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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-05

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 雷電はビワ・ベイの海溝に潜っていく。深度を増すにつれて射し込む光は減って、視界は次第に悪くなっていった。

 バイザーの横に備え付けられたライトがつくと、更に暗い海底から生え出る海藻が照らし出された。巨木の林を思わせる茂みをすり抜けながら、雷電は更に深く潜っていった。

「カメラで見えてると思いますが、肉眼ではごく近くしか見えません」

 ヘルメット内のスピーカーに話しかける。黙って潜り続けているのも息がつまるようだった。

「『そうだな。余りの深さと海藻のせいでビワ・ベイの海底は旧文明の頃から探査不能とされるほどだったんだ。ソナーは順調に動いてる。マダラ君がデータ処理して転送してくれてるから、それを頼りに進んでくれ』」

「『ある程度大きな動くものだけ、選んで拾うようにしているからね』」

 マダラの言う通り、レーダーサイトには赤い点がいくつか、まばらに浮かんでいる。

「了解。近いところから当たってみる」

 雷電は速度を落とし、ソナーが示す方向へと慎重に近づいていった。


 アマネが泳ぎに出てからしばらくすると、鱗肌のリンがビーチパラソルの下に戻ってきて、ぺたりと腰を下ろした。大きく息をついて脚を投げ出す。

「アオ姉、海って疲れるねぇ! 川で泳ぐのと、全然違うんだよ!」

 アオから模造麦茶のコップを受け取り、真っ赤に染まった満面の笑顔でリンは言った。

「熱中症は大丈夫そう?」

 リンはコップを傾けて、麦茶をぐいと飲み干した。

「うん、多分。みんな元気だね」

「そうね。でもそろそろ、戻ってくるんじゃないかな」

 アオとリンが話していると、宿舎に向かっていた子どもたちが戻ってきた。

「アオ姉、なんかすごいのあった!」

「何、すごいのって?」

 四つ目の少年が目を輝かせて言った。

「地下が海に繋がってて、潜水艦が泊まってたんだ! きっと軍隊の秘密兵器だよ!」

「いや、そんなはずは……」

 アオは笑い飛ばそうとするが、リンは目を大きく見開いていた。

「アオ姉、通信機に入ってくるノイズって、SOSなんじゃない……?」

 リンにせがまれたアオは、ビーチパラソルの根元に置いていたカバンから通信端末を取り出した。電源を入れると低い警告音が鳴る。画面には“CAUTION:異常な信号を検知”と表示された。

「これ、理由はよくわからない、ってメカヘッドさんは言ってたけど……」

 電波障害で通信が使えない、と説明を受け、警告音も煩かったので電源を切ったままにしていたのだった。端末は延々と不穏なブザーの音を鳴らし続けている。

「この信号は、同じところから出続けているって、マダラ兄ちゃんとメカヘッドせんぱいが話してるのを聞いたよ。何かあるんだよきっと!」

「いや、そんな……」

 子どもたちがアオの周りで興奮した声をあげると、浜で遊んでいた子や、沖まで泳いでいた子が集まってきた。

「何があったの?」

「地下に秘密の潜水艦が……!」

 説明を受けた子どもたちが騒ぎだす。

「沖まで行って潜ったら、海の底に遺跡があったんだ! 何かあるよ、絶対!」

 アキが言うと、子どもたちは「おお!」と声をあげた。皆、冒険に飢えているのだった。

「アオ姉、行ってみようよ! 潜水艦を使えば、みんなで行けるんじゃない?」

 リンが目を輝かせて言う。

「でも、勝手に行ったら危ないよ。メカヘッドさんにも連絡がつかないし……」

「何もなかったら、すぐ戻ればいいじゃん!」

 アキが言うと、他の子どもたちも次々に声を上げる。アオが返事に困っていると、泳いでいたアマネが戻ってきた。

「ただいま! みんな集まってるね。もうじきお昼ご飯だから、シャワー浴びて着替えてきなよ! 私は先に準備してくるね。食堂の人と話をしなきゃいけないから」

 アキの目配せで騒ぐのをやめた子どもたちは、声を揃えて「はーい!」と返事をした。タオルを取って髪や体を拭きながらアマネが歩き去っていくのを見送ってから、アキが再び口を開いた。

「ボク達で見に行ってみようよ! 何か見つけられたら、レンジ兄ちゃんの役に立って、喜んでもらえるよ!」

「う、うーん……」

 アキの口車と子どもたちの視線におされ、アオはもごもごと言葉にならない声を漏らした。


 ディープブルーの闇から、視界がぐんぐんと明るくなっていく。きらきらと輝く水面を突き破ると、バイザー一面に陽射しが白く照りつけた。

「……ぷはぁっ!」

 酸素は充分だったはずなのに、妙に息苦しさから解放される心地がしてレンジは息をついた。

「『おーいレンジ、お疲れさま』」

 ヘルメット内のスピーカーを通してメカヘッドが話しかける。水面から頭だけ出した雷電が周囲を見回すと、ボートの上でメカヘッドが手を振っていた。雷電はすいとボートに近づき、船上に乗り上げた。ヘルメットの横に手を当てて、顔を露出させる。

「海風が気持ちいいですね! 雷電スーツのお陰で水の中でも快適なはずなのに、何故か妙に息苦しいんですよ」

「水の中なんて、だだっ広いけど密室みたいなもんだ。こうやって休憩をとりながら探していけばいいさ」

 船の上でゆったりと構えていたメカヘッドが返す。隣ではマダラが、持ち込んだ機材にしがみついて震えていた。

「俺からしたら、海の中をあれだけ泳ぎ回っていられるだけで大したもんだよ」

「あれ、マダラはまたダメになったの、海?」

 すっかり青ざめてうつむいているマダラの代わりに、メカヘッドが答えた。

「君のサポートをしている間は大丈夫だったんだがね。雷電のバックアップが終わった途端にこうなってしまって……」

「やっぱり海は苦手だよ! サポートに集中すれば、また大丈夫になると思うから、ちょっと休ませて……」

 そう言ってマダラは丸くなる。レンジは海原の先を見ていたオノデラ保安官に話しかけた。

「海の中は大きな魚ばっかりでびっくりしましたよ!」

「そうでしょうね。この海は資源が豊富だと、漁師たちはいつも言ってますから。ただ、あまりに大きな魚は漁をする者にとっても危ないんです。地上のモンスターと同じですね」

「結局、ソナーに反応したのは全部でかい魚だったけど、怪獣の正体が魚だって可能性はないか?」

 メカヘッドが立ち上がって伸びをしながら尋ねた。

「モンスター魚だという可能性はあります。しかし、目撃報告の通りならあまりに大きすぎる。いずれにしても“ストライカー雷電”の力をお借りすることになるでしょうね」

 両目を閉じ、眉間にシワを寄せたマダラが顔を上げた。

「……今の感度だと“拾いすぎる”ことは事実みたいだ。次に潜る時には、ソナーの設定を変えてみるよ」

「ありがとう」

 メカヘッドが両手をパン、と叩いた。

「さて! それじゃあ次はどこに潜ろうか。オノデラ保安官はどう思われます?」

「そうですね……想定される怪獣の大きさからすると、あまり浅い海にはいないのではないかと思います。漁船を避けながら、深いところを順番に当たっていくのがいいかと」

「了解です。それじゃ、運転をお願いします」

「承りました」

 オノデラ保安官がエンジンをふかすと、規則正しく揺れながらボートが動き始めた。マダラは「ひっ!」と短い悲鳴をあげて船にしがみつく。レンジは遠ざかっていく漁船の群れを見送りながら、雷電スーツのバイザーを下ろした。


 オーツ休暇村宿舎の一階から下は、一部が海に面した半地下の“水屋”になっていた。

 子どもたちの言う“潜水艦”……潜水挺の機能を持ったボート以上、クルーザー以下といったサイズの小型船は、水屋の船着き場に泊められていた。“軍の秘密兵器”などと言われていたが何ということはない、旧型の自家用船だった。ともあれ、山村の子どもたちには余りある魅力を備えていた。

「ほら、あれ!」

 四つ目の少年が指さすと、子どもたちは「わーっ!」と声をあげた。

「皆乗れるかな? 乗ってみようよ!」

 アキが言うと、子どもたちはわいわいと言い合いながら船に乗り込んでいく。

「いいのかなぁ……」

 アオは船の前に立って、不安そうに子どもたちを見ていた。最後に乗り込んだリンが顔を出す。

「しゅくしゃのおばあちゃん、船を使っていい、って言ってたじゃない」

「それは、そうだけど……アマネさんに言わずに行くのは……」

 アキも顔を出す。

「置き手紙してきたし、大丈夫だって! ……アマ姉ちゃんだったら、宝物が見つかっても『持ってっちゃダメ』って言われそうだし……」

「あっ! アキ、そんな理由で?」

 アオに咎められるとアキは舌を出した。

「全くもう……」

 小型船がぐらりと揺れる。中から子どもたちが声をあげる。

「おおーい、そろそろ出発してよ! ぎゅうぎゅう詰めなんだよう!」

「ほら行こうよ、アオ姉。アマ姉ちゃんには悪いけど、もう席は一杯なんだしさ。また後で、アマ姉ちゃんも連れて来てあげたらいいんだよ」

「レアな宝物を私たちのものにしてから、ね」

 リンの言葉にアキはばつが悪いようで「うひひ……」と笑う。

「宝物は欲しいけどさ、それより何より、きっと楽しいよ! 一緒に行こうよ!」

「アオ姉に運転してもらわないと、船をうごかせないしね!」

 子どもたちの声にアオは笑った。

「全くもう……ちょっと、待っててね」

 船の運転席に乗り込む。管理人の老婆が言っていた通り、操縦方法は車の運転と大して変わらないようだった。エンジンをつけると、インジゲータ群が光を放つ。

「よし……行ける」

 船が岸から離れた。

「出発……!」

 子どもたちも「おー!」と叫ぶ。宿舎から遠ざかりながら、船は少しずつ海中に潜っていった。


「みんな、準備できた? ……あれ?」

 シャワーを浴びて着替えを済ませたアマネが戻ってきた時には、ビーチは無人だった。

「どこ行っちゃったの、アオちゃん、みんな?」

 ビーチパラソルの根元に、紙切れが石で留められているのが目に入った。手にとってみると、アオからの置き手紙だった。

 “子どもたちが海中散歩に行きたいと言うので、一緒に出かけてきます。アオ”

「あの子たち……?」

 アマネは海に目を向ける。正体不明の怪獣が潜むという海原は穏やかで、寄せては返す波が砂浜を洗う音だけが響いていた。

 通信端末のスイッチを入れる。画面が立ち上がると、相変わらず警告音が鳴り続けていた。アマネは嫌な予感に襲われて、ペンライトに似た魔法少女への変身装置、“マジカルチャーム”を手に取った。

 変身しようとして“マジカルチャーム”を掲げようとするが手をとめる。


ーー海の中で、マギフラワーの力は役に立つのだろうか?


 アマネが変身を躊躇っていると、“マジカルチャーム“の先から、可愛らしい声が飛び出した。

「こんなこともあろうかと……海の中で闘えるように、新しいドレスを用意したんだ! さあ、変身してみてよ!」


(続) 

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