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【小説】 第二花 「サクラソウ」

教室の隅で一人、窓から空を眺めながら思いを馳せるのは昨日の事。
彼女は何で最後にあんな笑顔をしたのだろう。考えたって答えは出ないのに、どうしてもあの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
彼女は今頃どこで何をしているのだろうか。今日も花屋にいるのかな。学校なんて抜け出して今すぐ会いに行きたい。また何気ない会話をしたい。時間を置き去りにするあの場所で。
「……蓮」
彼女が僕を呼ぶ声が聴こえる。もう一度呼んで欲しい、僕の名前を。
「柊木 蓮!」
ドンと背中に鈍い音と共にひりひりとした痛みが走る。背後を振り向くと痛みの原因がそこに居た。
「返事ぐらいしてよね」
まったくと頬を膨らませて怒っている。こいつの名は日向 葵、僕の隣に住んでいて幼い頃から一緒にいることが多い。いわゆる幼馴染みってやつだ。
「なーに考えてるの?」
肩を組んできて脇腹を人差し指で突いてくる。幼馴染みだけあって僕の弱点を完全に把握していて、これをされるとくすぐったくて気持ちとは裏腹に笑ってしまう。
普通ならこんな状況だと男子は嬉しいものだろうが、葵には女の子らしさのかけらもない。悲しいことに接触している胸は見事な絶壁。喜びは一切感じられない。そのうえ髪も短く運動神経も抜群で、男子よりも女子からの人気があるくらいだ。
「今日はほっといてくれ」
「何よ、つまんない」
そんな馴れ馴れしいのと男勝りなのがたまに傷だが、面倒見の良さと明るい性格にはいつも助けられている。以前、犬に襲われたところを助けてもらった事がある。本当に根っからの良い奴だ。本人には恥ずかしくて絶対に言えないけど。
そんな気持ちとは裏腹に組まれた肩を慣れた手つきで解いて脱出する。
「珍しく元気ないなー。今日は転校生が来るってのに」
「て、転校生!?」
僕の過剰反応を見て葵も驚いている。しかし、興奮した僕の熱りはすぐに冷めた。冷静になって考えると転校生が例の少女なわけがない。そんな都合の良い話なんてないのは中学生になりたての僕でも分かる。
「転校生は女の子らしいぜ」
混ぜろよと言わんばかりに会話に入ってきたこいつは親友の桐島 椿。クラスのムードメーカー的存在である。
椿の母は少しギャル風な人で、そのせいか椿の髪型は最近流行りのヘアーカタログにでも載ってそうなツーブロック。性格と相まってチャラさが滲み出ている。
「これだから男子は……」
キラキラと目を輝かせている椿に葵は呆れている。女子が好きな椿は女子の話となるといつもこうなるのだ。しかし、僕を椿が同じ男子だからといって一緒くたにしないで頂きたい。
そうこうしていると、ガラッと古びた音を鳴らして扉が開く。そこから片栗先生が姿を現わすと、皆は慌てて自分の席に着いた。
白髪混じりで頑固そうな彫り深い顔、厳しそうな風貌は今日も健在だ。黒の紳士服はぴしっと決まっている。
先生は教卓の前に立つと、胸ポケットから取り出した白いハンカチで眼鏡を丁寧に拭いた。そして咳を一つ。
「えー、今から転校生を紹介する」
その言葉が確信へと変える。教室は再び騒めき始め、期待や好奇心で満ち溢れていく。
入りなさいと先生が呼びかけると扉が開いた。彼女なわけがない。漫画みたいな展開あるわけがない。そう思いつつもどこかで願っている。もし彼女と出逢ったのが運命だとしたら。
「高嶺 花子です。よろしくお願いします」
呆然とした。夢なのかと目を擦るも現実は変わらない。
黒く艶のある長髪、透き通る白い肌。確かに目の前には、夢にまで見た彼女がいる。
信じられないがこれは運命だと言わざるをえない。どんどん喜びが込み上げてきて、何かが溢れ出しそうになる。
「柊木どうした、知り合いか?」
気が付くと僕一人だけ席を立っていた。転校生に釘付けだったクラスの皆は、僕へと視線を向けている。我に返り、すぐに席に座って身体を縮こめた。
先生の質問の問いを考えるが、一度会っただけで名前も今知った人を知り合いと言っていいものかと返事を躊躇していると、先生は「まあいい」と言って終わらせた。
「みんな、高嶺さんと仲良くするように。以上」
高嶺さんは教本のような礼儀正しいお時儀をする。先生は僕を高嶺さんと知り合いだと判断したのか、僕の隣の席に指定した。ナイスだ片栗先生。
いつも通り授業は始まる。しかし、授業に集中出来るはずもなく、みんな高嶺さんを横目にちらちらと見ていた。特に男子生徒達が心なしか落ち着きがない様子だ。
気付けば授業が終わり休み時間に入った瞬間、高嶺さんのところに女子が一目散に集まってきた。そりゃあ、あんなに輝いた転校生、放っておくわけがない。
高嶺さんは早々に「趣味は?」「部活は何に入る?」「今度遊びに行こうよ!」と聖徳太子並みの質問責めを受けている。ああやって女子はすぐに打ち解けるのかと感心する。奴らのコミュニケーション能力は異常だ。
彼女はあの最高の笑顔を僕以外の人にも向けるのだろう。だとしたらつくづく抜け目がない高嶺の花だ。
だけど、僕の知っている彼女はそこにはいなかった。
「私に関わらないで」
冷酷な台詞を吐き捨てて彼女は教室を去った。 昨日の別れる時に見せた表情と同じ、寂しく哀しみに染まっていた。
窓の外を覗くとまだ冬だというのに、校庭でサクラソウが咲いている。
花言葉は『初恋』

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