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きさらぎ駅編~三途中下車ートチュウゲシャー~


『目ェ覚ませこの軟弱ウサギがあぁあぁあっ!!』 「へぶっ!!?」


ビリビリと地を震わせるほどの怒りの籠った叫び声と僕の左頬にめり込む衝撃。その衝撃によって僕の体が2・3メートルほど飛ばされた。


「いった!!…………へ?あ…さ、サタン……!?」


僕を正気に戻してくれたのは耳の先端には真っ赤な炎を灯している、黒くて少し癖のある毛並みと金色に輝くドラゴンのような両翼、ドラゴンに酷似した緋色の鱗を持つ尻尾に、炎のように赤く染まった鋭い瞳を持った猫のような不思議な生き物……憤怒の大悪魔、つみねこのサタンだった。


いつもよりも目尻を吊り上げ僕を見下ろす彼と、彼に殴られた左頬の痛みに思考が追い付かずにいると再び弟の悲痛な声が聞こえてくる。


にいちゃん、なんでにげるの?

ぼくひとりでしぬのこわいよ

しにたくない

しにたくない

しにたくない


じりじりと迫ってくる弟を一瞥し、サタンは僕に問いかけてくる。


『オイ、ウサギ。“あれ”がテメェの弟か?ずいぶん酷い姿だな。』


無理もない。弟の姿は生前白くて可愛らしい、もちもちとした頬は茶色く焼け爛れ眼窩に収まっているはずの左目は零れ落ちかけこちらに歩み寄ってくるたびにぶらぶらと揺れ、今にも地面に落ちてしまいそうになっている。そんな、悍ましい姿になってしまっている。


「あれは……僕が最後に見た陽助の姿なんだ……!!」

『馬鹿野郎。早よ目ェ覚ませ。』

「ぶべらっ!!?」


僕の答えを聞いたと同時に再び僕の左頬に衝撃と痛みが走る。今度は彼の右足が僕の左頬を蹴り飛ばしていた。それを理解する前にサタンは僕の胸倉を掴み、大声で叫んだ。



『テメェの弟がテメェを追い詰めるような真似すると思うか!!?テメェの家族を侮辱してるのは他の誰でもねェ!!テメェ自身だ!!』


僕は、何も答えられなかった。彼は僕を見下ろしたまま、言葉を続けていく。


『死んだ生き物はな、どう足掻いても生き返らねェ。過去に囚われても戻ってこねェんだよ。生きてる奴の気持ちもわからねェのに、死んだ奴の気持ちなんかわかるわきゃねェんだよ。

 ニンゲンは汚ェんだよ。平気で嘘をつく、本心を隠す。


 ……でもな。テメェの家族がテメェを責めると思うことは最大の冒涜だ。』


彼の言葉は……今まで聞いた中で一番重たいものだった。それと同時に、僕の心の中に一筋の光が差し込んだような気がした。……でも……


「サタン……でも……僕……」



にいちゃん、

しにたくない

しにたくない

しにたくない


弟の手が僕に届くまであと20センチメートルというところまで迫ってきた瞬間だった。


『…………』


―荼毘ノ扶翼!!(クレマツィオーネ・アユターレ)


―――ギャアァアアアアッ!!アヅイアヅイヨォオォオ!!



突如、弟の車内に絶叫が響き渡る。僕は一瞬何が起こったのか理解することが出来なかった。サタンが突然弟を炎で焼き払ったんだ。

これまで彼と一緒に生活してきた中で、確かにサタンは悪魔で怒りっぽくて、厳しかった。だけど、僕の弟を、それも火で死んだはずの人間をいきなり焼き払うなんて真似をするような性格ではないと思っていたのに!!驚いた僕はサタンに懇願し続けた。


「なっ、何するんだ!?サタン!!やめてっ……やめてよぉお!!もう陽助を……」

『黙って見てろ!!ヘタレウサギが!!』


またもや響き渡る怒声に体を震わせ、僕は立ち尽くすことしかできなかった。激しい炎に包まれた弟を、あの時のように見ていることしかできない……弱虫な自分を情けなく思ったその時炎は徐々に弱まり、中から現れた弟の姿は……


「あれ……?あつく、ない……?いたくも……ない……?」

「よう……すけ……?元の姿に……?」


サタンの炎の中で蹲っていた弟が顔を上げると先ほどまで焼け爛れた顔も体も、僕のよく知るあの頃の可愛い弟の姿に変わっていた。


『幻覚だ。』

「え……?幻……覚……?」


サタンにそう言われ、僕が視線をやると彼は怒りに満ちた表情を浮かべながらこちらに向かってこう告げる。


『この魔空間は邪神が創り上げたニンゲンを壊して楽しむための場所だ。つまりテメェの一番恐れているものをそっくりそのまま再現する。テメェの弟も自分自身で作り出した幻だ。こんな安っぽい手に引っ掛かりやがって、この軟弱ウサギが。


 ……おい、仔ウサギ。テメェの兄貴に本当に言いたかったこと、言ってやれや。』


サタンは弟に向かってそう告げると、弟は僕の方に向かって小走りでやってくる。そして彼は僕の胸に飛び込んできたと同時に言葉を発する。


「にいちゃん!生きて!!」

「……え?」


僕に向かって飛びついてくれる弟の体を支える。そう告げられ、僕は弟の顔をようやくきちんと見ることが出来た。弟は昔と同じ、白くてモチモチとした柔らかい頬を桜色に染め、可愛い笑顔を浮かべていた。


「ぼくのこと、わすれないでいてくれてありがとう。


 でももうぼくのことで自分をせめないで。


 ぼくは先に天国でまってるから、ぼくの分も幸せになっておみやげ話、いっぱい聞かせて。」



―――…………。


…………ボタッ。


僕の視界が歪む。目から大粒の涙が溢れる。その涙は止まることを知らなかった。


そうだ……陽助は、僕の弟は、優しい子だった。なのに……そんな優しい弟を僕自身が恐ろしい化け物に変えてしまっていたんだ。炎で体を炙られ焼け爛れた悲しい姿の記憶のまま、弟を僕の心の中で縛り付けてしまっていたんだ。


「ずっと僕の中で縛り付けてごめんね……陽助……」


そう言って僕は弟の体を強く抱きしめた。温かくて柔らかくて、弟はこんなに小さかっただろうか?……いいや、違う。僕が大きくなってしまったんだ。こんなに体格差がついてしまったのに、その間ずっと彼をあの姿のままで居させた……僕はなんて残酷なことをしてしまっていたんだろう。


『きさらぎ駅ー、きさらぎ駅ー。』

「あ……ここは……」


弟を抱きしめていると聞こえてきたアナウンス。きさらぎ駅についてしまったようだった。その放送を聞いて弟が僕にこう告げた。


「にいちゃん、ぼくはこの駅で降りる。にいちゃんはこの電車にのったまま“空間の角”をすべてなくして。そしたら“アイツ”は出てこられない。かならず生きて、ほのかおばさん……うぅん、おかあさんたちのところに帰ってあげて。」

「あっ……」


弟はそれだけ言うと僕の手を放し、駅へと降りてしまった。


「陽助!!」

「……にいちゃん、大好きだよ。……ねこさん、にいちゃんのことおねがいします。」


弟は僕に笑顔で手を振り、そう言った。サタンの方を見ると彼は優しい顔で微笑みながら、弟に応えた。


『…………ああ。安心して眠れ、仔ウサギ。』

「陽助っ……せっかく会えたのに……待って、僕も……」


一緒に降りる、とドアに右手を伸ばした瞬間、僕の手をサタンが叩いた。


「痛っ!」

『甘えるな。仔ウサギはテメェよりもずっと幼いがテメェと別れる覚悟を決めたんだ。兄貴のテメェが現実と向き合わなくてどうする。』

「サタン……」

『忘れるな。ホノカたちが待ってる。』


彼にそう言われ、僕の脳裏に浮かんだのは今の両親の優しい笑顔だった。そうだ……僕が生きて帰らなきゃ、きっと二人は……


拳を強く握りしめ、血が流れ落ちた。僕は服の袖で涙を拭い力強く頷いて、彼の言葉に応えた。


「弱気になってごめん、サタン……僕、生きたい。


 生きて母さんたちの所に帰りたい。」



『…………ふん、少しはオス(漢)の顔になったじゃねぇか、ヨウタ。』































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