いにしへの短編集3《北への探検》
《北への探検》
「ということは、おじいさまはそのとき北には向かわなかったんだね? 」
利発そうな2つの瞳が、ヨームンを覗き込んでくる。
「ああ、そうだ。北は後回しだったのさ。南に良い地が見つからなければ、北を探索しただろうがね。幸いこの地が見つかった。」
「ねぇねぇ、北に何があるのか、おじいさまは気にならない?」
ハセの可愛らしい3本の指が、ヨームンの腕をグイグイと引っ張る。
「僕は北に行ってみたいんだ。いったいジャングルの向こうには、どんな世界が広がっているんだろう!」
ハセはヨームンにぎゅっと抱きつき、その耳元に口を当てると
「僕はね、おじいさま。ローカムの操縦士になって、北の地を探検するんだよ。」
と、ささやいた。
***
南に新境地を見出した
ヨームンとその子らは
その地の上と下に
楽園を築き上げた
ヨームンの孫は
見捨てられた地の
さらに北を目指す
***
ハセは1週間分の荷物をローカムに積み込むと、メノワの背中を叩いた。
「いよいよだ。」
振り向いたメノワは、右の口角を上げる。
「気合い十分だな。」
「そりゃそうさ。俺たちの10年越しの夢が叶うんだ。」
ローカムに乗り込むと、イヤホンからルセの声が響いてきた。
「決して無理はするな。第二隊、第三隊が控えていることを忘れるなよ。健闘を祈る。」
出発だ。ハセが右上のレバーを押し出すと、ローカムは音もなくフワッと浮き上がった。
濃い緑が繁茂する地域までくると、ときどき激しい雨が降るようになる。雨が降ると地上が見えにくくなるので、雨が激しくなると雲の上で停止し、雨が止むと再び雲の下に降り飛行した。
「おじいさまの時代の燃料補給地ってのは、どこだろう。この辺りだと思うんだが。」
「レーダーを照射してみるか?」
「いや、いいだろう。時間がもったいない。先へ進もう。」
ハセが好奇心を振り払うように自制した声で答えると、メノワは名残惜しそうにしみじみと呟いた。
「この先には、昔の地の下の楽園があるんだな。こう所狭しと植物が生えているんじゃ、ここから入口なんて見えないだろうな。」
再び好奇心をくすぐられたハセは、自分の知らない過去に思いを巡らす。
「ああ。今はどうなっているんだろう。放置されたままだからなぁ。」
「南の楽園を上にも下にも広げたんだ。こっちに来るどころじゃなかったのさ。」
メノワが皮肉っぽく言った。
***
「あれは何だ?」
前方を指差したメノワが声を上げた。遠くに凹凸のある茶色っぽい帯が、見渡す限りどこまでも長く東西に広がっているのが見える。
「崖だろうか? しかし、あんなに長い崖だなんて信じ難いな。」
近くまで来ると、それが高い断崖絶壁で深い谷になっていることがわかった。
「こんな景色は見たことがないぞ。谷が東西に何キロも続いている。」
ハセがその深く長い谷間に目を奪われていると、隣のメノワが慌ただしくボタンを操作し始めた。
「記録して本部に送信しよう。」
「ああ、それがいい。こりゃ、学者たちが色めき立つな。」
ハセとメノワは、この谷底を低空飛行することにした。谷底に陽が当たるのは、太陽が真上にきたときだけだろう。この谷はそれほどに深く薄暗い。
しばらく低空飛行したのち、谷底の平らな面にローカムを着陸させて、この日はそこで一晩過ごすことにした。
翌日早朝、本部のルセから連絡が入った。
「今後、そこを探索の拠点にすることが決まった。これから第二、第三隊をそちらに派遣する。君たちにはまず、その谷間を東に向かい探索してもらいたい。第二、第三隊が到着したら追って連絡する。」
***
彼らの眼前に現れた
高い絶壁と深い谷は
遥か昔
北の民と南の民が
分かたれた名残
天と地が
彼らを北の民の元へと
導いてゆく
***
3時間ほど飛ばしたところで、とうとう崖がなだらかになり平地になった。
「長かったなぁ。」
ハセが感嘆の声を上げる。
「ああ、僕は途中、永遠に続くんじゃないかと不安になったよ。」
メノワは照れたように右の口角を上げた。
「おい。あれを見ろ! 」
ハセが興奮しながら眼前を指し示す。
「海だ!」
興奮のせいで、ハセの白い腕がほのかにピンク色に染まっている。
「ここがこの大陸の東端ってことだな。」
メノワは慌てて記録カメラのボタンを操作しながら言った。
「よし、この海岸線に沿って飛ばしてみよう。 」
ハセは弾んだ声でそう言うと、ローカムの進路を北へと変えた。メノワは瞼のない大きな瞳を潤ませながら、感嘆した声で言う。
「初めて見たよ。これが海なのか。」
「ああ。俺は一度、おじいさまに連れられて海を見たことがあるんだが、幼かったせいであまり覚えていないんだ。すごいな。海だぜ、海! 俺たち今、海の上を飛んでいるんだ。 」
ハセとメノワは、どこまでも続く海岸線に沿ってローカムを飛ばし続けた。海岸線は途中湾曲し、東に伸びたかと思うと今度は南に向かい始めている。
「ここは・・・僕たちが東端だと思った岸の対岸になるようだ。向こう岸は見えないけれどね。僕らは海を挟んで、あの谷の東にいるということだね。」
2人は海岸線の南端に辿り着くと、砂浜にローカムを着陸させた。
***
2人は天と地の導きにより
この地に辿り着く
南の民が
北の民の記憶を取り戻すまで
あと少し
その話は
また別の物語で語るとしよう
〜 完 〜
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