾にして、防ぎ切ったのか……!」

「うそ! あれで無事なの? ……レンジ君、変身は?」

 レンジは座り込んだまま、首を振ってため息をついた。

「ダメだ。エネルギー切れだし……俺の体力も、もう限界だ」

「そんな! ……ちょっと、アレ、何をする気なの?」

 ミミック・オートマトンは水を含んだように、急速に自らの体を膨らませ始めた。炎の中でみるみるうちに膨らみ、腫れあがったかと思うと、風船のように弾け飛んだ。

「えっ」

 雫がシャワーのように、黒い機体の残骸に降り注ぐ。
 燃え続けていた火が消えると、散らばったオートマトンたちは周囲の床材とともに引き合わさり、大きな塊となった。オートマトンの集合体は無数の脚と腕によって立ち上がると、自らの中心に寄せ集めたセンサーライト群を激しく点滅させて敵を睨みつける。

「ここまでやるのかよ……」

「私が、やるしか……!」

 合体オートマトンがいびつな尻尾を振り回すと、レンジに向かって振り下ろす。マギランタンは割って入ると、自らのハンマーで尻尾を打ち砕いた。

「させない! やああ!」

 粉々になった部品は飛び散ると、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、集合体に吸い込まれていく。

「どうしよう、これ……」

「マギランタン!」

 魔法少女の頭から飛び降りたドットが、叫びながらとびはねた。

「そのドレスの、必殺技を使うんだ!」

「必殺技……」

 太陽光エネルギーを利用して稼働する魔法少女ドレスにとって、光量の遥かに少ない地下空間や暗夜での運用は非常に難しい。しかし、この“マギランタン”ドレスは通常武器を遠近両用のハンマーとすることで、エネルギーの消費を最小に抑え、暗闇の中でも長時間の活動を可能にするものだった。……ただし、必殺技を除いて。

「わかった」

 マギランタンはうなずいて、ハンマーを振りかぶる。集合オートマトンはもはや声とも悲鳴とも判断できぬノイズをまき散らしながら、攻撃用の触腕を伸ばし始めた。今度は2本!
 ひずむ唸り声をあげながら、2本の触腕をしならせる。魔法少女はひたすら、うねる触腕を目で追った。
 軌道を追う、そして右に二歩、さらに一歩後ずさる。必要なのは、最小限の動き。打ち付けてくる両腕をかわして、マギランタンは怪物の懐に飛び込んだ。

「“パンプキン・ビッグバン”!」

 必殺技の発動コードを叫びながら、ハンマーで殴りかかる。狙いたがわず、大カボチャはセンサーの集合体を捉えた。そして打撃の瞬間、ハンマーが内側から大爆発した。
 これこそ、セーブしていたエネルギーを全て放出する必殺技、“パンプキン・ビッグバン”。集合オートマトンは爆炎と閃光に包まれると、今度こそ跡形もなく吹き飛んだ。ドットが激しくぴょんぴょんと跳ねる。

「うわあ、やった、やったよ、二人とも! すごい、これまでで最高の戦闘データが取れたぞう!」

「はあ……」

 変身が解除され、私服に戻ったアマネがため息をついた。レンジがよろめきながら立ち上がった。

「お疲れさん」

「お互いに、ね。……これで、何か変わればいいんだけど」

「何もなかったら、お手上げだけどな。……おっ」

 重く引きずるような音を立て、“中央指令室”の隔壁が持ち上がる。再び現れた扉には“お疲れ様。ここがゴールです”と書かれた紙が貼られていた。

「……どう思う、レンジ君?」

「まあ、そうなんだろうよ」

 アマネに尋ねられたレンジは、嬉しそうにコロコロと転がっていたドットを掴んで持ち上げた。

「ふみゅう!」

「おう、丸いの。お前のじいさんは、ずいぶんと人をバカにしてくれるじゃねえか」

「返す言葉もないです……」

 ぐったりとするドットを放り投げて、レンジは大きくため息をつく。

「まあ、詳しい話は本人から聞かせてもらうとするよ……行くぞ」

 “中央指令室”は前室ほどではないものの、がらんと広いホールになっていた。部屋の中心にはコンピューターと、いくつものモニターが組み合わさった“祭壇”のようなものが立っている。

「ここが、ゴールなの……?」

「それで、先代のタチバナさんってのは、どこにいるんだ……?」

 二人が室内を見回していると“祭壇”の一部が動き、むくりとヒト型になって起き上がった。

「おうい、ここだここ! 二人とも、お疲れさん!」

 機械仕掛けの作業アームがひらひらと動いている。コンピューター群から生えだしたヒトの上半身は機械部品で組み立てられ、首から上はミミック・オートマトンを思わせる半透明の素材で形作られていた。

「これは……オートマトンか?」

 コンピューター群に歩み寄ったレンジの頭にドットが跳びのった。

「違うよレンジ、この人が先代の“タチバナ”……クニテルじいちゃん本人だ」

「ええっ?」

「ハッハッハ!」

 驚くレンジとアマネの顔を見て、半透明の顔が愉快そうに笑う。

「如何にも。俺の体はケイ素って素材でできておってな。この顔の通り、ガラスのように透き通っておるのだよ。まあ、この遺跡をあさってた時にしくじっちまって、今じゃ体を遺跡にくっつけて生きながらえてるんだがな! ハッハッハ!」

「その、ここに来るまでにあった、沢山の仕掛けは……クニテルさんが作ったものだったんですか?」

 クニテルの体をまじまじと見ながら、アマネが尋ねた。

「おうとも! しかしまあ、アッハッハ……!」

 答えながらクニテルは、再び大きく口を開けて笑う。

「二人とも、見事な戦いぶりだった! 特に雷電スーツを使っていた君! レンジ君、といったな? スーツの機能を十全に活かして仲間に指示を出しながら戦ったそのセンス、目を見張るものがあったぞ!」

「そりゃあ、ドーモ……」

 レンジはドットを振り払いながら頭をかく。

「それじゃあ、俺からも聞かせてもらいたいんですけどねえ、どうして俺たちはこんな遺跡の地下で、こんなドンパチをやらされたんです?」

「まずは、俺がこの遺跡から動けないんで、ここまでブツを取りに来てもらおう、ってことが一つ。それでせっかくなら、かわいい弟子の作った“ストライカー雷電”と“マジカルハート”に、俺の“全エネルギー”をこめた作品をぶつけてみたい、と思ったことが二つ目、ってとこだ」

 ニヤリと笑って答えるクニテルに、レンジもアマネもがくりと肩を落とした。

「何だよ……何度も、死ぬかと思ったぞ……」

「ハッハッハ! 何せ、お前さんらの戦いを研究しまくったからな。それぐらい頑張ってもらわなきゃ、作った甲斐がないってもんだ! そんなわけで……ほれ」

 クニテルが合図すると、天井から大型の作業アームが降りてきた。白く輝くインゴットを若者たちの前に置くと、身軽になったアームはするすると天井にのぼっていった。

「約束のブツだ」

「これが、例の合金……うおっ、重い!」

 持ち上げようとしたレンジが目を丸くする。“ライトニングドライバー”のバックルよりも少し大きいくらいのインゴットは、見かけ以上にずしりと重かった。

「扱いには気をつけろよ。ウチのプラントの全力をかけて作ったから、もうこれ以上は精製できんのだ」

「じいちゃん、ありがとう……」

「おう。楽しかったぞ、マダラ。後はお前なら、うまくやれるだろう。気を付けて帰れよ」

 機械の腕をひらひらさせるクニテルを、アマネはじっと見ていた。

「……マダラ“君”には、直接お会いにならないんですか?」

「構わねえよ。話はしたし」

「そんな……! それに、タチバナさんを呼ばなかったのは……?」

 クニテルは自らの半透明の頭に、機械の手を当てて天井を仰いだ。

「おいおい、アイツまで来たら、仕掛けを見切った上に俺の考えてることまで見透かされちまうかもしれんだろうが! 俺は材料を作った、お前らに託した、最後に楽しませてもらった……それで充分なんだよ。……年寄は寝るのが早いんだ。そろそろ帰んな」

 黙り込んだアマネの肩を、レンジがポン、と叩く。

「……行くぞ。それじゃあ、クニテルさん、さようなら」

「うん……さようなら」

「おう、ありがとよ。じゃあな、マダラも」

 クニテルを見上げていたドットは、「んべっ」と口の中から小さな封筒を吐き出した。

「うおっ! 何だよお前、きたねえな!」

「大丈夫、このドローンの収納ポケットに入れてただけだから。……それ、あげるよ。じゃあ、さようなら、じいちゃん」

 そう言うと、ぬいぐるみ型ドローンはぴょんぴょんと跳ねながらレンジとアマネを追いかけていった。二人と一機の背中がドアの向こうに消えたのを見送ると、クニテルは作業アームを伸ばして床の封筒を取り上げた。

「何だ、手紙……?」

 それほど厚みがある封筒ではなかった。封を開くと、するりと滑り出してきたものを見て、

「ほう」

 ケイ素ミュータントの老人は、満足そうに小さく息を漏らした。

(続)

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