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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-11
ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ
甲板にマギセイラーを乗せた小型船が港を離れて海中に潜り始めた時、アオの通信端末が着信音を鳴らした。スピーカー通話スイッチを押すと、メカヘッドの声が飛び出す。
「『もしもし、アオさん? こちらメカヘッドです。一体、何が起こってるんです? 宿舎の船が動き出してますけど……?』」
「ごめんなさい、メカヘッドさん。私と子どもたちが乗って、マギセイラーを運んでいます!」
「『ええ? 魔法少女が一緒なら、大丈夫か……? オゴトの漁船チームもすぐに出発してもらいますから、無茶しないでくださいね!』」
「わかりました!」
隔壁の水中ゲートを潜ると、マギセイラーのスカートから伸びた光のベールが船を包んだ。
「『……アオ? 話は聞いたよ』」
通話口からマダラの声が聞こえる。
「兄さん、ごめんなさい」
「『まあ、俺が怒ることじゃないからなぁ……。マギセイラーがいるなら多分、大丈夫だろう。メカ怪獣は物凄いスピードで暴れまわってる。雷電がいるところをマークしたから、目印にしてくれ』」
船のレイダーサイトに、オレンジ色の光点がついた。
「ありがとう!」
「『危ないと思ったら、すぐ引き返すんだぞ』」
「はい!」
ゲートの外には、空のように明るい海が広がっていた。
「『アオ! 私は大丈夫だから、目標まで全力で飛ばして!』」
「了解です!」
船外無線から入ってくるマギセイラーの声に答えて、アオがアクセルをベタ踏みする。衝撃が走った後、強烈な加速を感じて子どもたちが歓声と悲鳴をあげた。
再起動したメカ・リヴァイアサンは水中を飛ぶように泳ぎ回っていた。雷電はストックしている限りの電磁モリを撃ち込んだがメカ怪獣を制止することはできず、装甲バイクごと銀色の巨体に引きずり回されているのだった。
「ぐっ……うおお……!」
分厚い壁にぶち当たるような水圧に耐え、バイクとワイヤーリールにしがみつく。
電子音が鳴り、メカヘッドが呼びかけた。
「『雷電! もう少しで電磁ネット隊が着く。それまでメカ怪獣を抑えることはできるか?』」
雷電は吼えるように答える。
「ワイヤーから手を離さないでいるのを、抑えるって言うのならな! 正直、引きずられているのがやっとだ! 電磁ネットまで誘導するとか、そんなことは期待しないでくれ!」
メカヘッドもそれ以上強く言えず、言葉に詰まった。
「『ぐっ……マダラ君、どう思う?』」
「『……ここまで電磁モリを受けてもピンピンしてるんだ、ネットの電磁マーカーも効かないだろうね。そうしたらただのネットだ。このスピードで泳ぎ回る怪獣を捕まえるのは、難しい……と思う』」
メカヘッドが悔しそうに唸り声をあげる。
「『……でも、マギセイラーが向かってる。一緒に抑え込んだら、メカ怪獣をうまく止められるかも!』」
「『魔法少女と子どもたちか……。雷電! もう少し粘れるか?』」
「わかった!」
雷電は答えると、視界の端から光る球が、猛スピードで突っ込んでくるのを見た。
「あれか? 来たぞ!」
暴れまわるメカ怪獣を見つけたマギセイラーは、光の球に包まれた船の上で剣を構えた。
「“シェルハープーン”!」
剣が姿を変え、青い穂先を持つモリになる。振りかぶるがメカ・リヴァイアサンは縦横無尽に泳ぎ回り、狙いを定めることを定めることを拒んでいた。
「ダメ、これじゃ当たらない! もう少し、メカ怪獣に追い付けない?」
無線に呼びかけると、インカム越しにアオの必死な声が返ってきた。
「『ごめんなさい、私はこれ以上のスピードで船をさばけない!』」
「くっ……!」
新しい通話回線が開く。メカ・リヴァイアサンに引きずり回される装甲バイクからだった。
「『こちら雷電。一発、一瞬だけメカを抑えられる!』」
「助かる!」
「『そっちのタイミングで動くから、合図を頼む!』」
「了解。3……」
水の壁に圧し潰されそうになりながら、雷電はバイクの方向を変えた。
「2……」
左手の丸盾、“ゲートバックラー”を構える。
「1……」
「『“ヴォルテクスストリーム”!』」
「0!」
「『Vortex Stream』」
丸盾の中央から渦巻く水流が噴き出した。同時にバイクのアクセルを引き絞る。全速力の水中ジェットが高圧水流の渦と拮抗し、装甲バイクは海の中に釘付けになってメカ・リヴァイアサンを引っ張った。
バイクと怪獣を繋ぐワイヤーの束が数本千切れ、銀色の巨体が水中にはりつけられる。
「やーっ!」
マギセイラーが光のモリを放つと同時に、船からも2本のモリが撃ち出される。光の帯とロープが、メカ怪獣と船の間に渡された。
「アオ、今よ!」
「『了解!』」
光の球に包まれた船は、装甲バイクと共にメカ・リヴァイアサンを引き始めた。
雷電の視界カメラが振り返り、激しくもがいて抵抗するメカ・リヴァイアサンの姿を映し出す。メカヘッドはモニターに食いつき、マイクに向かって呼びかけた。
「雷電も、魔法少女たちもご苦労様。うまくいったな!」
「『だけど、まだ引きが強すぎる……! 何とか引っ張ってるけど全然抑えられない!』」
雷電がマイク越しに叫ぶ。メカ・リヴァイアサンは頭と胴体を無数の綱で縛られても尚、引っ張っているはずの船とバイクを振り回し、前後左右に跳ね、暴れ回っていた。
「くそっ、何てパワーだ!」
新しい通話回線が開き、ダミ声の男が呼びかけた。
「『オゴト潜水艇班、全隻展開しました』」
「コウゾウさん、ありがとうございます! ……どうです、ネットはいけそうですか?」
「『任せてください! ……全隻、前進!』」
銀色の船団はゆっくりとメカ・リヴァイアサンに近づいていく。艇と艇とを結んで張られたネットが白銀の巨体を捉えると、潜水艇たちは次々に浮上してメカ怪獣を絡め取った。オーツ港の船着き場から見守っていたオノデラ保安官は思わず両手の拳を握り込んでいた。
「やった、捕まえた!」
メカ・リヴァイアサンはワイヤーネットに捕らわれながらも激しく暴れている。並んで見ていた漁師の一人は渋い顔をしていた。
「あの大きさの船じゃ、いくら集まっても……!」
他の漁師たちも難しい顔をしていた。怪獣も船団も海面に釘付けになっている。
「そんな……」
オノデラの携帯端末に、メカヘッドからの通話回線が開いた。
「『オノデラ保安官! メカ怪獣の様子、ご覧になっていますか?』」
「はい、メカヘッド巡査曹長! よく見えています!」
「『それはよかった……オーツの漁師たちに、救援に入ってもらいたいんです! こちらの船を総動員しても、怪獣を引き揚げることができなくて……お願いします!』」
回線が途切れる。海では怪獣がもがき、細かな波が途切れることなく岸に打ち付けられていた。オノデラは大きく息を吸って、居合わせた漁師たちに呼びかけた。
「皆さん、聞いてください!」
保安官の言葉を聞いた漁師たちの反応は鈍く、皆、不満そうに黙り込んでいた。
「その……皆さん……?」
「だって……ミュータントだろう?」
一人が口を開く。
「メカ怪獣だって、ミュータントの持ち物なんだろう? 自業自得じゃないか!」
「何で俺たちが、尻拭いしなきゃいけないんだ!」
次々に声が上がる。言葉を失う保安官の端末に、再びメカヘッドが呼び出し音を鳴らした。
「『どうです、うまくいきそうですか?』」
「それは……すみません、僕には……」
「『ちょっと待ってください!』」
二人の話に割り込んで、凛とした声が飛び出した。
「あなたは……?」
「『初めましてオノデラ保安官、私は“嵐を砕く光の大波! マジカルハート・マギセイラー!”』」
海の中から立体映像で、薄青色の爆炎が噴き上がった。マギセイラーは構わずに話を続ける。
「『……失礼しました! ちょっとだけ、スピーカー通話にしてもらえますか?』」
「はっ、はい!」
あっけに取られた保安官が、通信端末のスピーカースイッチを押す。
「『オーツ漁港の皆さん、聞こえてますか!』」
スピーカーからの大音声に、漁師たちは思わず端末機に注目した。
「『皆さんの声がちょっと聞こえてきましたが……ミュータントたちを何だと思ってるんですか!』」
「何だと?」
漁師たちがざわめき始める。マギセイラーは再び吼えた。
「『話を聞いてもらいましょう! ビワ・ベイに隠れ住むミュータントは、オーツの町から追い出された者だと言うではないですか!』」
場が気まずい沈黙に包まれた。魔法少女は畳み掛けて言う。
「『あなたたちは自分が見捨ててきた者たちを悪し様に罵ってまた見捨てて、恥ずかしくないの?』」
反応は様々だった。青い顔で俯く者、そっぽを向く者、通信端末を睨み付ける者……しかし皆、言葉は出なかった。
「……すまん! あっちに、俺の子がいるはずなんだ!」
誰に向けた謝罪なのか、漁師の一人がそう叫ぶなり、自らの漁船に向けて走り出す。残された者たちは再びざわめき始める。
「『皆様、動揺なさっているようですが……』」
スピーカーからの声が、メカヘッドに切り替わった。
「『今捕まえようとしているメカ・リヴァイアサンは旧文明の頃からビワ・ベイの水を浄化してきた、謂わばこの海の守護神です。暴走を放置したら海がどうなるか、あるいはこの海の安全を全てミュータントたちだけに任せるのか……信じるか信じないかは、あなた方次第ですがね』」
オーツ港に集まった漁師たちは、各々の船に乗り込み始めた。
漁船たちが潜水艇にとりつき、互いにロープを繋ぐ。雷電が浮上して周囲を見回していると、視界カメラの映像を見たメカヘッドが興奮して叫んだ。
「『やった……! 凄いじゃないか、オーツの漁師たち、ほぼ全員の協力を得られるなんて!』」
「『全ての船を繋ぎました!』」
コウゾウのダミ声が回線に混ざる。
「『ただ……さっきから全速前進しているのですが、一向に速度が上がらないんです! それどころか、少しずつ重くなって、いるような……』」
「『……何だって?』」
確かに、船団もメカ怪獣も相変わらず海上にはりつけられている。雷電の装甲バイクも激しいジェット水流を吐き出していたが、動く気配はなかった。
「確かに、さっきより怪獣のパワーが増してる……? どうなってる、マダラ?」
「『うーん、多分、出力や動作パターンを、再演算し続けてるんだと思う。実際、メカ・リヴァイアサンに積まれた水動力エンジンのスペックは大したもんだ。ヤツは試行錯誤を繰り返しながら、設計者が作った限界を超えて自らの性能を引き出そうとしてるんだな! ……まったく、メカと言ってもアレは怪獣だよ、大したもんだ!』」
感心しているマダラの声に、メカヘッドのため息が混ざった。
「それで、マダラ君……何か手はないか? やっぱり俺たちには、どうにもならないのか……?」
「『それは……』」
マダラが言葉を濁す。
「やっぱり、怪獣は人の手にはどうにもならない、ってことなのか……?」
雷電が呟く。オゴトの漁師たちも、オーツの漁師たちも、エンジンをかけたまま黙っている。子どもたちも不安そうに囁いていた。
「『ちょっと、あんたたち! 弱気になってる場合かい!』」
全体通話回線に、ミツの威勢のいい声が響いた。
「『今が“最後のチャンス”ってやつなんだろう? 踏ん張りどころじゃないか! しっかりしな!』」
ミツの激励に背中を押され、怪獣を捕らえた者たちの目に光が戻った。
網を引く。怪獣は相変わらず、エンジンの向こうで暴れている。船団は岸に向けてじりじりと進むが、すぐさま沖に引き戻されるかのようだった。港が遠く、進もうとするほどに船が重くなっていくのを感じる。
ーー船がダメになってもいい。動け、動いてくれ!
「……ん?」
「何……?」
最初に気づいたのはマギセイラーと雷電だった。確信ではない、勿論確証もない。ただ、何か海の底から……
「来る……? 皆、何か下から来るぞ! おいマダラ、海の
声は轟音でかき消された。水しぶきと共に、空高くに打ち上げられたのだ。メカ・リヴァイアサンに突き上げられた時よりも高く。
「『何だ、何が起きた! 雷電、無事か? どうなってる!』」
メカヘッドが叫んでいる。雷電は周囲を見回した。装甲バイクとメカ怪獣が空中に浮いている。
海面に目を向ける。漁師たちと子どもたちの船団は咄嗟に網を離していたようで、激しい波を浴びて傾きかけながら浮かんでいた。
「『あれは……何だ……?』」
間の抜けた声でメカヘッドが言う。
海面から突き出した、塔のようなもの。ゴツゴツした岩肌のようでありながら、艶のある緑と黒の鱗に覆われていた。ギザギザの背鰭に魚のような尾鰭、メカ怪獣をひと撫でで空中にはたき出すほどの大きさとパワー……
「怪獣だ……!」
船上の者たちも、カメラ越しに見守る者たちも、そして岸から様子を見ていた者たちも、大怪獣の尻尾に目を奪われていた。
尻尾は大きな波をたてながら海に潜った。船たちはいよいよ大きく傾き、横転するものもある。装甲バイクの雷電はメカ怪獣もろともに弾き飛ばされ、遠ざかるビワ・ベイを見ていた。怪獣は海中に消えたまま、再び現れる気配はなかった。
ーーあのバカでかい怪獣からすれば、俺たちのやっていることなんて、頭上の小蝿を払いのけるくらいの感覚なのかもしれないな。
ぼんやりと考えるレンジはメカ・リヴァイアサンと共に、湾岸の林に落ちた。
「いてて……あーっ、参っちまった」
変身を解いたレンジがバイクから降りて呟く。装甲バイクに備えられたエアバッグがバイク全体を包み込んだので、実際の墜落は大したダメージではなかった。
バイクの隣には、陸に上がって緊急停止したメカ・リヴァイアサンが横たわっている。自己改造と最適化を繰り返すメカ怪獣も、さすがに陸地での運用は想定外だったようだ。……しばらく放っておけば、この状況にも適応して動きだしそうなのが怖いところだが。
「さて、本体電源はどこだっけ……?」
「『レンジ、無事か?』」
耳にかけたインカムに、メカヘッドからの通話回線が開く。
「スーツとバイクのお陰で何とか。メカ怪獣もようやく停まりました」
「『よかった! 全く、君たちと組むと想定以上に想定外の事が起こるな!』」
回線にマダラの声も混じる。
「『無事って聞いて安心したよ! それじゃ、メカ怪獣の電源を落としてくれ。スイッチは顎の下の……』」
マダラの説明を遮るように、元気な足音と声が飛んできた。
「おーい、レンジ君、大丈夫?」
「アマネ?」
「『……何? レンジ、巡回判事殿がどこに行ってたか聞いてくれないか?』」
メカヘッドの発言にマダラが思わず「げっ!」と声を上げたが黙り込む。
「『作戦前から連絡が取れなくて……レンジ?』」
レンジはメカヘッドからの声に、すぐ答えなかった。バイクにストックしていた金属ボトルを外して、走ってきたアマネに放り渡した。
「レンジ君?」
「あー、スイマセン、メカヘッド先輩、バイオマスエンジンの非常燃料をアマネに預けっぱなしにしてたのを忘れて、取ってきてもらってたんですよ」
メカヘッドはハハハと笑う。
「『何だ、そうか! 今回は使わなくて済んだが、非常燃料は法令でもつけるように勧められてるからな。本当は、なかったら注意しなきゃいけない。気をつけてくれよ!』」
「いやー、スイマセン……」
レンジも謝って一緒に笑い、アマネに目配せした。
「ごめんなさい、ありがとう……!」
アマネは頬を染め、小さな声で礼を言うのだった。
(続)
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