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【小説】月の糸(全12話)

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「何一つ、一秒後に自分がこの世界にいるってことを保証されている命はないだろ。それが現実だ。わかってるふりして、みんな本当はわかってないんだ、自分自身の命だって例外じゃない。自分の…
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2023年10月の記事一覧

【小説】月の糸(第8話)

【小説】月の糸(第8話)

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         ◆

 それから数週間後、寝室で布団に入る準備をしていた智也のもとに、一件のメッセージが届いた。ブルーアスターのチャットで、華菜子のアカウントからだった。
 華菜子とは、実家で通話をしたあの日以来、電話はもちろんチャットでの会話もできていなかった。彼女の病状が芳しくないことは、火を見るよりも明らかだった。そのせいか、手元に届いたその通知を見ても、喜びではなく嫌

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【小説】月の糸(第9話)

【小説】月の糸(第9話)

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 気が付くと、駅の近くまで来ていた。なんとなく立ち止まったのは風太郎がアルバイトをしている店の前だった。店内にはオレンジ色の灯りがついていて、ドアには〈OPEN〉の札がかかっている。しばらくの間そこに立ち尽くし、ドアを眺めていた。自分が何をしたくてここに立っているのか分からなかった。
 身動きがとれずにいると突然、目の前の扉が開いた。ジャズらしき店内BGMと客の話し声が雪崩出て

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【小説】月の糸(第10話)

【小説】月の糸(第10話)

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 部屋へ続く扉を開けると、正面に壁のほうを向けて並べられた、ふたつの勉強机が目に入る。一つは風太郎のものだ。物心がついたときから二人並んで座っていた。どうやってもあいつの気配を感じてしまうんだなと思い、苦笑する。
 智也は右側に置かれた自分の机に腰をおろすと、カバンからノートパソコンを取り出した。パソコンを立ち上げ、ブルーアスターを開いてログインする。ホーム画面に智也のアバター

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【小説】月の糸(第11話)

【小説】月の糸(第11話)

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 翌朝、智也は風太郎の待つアパートへ向け、実家を発った。
「なんだ、もう帰るのか?」
 ジロウの散歩が終わるとすぐに荷物をまとめ始めた智也に、父が訊ねる。
「風太郎と喧嘩したまま出てきたから気持ち悪いんだって」と代わりに応えたのは母だ。
「お前たちが喧嘩なんて珍しいな」「ほんとよね」仕事へ出かける準備をしながら、父と母は暢気に言い合っていた。
「まあ、うまくやりなさいよ」
 玄

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【小説】月の糸(第12話:完結)

【小説】月の糸(第12話:完結)

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     ◆

 大学構内にあるコンビニエンスストアは、朝の時間帯で混雑していた。会計の列はなかなか進まない。一限目の講義が始まるまではあと十分ほどあるが、少し心配になってきた。
 智也が大学に復学して一か月が経過していた。ちょうど今日から十月が始まる。本来であれば三年次にあたる年度だが、智也は二年次の前期まで単位をとり終え一年間休学に入っていたため、二年次の後期から再スタート

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