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いにしへの短編集2《南の新境地》

北の民は、東の果てへと移動した
南の民は、地の上に楽園を築くべく
新境地を目指す

《南の新境地》

 ムトカは見渡す限り鬱蒼と繁茂するジャングルを塔の上から見渡すと、ほうっとため息をついた。

 「信じられないな。こんな短期間のうちに、見たこともない植物がワンサカ生えているじゃないか。」

 常駐の観察士が深く頷く。

 「日に数度、ほんの短い時間ですがものすごい雨が降るんです。」

 ムトカは低く唸ると観察士の肩をポンと叩き、礼を言ってエレベーターに乗り込んだ。


***


 地の下の楽園には、巨大な書物庫がある。ほとんどは科学に関する書物で、その中には地の上時代の石板も含まれている。

 「今の我々に必要なのは、祖先の科学じゃよ。地の上では地の下の科学は通用せん。これまでは見向きもしなかったがの。今、ここにいるすべての司書が地の上時代の石板を読み解いているところじゃ。」

 スームイは、黙々と石板に向かう150の司書たちを指差した。

 「ムトカ。お前さんは地の上時代の祖先が空を飛んでいたことを知っておるかね?」

 「空をだって?」

 ムトカは驚いてスームイの顔を凝視した。

 「ああそうじゃ。空を翔けておったんじゃ。自由自在にのぉ。」

 「なんてこった!僕らはそれを知らずにこれまで過ごしてきたというのか?!」

 「そういうことじゃ。我々にとって地の上の世界は、観察塔から眺めるだけの楽園とは程遠い世界じゃったからのぉ。」

 スームイはゆっくりと真っ白な細い体をひねると、ムトカを見上げた。顔の上半分を占める黒く濁った大きな2つの瞳に、ムトカが映っている。目の奥に輝く威厳に満ちた光に、ムトカは身を引き締めた。

 「ムトカ。はやる気持ちはわかる。しかし、ここは将来を見据えて、思慮深く行動せにゃならんぞ。観察塔から眺めた世界はどうじゃった? 広かろう?」

 「はい。」

 「地の上に楽園を築くのは、楽園に相応しい地を見つけてからでも遅くはないんじゃないかのぉ。さぁさ、話はこれで終わりじゃ。仕事に戻られい。」

 スームイが白く細長い3本の指を動かして用が済んだことを伝えると、ムトカは辞儀をして書物庫を出た。


***


 作業は急ピッチで進められた。石板に書かれていた鉱物はどれも既知のもので、空を飛ぶ原理の解明も順調に進んでいるようだ。祖先が作ったローカムより軽量で頑丈なものが作れそうだと、科学者たちは鼻息を荒くしている。エンジンも当時より高機能なものになるに違いない。

 「父上。」

 息子のヨームンがやや緊張した面持ちで部屋に入ってくる。ムトカは持っていた資料を机の上に置くと、

 「どうした? 何か気掛かりなことでもあるのか?」

と、柔らかな声で応じた。

 「はい。ローカムの操縦士はどうなさるおつもりでしょう?」

 「ああ、それか。うん。問題はそれなんだ。操縦法が書かれた石板の解読は進んでいるが・・・」

 「僕にやらせてください。」

 ヨームンが勢い込んで、ムトカの言葉に被せるように言った。ムトカは息子の顔に大きな2つの瞳を据えると、深くため息をつく。

 「もう決めたんだな。」

 「はい。」


***

ヨームンを筆頭に
10の操縦士が名乗りを挙げ
うち4が訓練中に命を落とした

6の操縦士が
ローカムを乗りこなし
南を探索し始める

***


 ヨームンらは鬱蒼としたジャングルを離れるべく、赤道から南を目指すことにした。2組に分かれ、一方は南東を、もう一方は南西の探索をする。
 植物の猛威は強烈で、ローカムが着陸できそうな場所はどこにも見当たらなかった。着陸するとしたら川だろう。しかし、ローカムにその能力はない。その上、さらに南を探索するには燃料を補給する必要がある。彼らは探索の中断を余儀なくされた。

 科学者たちは早急に川に着陸できる装置を開発し、ローカムに取り付けた。手間取ったのは燃料補給地の開拓だった。まずは6が乗り込める、これまでのローカムより大きなローカムを開発する。それから、次々に開拓要員や資材を現地に輸送した。
 彼らは手始めに、小型ローカムに燃料補給するための簡易な整備に注力した。そのため、中断していた探索はわりと早い段階で再開できることになった。開拓と探索を並行して進めるため、2の操縦士を開拓にまわし、残り4の操縦士でさらに南を目指す。

 探索再開1日目、ヨームンらは燃料補給地から南へと一直線に飛んだ。

 「あれを見ろ!」

 「おお! 木の間から地面が見えるぞ。」

 「生えている植物が変化してきたようだ。もう少し飛ばせば景色が変わってくるかもしれない。」

 「ああ、そう期待したいところだ。もう少し先へ進めよう。」

 4の操縦士の士気が高まる。眼下に見える森には、淡い薄緑色が混じり始めていた。これまでは濃い深緑に覆われて地面など見えなかったのに、今では草木の隙間からちらほらと地面が見えている。
 しばらくすると眼前に大きな山が見えてきた。山から川が流れている。

 「山に近づくにつれ川幅が狭くなっていくようだ。一旦ここの水上に着陸しよう。」

 早まる鼓動が抑まらない。見つけた。見つけたぞ。僕らが求めていた地はここだ。ここに違いない。ヨームンは拳を強く握りしめた。

***

彼らは南の新境地に
地の上の楽園を築いていく

歴史を忘れた彼らが
北の民の石碑に出会うのは・・・

その話は
また別の物語で語るとしよう


〜 完 〜

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