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本当に、お陰様。ありがとう。

久々に一時間以上も、母と電話で話し込んだ。いつもは、あれを送ったとか次はいつ帰省するとかいう10分ほどの要件連絡なのが、今回は珍しく。

ひとりで暮らす苦労性なこの人の、ガス抜きの意味もあった。仕事のこと、体調のこと、そして被災した街の、その後のこと。ここ最近は色々なことが重なり、心の張力がかなり上がっているようだった。

そしてそれに耳を傾けることが、私が長くかじらせてもらったその脛への、今さらながらのささやかな労りという思いもある。途切れることのない愚痴の密度に比例して上ずる声に、私の役割を実感してもいた。

転じて、私の仕事や西での暮らしの話題を振られる。

年明けから続いていたデスマーチぶりを呆れ気味に話したつもりだったが、その根底には揺るぎない楽しさがあることを、私の声色で感じたのかもしれない。「それは大変だったね。でもね、」に続く声がもう一段、うわずる。

「あなたがずっと目指してたことに今たどり着けているのが、何より嬉しい。」

初めて言われた気がした。ありがとう。それは本当に、お陰様なのだ。だから私は、縁も身寄りも経験もないこの地に移って、がんばれている。

まだここがゴールでは、ないけれど。

そのお金で、美味しい珈琲をいただきます。 ありがとうございます。