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50歳からの転職 〜50歳になれば逃げ切れるのか?〜

53歳で銀行グループと縁を切り無職になった元上司から半年ぶりに連絡が来た。

「ご馳走するから祇園で会おう」

ぶっきらぼうなメールはそれ以外になんの飾りっ気もない。

初夏に元部下3人で開催したささやかな退職祝いの会から半年。

あれ以降どうしているのか気になっていたが、再就職先が決まっていなければ…と考えると連絡できずにいた。だから突然の連絡には本当に驚いた。

「ご無沙汰しています。ぜひお願いします。」

と返信したものの、内心は「祇園はかなり遠いな。そっちは近所でもこっちは小旅行なんだぞ」と場所だけは再検討してほしいと思っていた。
だがそれ以上に再就職先の有無をはっきりさせてほしかった。それ如何ではこちらも会う覚悟が必要なのだ。

当日、指定された小料理屋に入ると、「よう!」と奥の座席から片手を上げる白髪の男性が目に入った。

そこには半年前と変わらず元気な元上司の姿があり少し安心した。
感じたのはスーツ姿に若干の違和感を感じたくらいだ。


話の前に元上司のことについて少し触れておく。
元上司は新卒で銀行に入行し、以降30年間を銀行で勤め上げた。
情熱もあり、新しいものを受け入れる度量もある人に見えたが、それは保守的すぎる銀行のカラーにはマッチしなかったのだろう。
遅刻の一つもせず真面目に勤め上げた最終地点は”部長代理”の肩書きで、それは30代後半でも到達できるキャリアの通過点の一つに過ぎない肩書きだった。

元上司は出世争いを戦い抜いたと言うよりも、年功序列に助けられたタイプだろう。
そんな元上司の退職前数年間の仕事は、書類のミスチェックをすることだった。

だが、そんな元上司にも銀行は優しい。
銀行には役職定年した後の再就職先も斡旋してくれる制度がある。関連会社や取引先を2、3ピックアップし紹介してくれるのだ。
当然未経験の仕事も多いが、それでも年収は退職前を10としたら6〜7程度は受け取ることができる高待遇だ。
だが元上司はその圧倒的な高待遇を全て拒否して自ら職を探す道を選んだ。
つまり無職になる道を選んだのだった。


その決断を聞いてから半年。
久しぶりに会う元上司は、僕が知っている姿よりもキラキラして見えた。

「あの時は送別会してくれてありがとうな。」乾杯するや切り出す元上司。

「オレさ、あれから再就職したんだ。今は中小企業の経理部長をやってる。」

そう言って今勤めている中小企業の名刺を渡してくれた。
それは僕が訪れたことのない街の中小企業の名刺で、その企業が大きいのか小さいのかも分からなかった。

コース料理とお酒が運ばれてくる最中も元上司は喋り続けた。
こちらが聞きたいと思ったことを自らどんどん喋っていく。

「オレ正直さ、すぐに就職先が見つかると鷹を括ってた。」

「面接まで進めば必ず受かるって思ってた。ほらオレ、喋りは達者だろ。」

「でも就活して気がついたんだけど、そもそも面接まで進まないんだよな。」

「結局100数十社にエントリーしたけど、90%以上は年齢や未経験を理由に書類審査で落とされた。」元上司は自嘲気味に語る。

「考えてみたら当たり前だよな。決算書は読めるけど簿記の実務はやったことがない。決算書を読むのだって”貸せるか貸せないか”の視点しか分からないし、たとえ悪い箇所を見つけたって具体的な改善策なんて”経費削減”くらいしか思い浮かびもしない。」

「この歳だからプレイヤーとしても採用なんてできないだろ?」

「下手に無理させて死なれても困るだろうしな。」と今度は意地悪な顔で笑う。

「でもさ、さすがに何ヶ月も無職になった時は死のうかと思ったよ。それくらい追い詰められた。」

「その時になって初めて気づいたんだけど、自分にはスキルなんて一つもなかったんだよ…。」

言われてみれば、いや、言われなくても僕だってその通りだと思う。自分も銀行員をしているから分かる。
投資信託を販売しているけど相場分析力は証券会社上がりの人には遠く及ばないし、相続対策の提案はできるが税務知識は税理士に及ばない。そもそも30代半ばからは営業実務からも離れて管理職だ。営業スキルさえ半ば錆びついている。。


だが元上司は言った。

「いや、なんの取り柄もないと思ってたんだけど、しばらく経ったら気づいたんだ。取り柄はあったんだって。」

「外の世界に出て初めて気がついたんだけど、銀行員には3つの取り柄があるんだよ。」

元上司は広げた手の指を一本ずつ折りながら喋った。

「一つ目は地頭は悪くない。二つ目は礼儀正しい。そして三つ目は遅刻もしないし毎年資格試験に挑戦するほど真面目なんだ。」

「これらを備えている人間は意外に少ないんだよな。」

「30年間の銀行員生活でみっちり鍛え上げられた真面目さが役立ったよ。
無職の時はどこに出かける用事もないだろ、だから毎日スーパーのフードコートに出かけて。そこで本を読んだりYouTubeで勉強してた。
真面目だから毎日フードコートに通って勉強することも苦じゃなかったんだ。」

「だから全部一から勉強した。簿記もやったしなんでも勉強した。ほんと、もっと若い頃から初めときゃ良かったよ。」

「そんな時にさ、たまたま銀行の管理職出身の人材を求めてる会社が見つかって。ダメもとでエントリーしたら面接まで進めてさ。面接まで進んだら案の定一発合格ってわけよ。」


一通り転職活動の苦労話を喋り終えた頃にはすっかりお酒も進んでいた。

最初に感じたスーツの違和感は、銀行員時代に着ていたスーツを全て廃棄して新しいスーツを新調したためらしい。
元上司からはもうすっかり銀行員らしさが消えていた。

「今は本当に仕事が楽しいよ。銀行員時代のような制約も少ないしさ、中小企業だから自分の経験を頼ってくれたりするんだ。」

「でも実務は分からないことが多いからさ、恥を忍んで事務のおばちゃんに添削してもらってるけどな。」
と語る上司の顔は酔いが回ったためかとても優しい笑顔だった。


「銀行を辞めていく若手を見るたびに”安易に逃げるな”と思ってたけど、あれは違ったな。」

「転職市場に飛び出すには相当な勇気がいるんだって学んだよ。」

「最近の若者はすごいよな。尊敬する。」

「でもオレたちおじさんの転職活動はもっと厳しいな。現実を思い知らされたよ。」

「ポテンシャルもない、経験もない老人を誰が好んで雇ってくれるかって。」

「銀行の管理職してたところでほとんど強みにはならなかった。社名や肩書きに頼っててもダメだな。一歩社外に出たらまるで通用しない。」

「やっぱり手に職じゃないけど、"オレはこんなことができます"と主張できるものがなきゃダメだ。オレはある意味、この歳で飛び出してよかったよ。後もう1、2年遅かったら銀行から逃れることはできなかった。」

「あと1、2年遅かったら今みたいに勉強しても頭に入らなかったしな。」と笑う。

「こんな経験したから今なら何でもできる気がしてる。銀行員だと53歳が定年だろ?だから53歳で職業人人生まで終わった気がしててな。」

「でもな、外に出たら53歳が定年じゃないんだよ。当たり前だけどさ。その当たり前さえ見失ってた。」

「オレの職業人人生は70歳まで、あと17年も残ってる。終わった気になるには早過ぎるんだ。」


「そういえば何かで読んだけど、スキルを三つ掛け合わせた人材は強いらしいぞ。」

「オレは銀行管理職と経理実務で二つ目だ。今の職場で3つ目も見つけてもう一回だって転職してやるぞ。」

笑顔で語る元上司は冗談めかしていたが、半分本気だろう。


経験に基づく学びは大きい。
元上司は銀行員人生で身につけた真面目さを活かし、また学び直して次のステップを見つけるだろう。

元上司の言う通り50歳なんてまだまだ若い。
まだまだ学びの途中。逃げ切るなんて早過ぎる。

50歳は「退職まで逃げ切れる年齢」に感じる。だがそれは間違いだ。
70歳まで働く時代はもうすぐそこまできてる。
だとするなら50歳は通過点。
22歳から70歳まで働く職業人人生のたった60%が終わったところ。まだまだ残り40%の道のりが残っている。逃げ切るなんてとんでもない。
まだまだ必死で走る最中だ。
ここを間違えてはいけない。

僕たちはサラリーマン人生をどう生き抜くかを本気で考える必要がある。
会社に流されていればゴールまで連れて行ってもらえた時代はとうに終わりを迎えた。
50歳を迎えるその時、サラリーマン人生の折り返し地点で自分はどう生きるか。
それを見据えながら戦略的にスキル磨きや学び直しに取り組まなければならない。

ただ待つだけでは未来はやってこないのだ。



食事も終わり、そろそろ帰る時間だ。

駅まで向かうとちょうど元上司側の電車がきた。

「今日は来てくれてサンキューな。じゃあな!」

と、元上司はまた片手を上げながら短すぎる別れの言葉を言い放つと颯爽と車内へと消えていった。

その後ろ姿を見て僕は少し寂しさを感じた。

”今日が本当のお別れの日になる”

直感でそう感じた。

元上司はあの時のお別れ会のお礼、つまり僕への義を果たした。

きっともう僕に会おうとはしないだろう。

なぜなら元上司はもう未来だけを見据えている。
過去なんて興味がないのだ。

銀行から逃げるように転職していった幾人かのように、過ぎ去った銀行時代に未練を見せたり、少しの嫉妬を見せたりすることは一切しなかった。

元上司の潔さに関心しつつ、自分だけが取り残されたような寂しさを感じながら僕も小旅行の帰路に着いた。



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