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アウトサイド ヒーローズ:10-9

フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ

「Whrrrrr……! Wrooooooh!」

「くそ、今度は何だ! 盾持ち班はアオ嬢の退避が最優先! その上で視界の確保だ、まだ、敵がいる!」

 悲鳴のような獣の雄たけびが響き渡る。塗りつぶされた視界の中で叫ぶメカヘッドの声を聞きながら、雷電は腰に提げていたメタリック・オレンジの拍車を手に取っていた。

「ナイチンゲール、煙幕を吹っ飛ばすぞ!」

「了解しました。最小威力・最大拡散……いつでもいけます」

 雷電は既に、拍車を踵に取り付けていた。戦闘補助AIの答えを聞くなり、踏み込んだ脚を旋回させて振り抜いた。

「オラアア!」

 メタリック・オレンジの拍車……“ウインドホイール”から、空気の刃が飛び出した。

「ウオオオオオオ!」

 雷電が回し蹴りを連続して放つと無数の空気の刃が拡散し、煙幕を切り裂いていく。裏庭の“出口”を見つけた数人の兵士が、青肌の少女を伴って駆けだしていった。

「視界が、拓けていく……!」

「総員、警戒体勢だ!」

 統率の乱れた兵士たちに、メカヘッドが叫ぶ。

「来るぞ! お前たち、死ぬ気で踏ん張れ!」

 少しずつ回復しはじめた視界の中で、オレンジ色の光が獰猛に輝いた。

「Woh! WoAaaaaaaaaaaaaa!」

 絶叫とともに、尾を引いて光が走る。

「ひいっ!」

 “イレギュラーズ”の兵士たちは、盾にしがみついて固まった。混乱が続く軍警察庁の裏庭の中で、真っ先に敵を捉えたのは雷電だった。

「やめろおおおお! ……ウラア!」

 叫び声とともに、“ウインドホイール”を装着した脚を振り抜く。噴き出した風が煙幕を吹き飛ばすと、雷電の回し蹴りを両腕で受け止めたサイバネ兵の姿が露わになった。

「こいつ……!」

「Wrrrrrrruh……!」

 再起動したサイバネ兵は腰を落として脇を固め、熟練の武闘家もかくや、という構えで受け身をとっていた。……しかし堂に入った身のこなしに反して、首から上は小刻みな痙攣を繰り返し、人口声帯からは獣のような唸り声が漏れ続けている。

「VhWaaaaaaah!」

 “ベルセルク”は割れるような声で吼えると、雷電の脚を弾き飛ばした。

「Whaoh! Waah! ……VfWaaaoh!」

 獣のように叫び続けながら、サイバネ兵は我武者羅に両腕を振り回した。型も技巧もない、我を忘れたような暴力。

「くそ、重い!」

 雷電は打撃をかわしながら後ずさった。反応できないほど速くはない、耐えきれないほど重くもない。けれども狂戦士の攻勢は確実に勢いを増していた。

「この野郎……オラア!」

 足をとめる。殴りかかってきたサイバネ兵の両腕を弾き飛ばすと、雷電は腰を落として拳を突き出した。全力の打撃が狂戦士の腹部に突き刺さる。
 表面装甲を砕く感覚はあった。しかしサイバネ兵は半歩ほど後ずさると、すぐに雷電に殴りかかろうと身構えた。

「UWaaaah!」

「その上固い! あれで効かないだって……!」

 至近距離からの“ベルセルク”の打撃を避けて、雷電は後ろに飛びのいた。盾持ちの兵士たちは裏庭の出口を厳重に封鎖して、狂戦士とヒーローの戦いを見守っている。

「Wrrrrrr……!」

 サイバネ兵は首を痙攣させ、頭を傾けた姿勢のまま雷電を睨みつけている。“イレギュラーズ”の盾持ち兵や、裏庭の外に広がるカガミハラ市街地に意識を向けている様子がないことは、雷電にとって幸いと言える、かもしれなかった。
 通話回線の接続を告げる電子音が、雷電のインカムからヘルメットの中に響く。バイザーに“Miwa”の名前が表示された。

「『雷電さん、ミワです。アオさんの避難、完了しています。……後は思い切り、やってください』」

 通信を聞いた雷電は、両拳をぎり、と握り込んだ。

「ありがとう、ミワさん。…… “最大電力で、ぶちかますぜ!”」

 “大見得機能”で自動的に“キメ台詞”が口から出るのも気にしない。唸り声をあげる“ベルセルク”の虚ろな赤い眼光を受け止め、雷電は猛然と突っ込んだ。

「Wovhaaaaaah!」

 狂戦士は吠えたてながら、激しく双拳で打ちかかる。雷電は両腕で打撃を弾き、受け流しながらじり、じりと間合いを詰めていった。

「確かに硬く、反応速度も早くなってる……けど!」

 サイバネ兵は両腕に仕込んでいるはずの小銃も、単分子カッターも使う素振りを見せずに拳を振るう。ひたすら耐えながら前進を続けていた雷電は、自らの間合いに踏み込むと見るや両腕をほどいて“ベルセルク”を殴り返した。

「どうにもならない程じゃない!」

「Vwwwwmmmm……! Wvaaaaaah!」

 肩を殴られた狂戦士はよろめくが、すぐに体勢を戻して反撃する。喚き声とともに放たれた拳が、雷電の腹部装甲に突き刺さった。

「ぐはっ……!」

「『雷電!』」

 マダラが呼びかける。雷電はうめくが、すぐに“ベルセルク”を殴り返していた。

「……オラア!」

「GyAaaah!」

 顔面を殴りつけられると、サイバネ兵は悲鳴をあげて後ずさる。雷電は身構えて、狂戦士に啖呵を切った。

「これで互角の殴り合いだ! やろうぜ、ガラクタ野郎!」

「Wvaaaah!」

 狂戦士が殴りかかる。雷電は腕甲で打撃を受け止めながら、サイバネ兵の懐に突っ込んだ。

「Gaaaaaaaaa!」

 “ベルセルク”が覆面の下で、大きく口を開けて吼える。その顔を捉え、拳を振りかぶる動きを見切った雷電は、刺すように手刀を突き出した。

「そこだ! ……ウラアアアアア!」

 狂戦士は咄嗟に、頭部を義腕でかばう。
 しかし雷電の狙いは弱点である脳髄ではなく、頭脳と義体の接続部だった。一直線に伸びた貫手が、ベルセルクの頸椎を貫く。
 サイバネ兵が固まりつくと、ヘルメットと覆面をまとった頭部が切り離されて転がり落ち、鈍い音を立てて裏庭の地面に転がった。

「やった!」

「……いえ、まだです!」

 拳を握りしめ、飛び出そうとしたメカヘッドをナイチンゲールの声が制した。
 喉笛を穿たれ、首を断ち切られたサイバネ義体が小刻みに震え始める。背をのけ反らせ、無いはずのおとがいを反らして天を仰いだ。
 背負っていたバックパックを引き裂くと、機械仕掛けのパワーアームが、左右から突き出した。

「何だと?」

 メカヘッドはぎょっとして、慌てて盾の後ろに引っ込む。
 異形と化した首なしの義体は、四つの腕を猛烈に振り回しはじめた。雷電は四つの拳を受け流し、打ち払いながらも少しずつ後ずさる。

「どうなってるんだ、マダラ! サイバネ義体は、頭を切り離せば動かなくなるんじゃないのか?」

「『ちょっと待って……』」

 マダラに呼びかけると、装甲バイクのトランクから観測用ドローンが舞い上がる。ドローンは異形となったサイバネ兵の周囲をふらふらと飛び、遠巻きに観察しはじめた。

「『げっ、これってもしかして……雷電!』」

「なんだよ?」

 弾幕のように降り注ぐ無数の拳を受けながら、雷電が返す。

「『あのサイバネ兵、背中に頭の部品と似たものがくっついてる! これまではバックパックで隠れてたけど……これ、多分脳みそだよ! こいつら、予備の脳みそを背中にくっつけてるんだ!』」

「趣味が悪いな畜生!」

 サイバネ兵の間合いから飛びのいた雷電が叫ぶ。白磁の装甲はところどころへこんでいた。

「くそ、さっきよりも、威力がデカいな! このままじゃ……」

「マスター、充電率が80%突破、省電力モードを解除します」

 ナイチンゲールが告げると雷電の全身に走るラインは黄色から緑色へと変わり、更に青白く輝く。

「これより、“アンサンブルモード”を起動。“ハイブリッドフォーム”の真価をお見せします。……改めてお供いたします、マスター!」

 戦闘補助AIが力強く宣言すると、雷電の四肢に電光が迸った。


「ふっ……ふっ……!」

 オレンジ色に染まり始めた空の下、ぼろ布のようになった軍装をひっかけた人影が建物の屋根の上を駆け抜けていく。両脚に仕込まれたバネを弾ませ、ビルからビルへと飛び移る。
 第一地区の中心部から町の外壁に向かって一目散に進んでいき、いよいよ城門が見えた時、人影を背後から光が包んだ。

「ぐっ……!」

「やったっ、命中! マダラ、弾道計算バッチリじゃない!」

「『そうだろう! 雷電の方はナイチンゲールが全部やってくれてるからね、これまでよりマジカルハートのサポートを、手厚くできるようになったんだよ。……それよりマギフラワー、さっき撃ったビームはチャージ時間も足りないし、相手はまだ動いてる!』」

 杖を構えていた魔法少女が自ら放った光線の軌跡を見守ってガッツポーズを取ると、インカムからオペレーターが注意を促した。
 光線に焼かれた軍装は完全に焼け落ちていたが、金属製の躯体は一瞬固まった後、すぐに走り始めていた。

「わかってる! “アイビーウィップ”!」

 マギフラワーが叫ぶと杖の先が分解され、ピンク色に光る帯となって飛び出した。光のムチはサイバネ傭兵のむき出しとなった義体に蛇のように巻き付き、きつく縛り上げた。

「よし、捕まえた!」

 サイバネ傭兵はもがくが、光のムチを振りほどくことはできない。
 魔法少女がムチを引き込むと、金属製の全身義体がずるずると引き寄せられた。

「どうよ! 雷電と話しているのを聞かせてもらいましたけどね、カガミハラにはストライカー雷電だけじゃなくて、マジカルハートもいるんだから! 憶えときなさいよ!」

「『そこを気にしてたのか……。やる気に満ちてるのは、いいことなんだけどなぁ……』」

 胸を張る魔法少女に、マダラが呆れ声で言う。
 抵抗をやめ、引きずられるままになっていた傭兵が顔を上げた。覆面も焼け落ち、金属製の頭部装甲が露わになっている。

「フン、貴様が眼中になかったわけじゃない。夜の内に作戦を進めることで、太陽光発電に頼る貴様を抑え込むことができると、そう踏んでいたんだがな……。貴様の名前も忘れずにいることにしよう。これで満足か、マジカルハート・マギフラワー?」

 “X”と”Y”の文字を組み合わせたようなスリットが入った装甲から感情は読み取れなかったが、皮肉っぽく言い放った言葉にマジカルハートは歯ぎしりした。

「くっ……! 捕まっているのにこいつ、ぬけぬけと……!」

「貴様の繰り出す攻撃が、太陽光エネルギーに依存しているというのは調査済みだ。どれほどの威力かと思って、わざと捕まってみたんだが……やはり夜が明けたばかりでは、100%のパワーは出せないらしいな」

 光のムチに捕まった姿勢のまま、何かを確かめるように両腕を動かしていた傭兵は、冷静な調子で魔法少女に返した。

「なんですって!」

「この程度では、私を捕まえることはできない、ということだ。……フン! ウオオオオ!」

 瞬間的に右腕に力を籠めると、出力強化した腕が光のムチを引き裂いた。

「あっ!」

 サイバネ傭兵の右腕が煙を上げ、ムチを引きちぎった姿勢のまま固まった。

「チッ、これで限界か。……ではな、マジカルハート!」

 傭兵はもがくようにして義腕を胴体から切り離し、魔法少女に向けて放り投げた。

「きゃっ!」

 小さく悲鳴をあげてマジカルハートが固まった隙をつくと、バネ仕掛けの両脚を踏み込んで大きくジャンプし、一気に門に向かって駆けて行く。

「ああ、もう! 待ちなさい!」

 マギフラワーが追いかけようとした時には、傭兵は既に門の前に飛び出していた。マジカルハートをモニターし、視界を共有していたマダラが驚きの声をあげる。

「『真正面から突破するなんて!』」

 サイバネ傭兵は残っていた左側の義腕をかざした。装甲のスリットから無数の爆竹が放出され、白煙と閃光が門内に溢れる。
 警備していた兵士たちの怒号が響く中、傭兵は左手の先を門の外に向かって撃ちだした。炸薬によって勢いよく飛んでいく掌と、手首の間には強靭なワイヤーが伸びている。
 左手はそのまま門の外に飛び出すと、生えていた木の幹にしっかりと指を食い込ませた。
 そしてワイヤーが巻き取られると引っ張られたサイバネ傭兵は恐るべき速度で飛び、門の外へと消えていった。

「くそ、逃げられた……!」

 混乱が続く門の前に飛び降りたマジカルハートは、悔しそうに町の外を睨みつけていた。

(続)

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