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「変革の時代の組織リテラシー」第2講その2:プロジェクトの失敗を招く15のDON'Ts

第2講-その1では「プロジェクトの成功を測る8つの視点」についてお話ししました。第2講-その2では「失敗を招く15のDON’Ts」についてお話しします。

第2講-その1はこちらからご覧いただけます。

このnoteは、多摩大学大学院の講義で使用してきた教材を下敷きに、その大幅改定のためのドラフトを、クリエイティブコモンズ[©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)]として公開するものです。
この記事の最後に、教材詳細版のPDFダウンロードリンクを載せていますので、ご関心ある方はぜひご活用ください。

はじめに(第2-2講の構成)

第2講-1では、QCT:Quality, Cost, Timeを3つの頂点とするプロジェクト・マネジメントにおける鉄の三角形The Iron Triangleに関して、下式(※)が最早成立しないとの認識に立って、鉄の三角形の不十分性を克服する「プロジェクト成功の評価枠組」を検討し、4軸8項目の評価枠組を提案しました。

(※)プロジェクト・マネジメントの成功 = 鉄の三角形QCTの達成
= プロジェクトの成功

第2講-2では、プロジェクトの成功にとって重要なもう一つのテーマ「プロジェクトの失敗を招く15のDON’Ts」を取り上げたいと思います。

スライド2疑問①~⑤と本講の章立ては以下の様に対応しています。

【 第2講-その1(前のnote)の記述の範囲 】
疑問①に対して: 1.鉄の三角形QCTの達成では不十分、というのは本当なのだろうか?
疑問②③に対して: 2.プロジェクトの成功を測る8つの視点

【 第2講-その2(このnote)の記述の範囲 】
疑問④⑤に対して: 3.失敗を招く15のDON’Ts

3. プロジェクトを成功や失敗に導く要因:15のDON’Tsを提案する

前節2ではプロジェクトの成功をどう評価するか、について検討しました。

本節では、プロジェクトを成功や失敗に導く要因について検討します。通常これらは簡略化されて、成功要因、失敗要因と呼ばれます。

繰り返しになりますが、かつては、

プロジェクト・マネジメントの成功 = 鉄の三角形QCTの達成 = プロジェクトの成功

という図式が成立していて事態は単純だったのですが、最早この図式は成立しないので、下図に示すように両者を区分して考える必要がある訳です。

図9

以下の順序で記述を進めていきます。

・プロジェクトを成功に導く要因KFSに関する調査研究を3例の紹介。
・成功要因よりも失敗研究が重要であるとの「失敗学のすすめ」を紹介。
・プロジェクトを失敗に導く要因DONT'sに関する調査研究を3例の紹介。
・実践者にとって有効と考える15のDON’Tsを提案。

DONT'sを用いた実プロジェクトの分析事例は、本講の演習課題の回答例として紹介します。

3.1. プロジェクトを成功に導く要因:3つの研究の紹介

プロジェクトを成功に導く要因に関する調査研究は、実践上の関心も高いことから数多く報告されています。
私も網羅的に目を通したとはとても言えないのですが、古典的な研究、組織的な研究として、3例紹介します。

1) プロジェクト成功の本当の要因:12のCSF

注8. Terry Cooke-Davies The “real” success factors on projects International Journal of Project Management 20 2002

プロジェクト・マネジメントに関する学術誌として代表的なInternational Journal of Project Managementに2002年に発表された論文で、プロジェクトや事業を成功に導くCSFが導き出されています。

プロジェクトを多数実施している70を超える機関が調査対象
この論文では、70を超える国家機関、国際機関に下記の3つの質問を提示し、その回答を分析しています。

質問1: プロジェクト・マネジメントの成功にとって決定的に重要な要因とは何ですか?→スケジュール・コストマネジメントに関する8要因
What factors are critical to project management success?

質問2: 個々のプロジェクトの成功にとって決定的に重要な要因とは何ですか?→ユーザーに関する1要因
What factors are critical to success on an individual project?

質問3: プロジェクト群を継続的に成功に導く要因とは何ですか?→企業経営に関する3要因
What factors lead to consistently successful projects?

■12の重大成功要因CSF(Critical Success Factors)
分析の結果12の重大成功要因/CSFが抽出されました。

図10

■本提案の評価
本研究で導出された要因は、プロジェクト・ティームやプロジェクト・マネージャーに直接関係する要因というよりも、プロジェクトを推進する母体組織の力能に関する事項です。個々のプロジェクトにとってはメタレベルの要因といえます。

プロジェクト的企業観からすると、母体組織の力能を問うことは当然のアプローチであり、本研究の成果は、企業のプロジェクト・マネジメント能力をチェックする際のチェックリストとして有効でしょう。

プロジェクト・マネージャーとしては、プロジェクトを実行する組織をこの観点から評価し、弱体と思われる点を、マネジメントの要注意事項として意識する、といった活用方法が考えられます。

また、オペレーションやユーザーの観点を取り入れ、プロジェクトとオペレーションの協力関係を打ち建てることの重要性をCSFの1つとして取り上げている点も重要な視点と言えます。

2) 英国APMによるプロジェクト成功条件の枠組み設定とその検証

注9. APM Conditions for Project Success 2015

Association for Project Managementは、1972年に設立された英国を根拠地とするプロジェクト・マネジメントの普及・発展等を目的とする団体で、PMIの英国版と言えPMBOKに相当するPRINCE-2を発行しています。

ここで参照する「プロジェクト成功の条件」はAPMの自主的調査研究の成果であり、プロジェクトやプロジェクト群を成功に導くための条件を特定することを目的としています。成果は2015年3月のAPMの会議にて公表されました。

図11

仮説検証型の調査方法
APMは、次の2段階によってプロジェクト成功条件に関する枠組みを策定(identify)しました。

① 25人の卓越した専門家によって、成功要因に関する初期仮説を設定する
② 862人のプロジェクト・マネージャーによって、上記仮説を検証する


更に、文献調査により、妥当性を検証しています。
③ プロジェクト成功に関する文献が指摘する成功要因と上記枠組みを突き合わせ、枠組みの妥当性を検証し、3項目を追加する

APMの提案する14の成功条件
成功条件として特定されたのは下記の項目です。

1. 効果的なガバナンス構造/Effective governance:
 意思決定に関する明快な仕組みや責任の所在と、プロジェクト関係者の混乱の無い報連相
2. 責任と能力を有するプロジェクト実施主体/Capable sponsors:
3. キチンと機能するサプライチェーン/Aligned supply chain:
 プロジェクトに対して物品やサービスを供給する組織が、「何を供給しているのか、何がいつ必要とされるか」を認識しており、高い水準で適時に義務を果たす
4. 効果が検証されている方法やツール/Proven methods and tools:
 プロジェクトのタイプに適合した最良のプロジェクト・マネジメント手法が適宜用いられている
5. 適切な基準の設定/Appropriate standards:
 プロジェクトに適合した実践に関する基準が、全てのレベルで認識され守られている
6. プロジェクトを成功に導くという意思/Commitment to project success:
 プロジェクトの全期間を通じて、全関係者がプロジェクトを成功に導くという意思と確信を有している
7. プロジェクトを支援する組織/Supportive organisations:
 プロジェクトに関連する諸組織やプロジェクトのおかれた環境、例えば労働組合、近隣、地元行政、専門家組織、同業組織、圧力団体等が好ましい方向に動く
8. 完成した際のユーザーやオペレーターの関与/Engaged users or operators:
 完成した際のユーザーやオペレーターが参加し、デザインや途中の状態で意見を述べる
9. 高い能力を有する専門家/Competent project professionals:
 プロジェクト・マネジメントに当たるティームの経験に裏打ちされた高い専門能力
10. 有能なプロジェクト・ティーム/Capable project teams: 
 夫々の領域・役割を担当する人たちの経験と専門能力
11. 安定したプロジェクト資金/Secure funding:
 適切な予備費も含めたプロジェクト全体をカバーする安定的な資金
 これらに加え、文献調査との突合せによって下記の3項目が追加されました。
12. プロジェクト期間中保持される明確なプロジェクトの目標/A factor concerned with clarity of
13. 有効なプロジェクト遂行計画/A factor concerned with project planning
14. 組織やプロジェクト群における当該プロジェクトの位置付け/A factor concerned with project positioning within ‘portfolio/programme/project’ structures in complex organisations.

本調査分析の評価
多数のプロジェクト・マネージャーを調査対象とし、文献調査による補足も行われているので、網羅的に成功条件が抽出されているものと思われます。

前述のCSFと共通する事項として、プロジェクトを実施する組織体制に関する事項が抽出されている他、「4.効果が検証されている方法やツール」、「5.適切な基準設定」、「12.プロジェクト期間中保持される明確なプロジェクトの目標」など、よりプロジェクト・マネジメントの現場に近い事項も取り上げられています。

また、「8.完成した際のユーザーやオペレーターの関与」がここでも取り上げられています。一見当然とも思われるこの項目が取り上げられていることは、ユーザーやオペレーターを無視しているか、要望は把握していると誤解しているプロジェクトが多いことを意味していると言え、注意すべきでしょう。

3) ピントによる成功要因の古典的研究

注10. JEFFREY K PINTO他 Critical Factors in Successful Project Implementation IEEE TRANSACTIONS ON ENGINEERING MANAGEMENT 34 1987

成功要因に関する調査研究の最後に、1987年に発表された米国の有力なプロジェクト・マネジメント研究者の一人であるJeffrey K. Pintoの古典的研究である「プロジェクトを成功に導く核心的な要因(Critical Factors in Successful Project Implementation)」を簡潔に紹介します。

図12

この研究は、プロジェクトの成功を核心的な要因の関数として把握するプロジェクト成功関数を導き出す、という発想のもとで実施されました。
具体的には、既往研究のレビューの後、University of PittsburghのMBAの院生が職場で関与した52のプロジェクトをサンプルとして、核心的成功要因の特定が行われました。

関数形の特定にまで至っている訳ではないのですが、10要因とその関係を示すモデルが提案されています。10要因は下記の通りです。

① プロジェクトの使命:目標や方向性が明確に定義されているか?
② 経営トップによる支援:実施に必要な資源、権限、権力が与えられているか?
③ スケジュールと計画:実施プロセスが詳細に特定されているか?
④ 顧客の意向:ステイクホルダーとのコミュニケーションや意向確認は十分か?
⑤ 人員:プロジェクト・メンバーの採用、人選、育成は適切か?
⑥ 技術的能力:要求される技術能力や熟練を有しているか?
⑦ 顧客による受容:最終成果物はユーザーに受け入れられているか?
⑧ モニタリングとフィードバック:適時に包括的になされているか?
⑨ コミュニケーション:主要なメンバーに適切な情報が適時に供給されているか?
⑩ トラブル対応:予期していなかった問題への対応能力はあるか?

本提案の評価
本研究で提案されている核心的な成功要因は、プロジェクトを実行する組織の能力ではなく、プロジェクトそのものの遂行に焦点が絞られているので、プロジェクト・マネジメントを主題としている本講義の立場で、直接参考としうるものです。
後出の失敗研究と合わせて、本テキストにおける提案の基礎となっています。

3.2. 失敗から学ぶ

CSF(Critical Success Factors)やKFS(Key Factor for Success)は、プロジクト・マネジメントの領域だけではなく、事業の成功を論じる際の重要な概念となっています。

しかしながら、このような成功事例からの学習・成功学は幻想であって、失敗からこそ学ぶべきであるという主張があります(菅野寛著、経営の失敗学、2014年、日経新聞社)。この主張には説得力があります。

そこで、この後はプロジェクト・マネジメントにおけるDON'Tsを検討していきたいと思います。

以下は同書からの引用です。

「DON'Ts」
成功は十社十色で、一つひとつの成功はユニークです。したがって、成功をパターン化できないし、他社の成功をモノマネしても成功しません。…一方、陥りがちな共通の失敗は多く、ある程度パターン化できます。
「これをやってしまえばほぼ間違いなく失敗する、したがってこれをやってはいけない」という「DON'Ts」は存在します。
成功学の幻想
世の中には成功事例を紹介する本や記事が溢れ返っていますが、成功事例からの学習には、非常に注意が必要です。
第一の理由
「目に見える表面的なアクション」の裏にある「目に見えない要因」のほうが、はるかに重要な場合が多いからです。これが成功事例を学ぶことができない第一の理由です。
成功の裏にある「目に見えない要因」は大きく、①企業の「価値観や文化」、②企業の「能力」、③目に見える個々のアクションをつなぐ全体としての目に見えない「つながり・システム・仕組み」に分かれます。何れも、一朝一夕では真似はできないものばかりです。
第二の理由
成功した企業のやり方が唯一絶対の正解ではありません。複数の解の一つを実行して、「たまたま」成功した他社の事象を「後付け」で分析し、成功要因を抽出することはできても、それが、本当に再現性があるかは、甚だ疑問です。
成功した企業の状況(コンテクスト)と自社独自の状況が違うため、同じことを実行しても、同じように成功するとは考えにくいものです。
■失敗のパターンは共通している
① 「考えるアプローチ/頭の使い方」に問題がある場合
教科書の理論を何も考えずにそのまま使ってしまう
意思決定の質とスピードのバランスを欠いている
そもそもの出発点としての論点がずれている
② ビジネスを立案する段階での失敗
そもそも戦略の筋が通っていない
顧客が求めている価値を提供していない
定性的なロジックの詰めだけで満足して、定量的な数字の詰めが甘い
不確実性やリスクに十分対処していない
地雷排除をやり過ぎた結果、戦略が「尖っていない」
③ 実行段階で犯してしまう失敗
実行の徹底度が足りない
実行者の意識や行動を変えていない 

プロジェクト・マネジメントにおいて「失敗学」を生かす
事業戦略の策定や実行もプロジェクトであると見做す本テキストの立場から、上記に引用した菅野氏の主張にプロジェクト・マネージャーは配意すべきと考えます。

「12のCSF」を提案したTerry Cooke-Daviesは、「プロジェクト・マネジメントの実践がなされてきたのにもかかわらず、ステイクホルダーにとって失望で終わる事例が後を絶たないのは何故か?」という問いを提示していましたが、成功要因を模倣しようとする態度にそもそも問題があるのかもしれません。

また、本著作における指摘が、戦略策定にとどまらず、実行段階にも及んでいる点に注目すべきであると考えます。戦略と実行の間にある乖離も、プロジェクトを失敗に導く重要な要因なので、この点を第2講-1の図に加筆しました。

スライド21

3.3. プロジェクトを失敗に導く要因:3つの研究の紹介

プロジェクトを失敗に導く要因に関する調査研究も、実践上の関心も高いことから複数報告されています。
今回、テキストの改定に当たってもう一度文献検索を行って、3点目を追加しました。

1) 情報システムISプロジェクトにおける失敗要因の分析

注11. Roberts, J.P. and Furlonger, J. 2000. Successful IS Project Management. Gartner

この問題が最も深刻な分野であるIT分野での失敗要因の研究世紀の変わり目に発表された研究です。抽出された要因数が9と少ないので、把握しやすいと思い最初に紹介することにしました。

失敗要因の抽出
論文のタイトルは成功するプロジェクト・マネジメントとなっていますが、成功するためには失敗の罠に嵌ってはいけない訳で、著者のRoberts, J.P.とFurlonger, J.は、情報システムISプロジェクトに関する分析を行い、プロジェクトの失敗要因として次の9点を抽出しています(訳出は筆者)。

1. プロジェクトの目標Objectivesが適切に定義されておらず合意されていない
2. プロジェクトの正当性を根拠づける投資対効果の検討business caseが不十分である
3. コミュニケーションをはじめとするステイクホルダー対応stakeholder managementが欠如している
4. プロジェクトの成果や便益Outcomes and/or benefitsが、測定可能なかたちで適切に定義されていない
5. クオリティコントロールが欠如している
6. プロジェクト期間や期間の設定が甘い
7. プロジェクトのガバナンスが適切に設定されていない
8. プロジェクト遂行のためのリソースが不足或いは適切にコーディネートされていない
9. 変化やリスクに対応するためのマネジメントが不足している

プロジェクト・マネジメント手法の適用による改善
また、細かなレベルに至るプロジェクト・マネジメント手法の適用によって、生産性は20~30%向上し、それは下記の効果によるとしています。一対一対応ではありませんが、上記の失敗要因に対抗する手段の提案となっています。

1. プロジェクトのスコープの明確化
2. プロジェクトの目標・ゴールに関する合意
3. プロジェクト遂行に必要な諸資源の適切な設定
4. 成果や遂行状況に関する説明責任の明確化
5. 最終的なプロジェクトによる便益の実現に焦点を当てるプロジェクト・ティームの動機付け

本提案の評価
要因数は少なすぎても抽象的で分かりづらく、多すぎても実用的・操作的ではありません。この研究が提案している9要因程度が、やや少ないが適当であると思います。
内容を見ても、

出発点である目標の設定や投資効果の検証から始まって
ステイクホルダーとの関係
期間やリソースなどの遂行における制約
クレームの原因となる質や成果の評価方法
プロジェクトにおいて不可避な変化への対応
プロジェクトのガバナンス

と、プロジェクトを実践した人達から見ても重要だと思われる問題が押さえられている様に思えます。
そこで、前出のピントの提案と合わせて、本テキストでの提案の出発点としたいと思います。

2) 回顧的研究Retrospectiveから得られた36の失敗要因

注12. RYAN NELSON. Project Management: Infamous Failures, Classic Mistakes, and Best Practices, 2007

著者の属するヴァージニア大学MS MIT(Master of Science in the Management of Information Technology)の院生たちの職場での経験を対象とした、ITプロジェクトの回顧的研究(Retrospective)を資料として、ステイクホルダー類型によるプロジェクト成功軸の重要度評価や、プロジェクト・マネジメントの成功/失敗とプロジェクトの失敗/成功の実相を分析したものです。

ここでは、失敗の要因を紹介することにします。ステイクホルダーによるプロジェクト成功軸の重要度評価は、テキスト本編で紹介しています。

失敗に向かわせる要因
99のプロジェクトの回顧的研究から、失敗に向かう要因を抽出しています。
抽出されたのは36要因の中からトップ20は以下となっています。

図23
上位10要因を訳出しておきます。

① スケジュール想定が甘い
② ステイクホルダーのマネジメントが不十分である
③ リスク・マネジメントが不十分である
④ プロジェクト計画の内容が甘い
⑤ 質に関する保証が短期で変更された
⑥ プロジェクト・メンバーやティーム力が弱い
⑦ プロジェクトに対する支援が十分でない
⑧ 要求事項の定義が不十分である
⑨ プロジェクトの背後の力関係への注意が不足した
⑩ ユーザーの巻き込みが十分ではなかった

本提案の評価
36項目は多すぎると思われるので(チェック項目が多すぎると各項目のチェックの際の集中度が落ちて真剣なチェックとはならない恐れがある)、上位10項目を見てみたのですが、これまで参照した調査研究の結果とほぼ重なる要因が抽出されているので、過去研究のレビューもこの程度でよいのではないかと思われます。

3) The changing landscape of IS project failure: an examination of the key factors

注13. Hughes DL, Rana NP, Simintiras Journal of Enterprise Information Management. 30 2017

成功要因、失敗要因の研究のレビューはこれくらいで良いだろうと書いた直後ですが、今回改定に当たってもう一度文献を検索しました。ただ、個別研究ではなく過去の研究を網羅的にレビューしている最近の論文を探すことにしました。研究者でもない筆者にとって、それが最も手っ取り早いからです。その結果、この論文に行きつきました。

プロジェクトを失敗に導く鍵となる要因とは何かWhat are the key factors that lead to project failure?

本研究では、依然として情報システムISプロジェクトの不成功率が高いことから、改めて失敗要因を検討することには意味があるとして、下記の網羅的な過去研究のサーベイを行っています。

・過去研究のサーベイ論文/review studies
・コンサルタントによる調査分析/industrial and practitioner based research
・事例分析/case studies
・実証分析・理論分析/empirical research and theoretical studies

この結果、10の失敗要因を導き出しています。
導き出された要因は、情報システムISプロジェクトに限定されない一般性を有していること、最近の研究で有りかつ網羅的なサーベイが行われていることから、紹介することにしました。

要因1. チェンジ・マネジメントが貧弱でユーザーの抵抗に遭遇する/Factors relating to Poor Change Management and User Resistance
要因2. 要求事項のマネジメントが出来ていない/Poor Requirements Management
要因3. プロジェクト・マネジメントやプロジェクト計画が適切でない/Poor Project Management and Project Planning
要因4. リスク管理や予算管理の失敗/Risk and Budget Management Failings
要因5. 経営層からの支援が不足している/Poor Executive Support, Sponsorship and Inadequate Management Structure
要因6. プロジェクトの規模が大きすぎ複雑すぎる/Project Too Large and Complex
要因7. 業務発注先との良好な関係が構築できない/Poor Contractor and Stakeholder Relationship
要因8. スタッフがやる気を喪失する/Staff Turnover, Commitment, Motivation and Performance Issues
要因9. プロジェクト採択時の検討が不足している/Poor Business Case, Objectives and Evaluation Stage
要因10. 失敗から学ぶ姿勢が欠如している/Inadequate Post Mortem Process

本提案の評価
要因1のユーザーの抵抗や、要因7、8のプロジェクト実施側に関する事項など、人間的側面に関する事項が3点ピックアップされているのが印象的です。要因10で失敗から学ぶ姿勢の欠如が取り上げられていますが、同じ失敗を繰り返している組織が依然として多く、改めて、失敗から学ぶ行為の重要性が強調されています。

3.4. プロジェクトを失敗に向かわせる15のDON’Ts

これまで見てきた成功要因・失敗要因と2で提案したプロジェクト成功の評価軸・評価項目を総合的に勘案し、更に筆者の経験も加味し、「プロジェクトを失敗に向かわせる要因DON’Ts」を提案します。

6範疇15のDON’Tsと成功の評価軸との関係は下図の通りで、DON’Tsをやってしまうとプロジェクトが失敗する可能性が高い訳ですが、残念ながらやらなかったからと言って成功を保証するもの(KFS)ではありません。

図13


15のDON’Ts
ここで提案するDON’T’sは、6つの範疇15項目で構成されています。

図14

1. 目標や位置付けに関する要因
要因1~3は、プロジェクト実施の母体組織において、プロジェクトが戦略を実現する上での活動の一つとして何処まできちんとした検討と決定がなされているかを、以下の3点から問題としています。
要因1. 組織戦略とプロジェクト目標の関係が整合していない
要因2. プロジェクトの投資効果が十分検討されていない
要因3. プロジェクトへの経営層のコミットメントや支援体制が不十分である

2. ステイクホルダーに関する要因
要因4、5はプロジェクト・オーナーやユーザーとの合意形成がなされているのか、その為のコミュニケーショに配慮がなされているか、を問題としています。
要因4. ステイクホルダーとのコミュニケーションが欠如している
要因5. 成果検討へのオーナーやユーザーの参画の機会がない

3. プロジェクトの成果に関する要因
要因5〜7は、プロジェクトの成果は何を達成すればよいかが明確となっているか、その達成を適切に評価する方法があるのか、を問題としています。要因5はステイクホルダーに関する要因の一つでもあります。
要因5. オーナー、ユーザーのニーズやオペレーション上の要望を反映されるプロセスがない
要因6. 目標達成の評価・計測方法が明確でない
要因7. 達成すべき質の優先順位や実現方法が明確でない

4. プロジェクト遂行体制に関する要因
要因8~11は、プロジェクトの遂行体制を、意思決定、計画の妥当性、リソースの割り当てという観点から問うものです。
要因8. プロジェクトの組織運営、意思決定権限の付与が不適切でない
要因9. 費用、期間は適切な根拠に基づき設定されていない
要因10. ティームの能力・員数が不足している
要因11. プロジェクトの特徴にあったマネージャーがアサインされていない

5. プロジェクト・ティームへの配慮
要因12,13はプロジェクトの遂行を担うティームに対する配慮を問うものです。実行ティームとプロジェクト・マネージャーの間のコミュニケーション、実行ティームのモティベーション・マネジメントを取り上げています。モティベーション・マネジメントはプロジェクト・マネージャーの規範の一つであると筆者は考えますので、一般的なプロジェクト・マネジメントの著作や論文で言及されることは比較的少ないのですが、取り上げることにしました。これについては第9講で取り上げる予定です。
要因12. 適切な情報の供給やティームからのフィードバックがなされていない
要因13. ティーム・メンバーの動機付けが配慮されていない

6. 信頼性・リスク対応
要因14~15は、信頼性やリスク対応に項目をと有り上げています。
要因14. チェンジ・マネジメントが適切に行われていない
要因15. 採用する技術や方法のリスクが考慮されていない

なお、プロジェクト・マネジメントにとってはメタレベルにあたる母体組織の力能に関する要因は含んでいません。これは、組織的プロジェクト・マネジメント成熟度モデルOPM:Organizational Project Management Maturity Model として論じられているテーマです。大変重要ですが、別途取扱うべき大きなテーマです。

以上です。

4. 本日の演習

下記の1か2のいずれかを選択してください。

1. あなたが体験を通じて知っている成功プロジェクトについて、どの様に成功しているのか、下記のフォーマットを用いて記述してください。

図15

2. 2. あなたが担当している業務をプロジェクトとして捉え、下記のフォーマットを用い該当する事項があれば具体的に記述してください。

図16

お疲れさまでした。これで第2講は終了です。

第2講‐その1はこちらのリンクからご覧になれます。

引用論文や詳細の解説はこちらからご覧ください。尚、以下の資料もクリエイティブコモンズとして公開します。
©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)


来月は、「 プロジェクトの目標や要求事項の設定は極めて重要だが、難しい。では、どうするか」をテーマとする予定です。

これまでの講義についてはマガジンにまとめています。



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