連載小説 魂の織りなす旅路#30/書道教室⑴
【書道教室⑴】
「また明日来てもいい?」
「もちろん!待ってるね。」
茜は腰をかがめた私にぎゅっと抱きつくと、嬉しそうにスキップしながら帰っていった。
この書道教室に、丁寧なお辞儀をして帰っていく子どもは1人もいない。師匠はそういう儀礼的な所作が大嫌いなのだ。ひとつくらい型のない場があってもいいだろうと師匠は言う。
ここでは己の本質と向き合うことが求められる。そのためには本質を閉じ込めている殻を破らなければならない。型通りの礼儀や常識といったものは、その人の本質を閉じ込める殻にしかならないというのが師匠の考えで、私はそんな師匠を尊敬している。
今日来た茜が明日も来られるのは、この教室が月・火・金・土の13時から19時の間であれば、いつでも何度でも来ていいことになっているからで、この珍しいシステムも、本質を型に閉じ込めないという師匠の信念のあらわれだ。
「寛滋(かんじ)さん。悠(はる)さんから連絡はありましたか?」
寛滋さんとは師匠のことだ。師匠と呼ばれるのを嫌う寛滋さんは、初対面の人間が師匠と呼ぶと必ず一喝する。一喝というのは言い過ぎかもしれないけれど、それくらい強く言わないと師匠と呼び続ける腰の低い人間がいるのだから、寛滋さんとしても仕方がないのだ。
そんな寛滋さんを心から慕っている私は、心の中ではいつも師匠と呼んでいる。
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