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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-12(エピローグ)

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 夕焼けに照らされるカガミハラ・フォート・サイト、繁華街の片隅に灯を点すミュータント・バー、“止まり木”。ママのコンサート・ショー目当ての客たちがステージの前側から席を埋めていく中、ゆったりとしたカウンターに3人の男女が腰かけていた。

 摩りきれたライダースーツの男を中央に、機械頭の私服刑事とスーツ姿の巡回判事が並び、夕飯に舌鼓を打っている。

 オーツ・ポート・サイトでの事件を解決した後、カガミハラ軍警察署で長い報告を済ませたアマネが「晩御飯食べていきたいなぁ、チドリさんのショー見たことないし、“止まり木”で食べない?」と待っていたレンジに提案し、それにメカヘッドもついてきたのだった。


「前の方の席、取らなくてよかったのか?」

 スパゲティ・ナポリタンをフォークで巻きながらレンジが尋ねる。

「いいよ、ここからでも充分見えるし」

 アマネはそう言ってカレーライスをスプーンでひとすくいし、口に入れた。

「店に入ったらレンジ君たち、すぐにカウンターに行きかけたじゃない? “いつもの席”がある人を、無理に付き合わせるのもなー、って思って……」

「そんなの、気にしなくていいのに」

 ナポリタンを一口食べたレンジは、笑いながら答えた。

「そうですよ、巡回判事殿の不在証明に時間がかかったから、こうして皆で“止まり木”のショーを見ることができるんだから」

 クラブハウス・サンドイッチを機械頭の開口部に放り込んだメカヘッドが言うと、アマネはばつが悪そうに笑った。

「まあまあ、メカヘッド先輩、アマネは俺のフォローをするために動いてくれていたので……。それにアマネがいなかったら、今回の事件は解決しませんでしたよ」

「確かに、グッチャグチャになった港の片付けや、ミュータントと非ミュータントの折衝がうまくいったのは、オノデラ保安官と巡回判事殿のお陰なんだがなあ……」

 メカヘッドは納得いかないような声で頬杖をついていたが、目の前に艶やかな黒い生地が現れると、途端に上機嫌になって顔を上げた。

「ママ!」

 舞台衣装のドレスに身を包んだチドリが、茶目っ気のある笑顔で炭酸飲料のグラスをカウンターに並べる。

「皆さんお疲れ様。こちら、この店の歌姫からです。……ノンアルコールカクテルだけど、よかったかしら?」

「いただきます!」

「ありがとうチドリ姉さん」

「本当はお酒がよかったんですけど……レンジ君に乗せてもらって帰るんだし、私一人がワガママ言えないよね。いただきます」

 3人が思い思いにグラスを受け取るのを、チドリは笑顔で見ていた。

「アマネちゃんとメカヘッドさんが戻ってくる前に、レンジ君から話は聞かせてもらってたの。ロボット怪獣だなんて、私には想像もつかないわ! ……やっぱり、一緒に行ったらよかったかしら?」

 グラスを置いて、メカヘッドがポン、とカウンターを叩いた。

「そりゃあもう、ママが来て歌ってくれたらオーツの町もオゴト・ヘイヴンもきっと歓迎してくれるでしょう! ……俺としてはママの水着姿も見たかったんですけどね!」

 チドリは曖昧に微笑み、アマネは「イヒヒ……」と笑うメカヘッドを白い目で見ていた。しかしレンジはハッとしてグラスを置いた。

「メカヘッド先輩がチドリさんを呼びたかったのって、もしかして……」

「変態……!」

 アマネは男二人をにらむが、メカヘッドは動じていない様子で、わざとらしい大仰な仕草でグラスを持ち上げた。

「確かにチドリさんの水着姿は、さぞ美しいに違いない!」

「いやアマネ、俺が言いたいことはそうじゃなくてな……メカヘッド先輩も、はぐらかさないでくださいよ!」

 メカヘッドは肩をすくめてグラスを置いた。

「上手くいかなかった悪巧みをバラすことほど、みっともないことはないさ」

 ぶっきらぼうに言って黙る機械頭を見て、レンジはため息をついた。アマネがレンジに尋ねる。

「……どういうこと?」

「つまり、メカヘッド先輩はチドリ姉さんの歌で、ミュータントと非ミュータントの仲を取り持とうとしたのさ」

 チドリが驚いて口に手を当てた。

「あらあら! そんな大事な役目だったの? ごめんなさいメカヘッドさん、私……」

 メカヘッドは慌てて手を振った。

「いや、いや! いいんです、俺が勝手に考えていただけなんで!」

「本当にいいんですよチドリさん、黙って計画を進めて、周りの人をハメてニヤニヤするような人なんですから!」

「そこは、俺も否定できないかなあ……」

 アマネがばっさりと言い切り、レンジも苦笑いして同意する。二人からすっかりやられて、メカヘッドは肩を落とした。

「全く言い返せない……」

「大丈夫ですよ、色々あってもメカヘッドさんがいい人だってことは、私よく知ってますから」

「チドリさん……!」

 メカヘッドが感激して声をあげる。

「悪い人じゃないのはわかるんだけど……」

「まあ、今回の事件もメカヘッド先輩が話を持ってきたことがきっかけだしなあ。結局何とかなったし……」

 二人とも、メカヘッドのことを認めないわけにはいかなかった……のだが、やはり信用はないのだった。

「あれ……? やっぱり俺の株は上がってなくない?」

「仕方ないですよ。そんなことよりメカヘッド先輩、メカ・リヴァイアサンはよかったんですか、海に帰しちゃって?」

 アマネとメカヘッドが、左右からレンジを見た。

「えっ……また俺一人が聞かされてないやつ?」

「てっきりマダラ君が説明しているものだと……」

「私もマダラか、メカヘッド巡査曹長が言ってるもんだと……」

 チドリは「あらあら」と困ったように笑い、レンジを挟んだ二人は顔を見合わせた。

「すまんなレンジ、マダラ君に頼んでいたんだが、すっかり忘れていたみたいで……」

 アマネは思い出したようにクスリと笑う。

「仕方ないですね、マダラったらすっかり舞い上がってたから。オゴトの女の子と、遠距離通信の回線を開くんだって……」

「メカ・リヴァイアサンをモニターして定期的にチェックするプログラムを組み込んだからね。相談にかこつけてチャットできるのが、嬉しくてしかたないんだろう。……レンジからの質問への答えだが、メカ怪獣はオーツの港でメンテナンスを受けることになっているんだ。二つの町で共同管理することで、互いに歩み寄ってもらおう、ってことだね」

 アマネから説明を引き継いだメカヘッドが自慢気に話すのを聞いていたレンジは「ん?」と声をあげた。

「メカ・リヴァイアサンのメンテナンスって……ビワ・ベイの人たちにできるんですか?」

 メカヘッドは平然と答える。

「できないだろうなあ。何せ、雷電スーツや魔法少女のドレス以上のオーパーツだから。もらってきたデータをうちの技術部にも見せたけど全然ダメでね。多分今のところ、マダラ君しかできないんじゃないかな」

 レンジはぽかんと口を開けた。

「そんなにすごいのか、あいつ……」

「ああ! だからカガミハラから毎年オーツに人を送る手配をして、タチバナ保安官にも連絡を取ってたんですね?」

 アマネが気づいて言うと、メカヘッドは得意そうにグラスを掲げる。

「そう! マダラ君とうちの技術チームを毎年送れば、技術チームを育てられるしビワ・ベイに軍警察のチェックを入れられるし、マダラ君の恋路を応援できるし、一石三鳥というわけさ!」

 満足そうにグラスを傾けるメカヘッドを、レンジとアマネは疑いの目で見ていた。

「そんなに上手くいくかなぁ……?」

 チドリはポン、と手を叩く。

「マダラ君はすごいメカニックなんだもの。きっと大丈夫よ。それにまた困ったことがあったら、雷電とマジカルハートが助けてくれるんでしょう? 2人が戦う姿を見れば、きっとミュータントとか真人間とか関係なく、皆協力し合えるわよ、きっと!」

 レンジとアマネは苦笑いした。メカヘッドは勢い込んで言う。

「チドリさん! 俺たち、軍警察も動きますよ!」

「ふふっ、そうね、メカヘッドさんたちもいるんですもの、大丈夫。……そろそろショーの時間になるから行かなくちゃ。皆さん、楽しんでいってくださいね」

 時計を見たチドリはそう言うと、ひらひらと手を振ってカウンターの奥に消えていく。と思うと、すぐにステージに現れた。「さて、お手並み拝聴といきますか」などと言っていたアマネだが、チドリが歌い始めるとすっかり魅了されていた。低く語るようなブルース、軽快で力強いジャズ・ボーカル、そしてメロディに涙が溶け込んだようなバラード……。夢中になって聴きいるアマネを見て、レンジは微笑むのだった。


 ナカツガワの酒場“白峰酒造”には“本日臨時休業”の札が下がっていた。オーツから帰ってきた子どもたちをそれぞれの家族に引き渡すためだった。

 店には店主のタチバナが一人、カウンターでグラスを磨いている。入り口の戸が開くと、アオが帰ってきた。

「最後の子を送ってきました」

「おお、お疲れさん。ミールジェネレータで作ったやつだけど、晩飯できてるぞ」

「ありがとうございます」

 アオがカウンター席につくと、奥に引っ込んだタチバナがオムライスのプレートを持って戻ってきた。

「いただきます。……アキとリンはどうしました?」

「戻ってくるなり、すぐに寝ちゃったよ。マダラも工房に籠ったきりだしなぁ」

 アオは「ふふふ」と笑ってスプーンを取った。

「兄さんは……今夜は、出てこないと思います」

「そうなのか? ……メカヘッドからネンイチでマダラを貸してほしい、って連絡が来たんだが、何かやらかしたのか、あいつ?」

 心配そうに尋ねるタチバナに「大丈夫ですよ」とだけ返し、アオはクスクス笑いながらオムライスを食べ始めた。

「うん、おいしい!」


 “タチバナ”の地下にある工房では、遠距離通信端末の画面が青く光っていた。マダラはコーヒーカップを片手に端末機の前に腰かけ、画面の向こうに浮かぶハゴロモと話しているのだった。

「……それで、冬には雪が積もって、辺り一面が真っ白になるんだ。道が埋まっちゃうから、スノーモービルを使わないと隣町にも行けなくなるんだよ」

「『そんなに積もるんですね! 私、雪が積もっているのをナマで見たことがないんです』」

「いつか、ハゴロモにもナカツガワの町を案内したいな。きっと、皆歓迎すると思うんだ……」

夜が更けていく。2人は時が過ぎるのも忘れて話し込んだ。

(エピソード5:ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ 了)

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