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優しさとは一体なんぞや?

おー、まーたはじまったぞぉー by コアラ

はたして、優しさとはどんなものを指すのだろうか?

んむむむむむむ。

と、考えても答えは出ないもので、意外と時折それは何ぞや?というか、それは果たして優しさと言える事なのだろうか?と言う様な事を自問自答してたりします。

そして、優しさというのの一般的な解釈からすると、私は

・自分に厳しく他人に甘い、優しい

・兎に角ストイックが過ぎる

・自分に鞭を打ちすぎ

という風に言われてしまう事がほとんどかつ、自分ではそこまで無いはずなのに、なぜ?と首をかしげてしまうのも日常なので、どうしても考えてしまうのですよね。

という事で、自問自答してる今の頭の中を書いてみようかな?と思います。


優しさとは?

優しさとはいえ、形容詞の優しいを人が見せる時の言い方だとは思います。なので、優しいとは?について考えてみるのですが。

やっぱりどうにも、自分がやってる事は優しくもなんともない。

いや、うん。行動や行為、向ける言葉や姿勢、雰囲気etcを確かに相手に合わせて手を差し伸べなくもないのは確かです。

ただ、割と無意識というか、当たり前というのがもう幼い頃からの性格みたいな物で。そもそも1歳時点で弟を妊娠してた母に対し、相当サポートしてた様子とも聞きましたし、素とか地がなんかこうそうなってしまってるだけというか。

個人的には、優しいというのは時に厳しい、それもまた優しいという事。

そういう行動や行為、言動を取った事も多々ありますし、それで相手を泣かせてしまうなんて事も普通にあります。

時には、優しさと甘やかしに言及する人も居ると思いますが、私もそちらの方です。ただ、厳しさとして出すのは結構遅い方でもあるとは思います。

うん。

こうやって、考えてみると周囲からの指摘もわからなくないのですが。

やっぱり腑に落ちないなぁ......

なんですよね。


掘り下げれば色々あるもので

優しいとか優しさとか、そういう指摘に対しては、書き出すと面倒くさいほどに長くなるので、個人的なバックボーンとでもしましょうか。

そういう物があるので、独自解釈をもってしまってる、こういう部分はあったりします。

うん。

なのでズレてしまうのだろうとは思います。

優しいとは?を調べて出てくる言葉に対してすら、既に掘り下げ済みで通り越してる感が自分の中にありますしね。

更に、総じていえばそういう概念や言葉に対し、

自分にはそういう部分もあれば、真逆の部分もある

不思議とこういう捉え方になってしまいます。

ただ、それでも感情が働くので、何がどうあっても受け入れられない部分はあれど、清濁併せ呑むというのを割と地でやってるという感じです。

良くも悪くも、優しさや思いやりというのが、幼少の頃から度が過ぎてるとも言われてたのですが、その頃から「そういう言葉があって、良い事だとおしえてもらったからやっただけ」という感じで、優しくしようとしたというより、こういう事なんだろうなっていう感覚的な気づきとその実践をしてただけなんですよね。

言葉より、現実側を見てるっていうんですかね?

優しさとか優しいではなく、現実に目にしてる状況や状態に対して、感覚的に必要な事を感じ取って、それを実践してるだけなので、現実に対する対処っていう側面もあるにはあります。

うん。

多分ね、こういう事を書いてても「それが優しいって事なんだよw」って思われる人も居るんだろうなぁ、とは思いますが、うん。

実際に会って話してたら、認めないんでしょうね、私とか想像したりもします(笑)


これはやっぱり......?

どうにもこうにも、私は矛盾してしまう側に立ってるのではないのだろうか?

そんな感じです。

優しいと言われれば優しくないと返し。

厳しいと言われれば、この程度厳しくとも何ともない=まだ甘いレベルと返し。

うん。

逆に間違ってる、おかしいって言われても、必ず反対の立場を突きつけてしまうんですよ。

なんでなのよもうって自分で自分にツッコミすら入れる程にそうあります。

まぁ、この辺は話しだすと長くなるので軽く触れるようにして。


個人としての着地点

割と保留とか、とどめずに疑問に思ったら考え続ける。

そんな感じで、結局いつまでたっても「それは何故か?」をやってしまうのかなぁ?とは思います。

自分でもなんでこんなに、言葉にハマるのを嫌うのか?ってくらいに、絶対に良しとしないんですよね。

なので、必要以上には反論しないですし、そういうならそういう事でも良いけどねっていう割と曖昧ではあれど、終止符を打つようにして切り上げるようにしてます。

まぁ、考えてはいるものの、ある程度考えて気が済んだら、考えるのをやめるという感じですかね。

ただ、そうあるが故に、時代が変わったとか、多様性の時代だとか、そういうのには全然流されないタイプとも言えるんでしょう。


で、結局優しさとは?

言葉や概念があるのは分かるけど、こういう物って決め打つ必要ないんじゃない?

とは思います。

というのも優しさとか、理解だったり、手助けや支援というような、施しや相手側の受け入れを要求される要因にもなるんですよね。

で、考えたり想像できないと、優しさという言葉や概念にハマるだけになって、気づかないうちに相手をジワジワ崖へ押しやってる、なんて事にもなるでしょう。

うん。

考えたり、想像するのって大事ですよね。

って言う感じで、起承転結ではないですが、結を置かないと...と考えすぎたあげくこういう〆になりましたとさ。


まとめ&後記

あくまで自分の頭の中を書く、という目的からすると、無理矢理結んでるなぁこれは(笑)という感じで、珍しく書いた事をちゃんとやってるじゃん?とか、自画自賛をしなくもなかったりします。

また、狙いとしても、やっぱり考えるとか、想像するとか、そういう事を促すのが狙いみたいな部分があったので、これで良いのかなぁと思います。

優しいとか、優しさって、傷の舐めあいではないですしね。

なので、甘やかしたり、都合の良い部分だけを拾う優しさなんてのは、ノーセンキューだと思います。

そもそも、優しいよね?って言われて( ゚Д゚)ハァ?しちゃうタイプですし、私。

現実を見つめろって突きつけたら、厳しいっていうでしょ?それだけでなく、それは問題ありで意味が無いって感じるから、意味がある方をやってるだけなのよ。

という感じで。

優しさとは何ぞや?は常に考えておきたいと思います。

そして、出し過ぎない程度には厳しさも持つように。

それでは。


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