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「変革の時代の組織リテラシー」 ープロジェクトの目標や要求事項の設定は極めて重要だが、難しい。では、どうするか-

2月から始めたこの講義も5記事目となりました。
第3講ではプロジェクトの目標や要求事項の設定の難しさを共有するとともに、その難しさをどう乗り越えていくかを具体事例と共にお伝えします。

私達は、正統派プロジェクト・マネジメントPM2.0の限界性を克服するPM3.0を目指しています。

PM3.0に向けた着眼点として、プロジェクトの目的は所与ではなく、組織戦略とその実行であるプロジェクトとの接点は、相互浸透すべきである、を提案しました(導入講「なぜ今、プロジェクト・マネジメントが必要か?」)。

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また、プロジェクトの始まりはファジーである場合が多いので、目的-ミッションを明晰にし、共有するための前駆プロジェクトを導入する、を提案しました(第1講「そもそもプロジェクト・マネジメントとはなにか?」)。

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「プロジェクトの成功を測る8つの視点と失敗を招く15のDON’Ts」(第2講)では、成功を測る指標やDON’Tsに以下を組込むことを提案しました。
曖昧な当初の目標・目的の明確化や豊富化(成功を測る8つの視点)
プロジェクトの目標が適切に定義されておらず合意されていない(15のDON’Ts)
本講では、「プロジェクトの目標や要求事項の設定は極めて重要だが、難しい。では、どうするか」をテーマとして、愈々プロジェクト・マネジメントにおける実践的対応に踏み込んでいきたいと思います。

このnoteは、多摩大学大学院の講義で使用してきた教材を下敷きに、その大幅改定のためのドラフトを、クリエイティブコモンズ[©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)]として公開するものです。
この記事の最後に、教材詳細版のPDFダウンロードリンクを載せていますので、ご関心ある方はぜひご活用ください。

では講義に入りましょう。

はじめに(第3講の構成)

「プロジェクトの目標や要求事項の設定」を、「目的-ミッションを明晰にし、共有するための前駆プロジェクト」として、どの様にプロジェクト・マネジメントの実践に組込んでいくか」が、第3講のテーマです。このため、以下の順番で話を進めて行きたいと思います。

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導入部で、目的系(目的—目標—要求)が重要であることを再確認します。「先ずは行動だ、目的など何の役に立つのか?面倒な議論は後回しで良い。」との考え方が未だ根強いからです。目的系(目的—目標—要求)が重要であることを、3つの調査事例に基づき再確認しておきます。また、領域や論者によって、目的や目標(Purpose, Goals, Objectives)の言葉遣いが異なるので、議論の混乱を避けるため、補論で整理しておきます。

次に、目標・要求のマネジメント手法を学ぶとして、「前駆プロジェクト」では何を行うのか?「前駆プロジェクトをどこに位置付けるのか?」を議論します。言わば「器」の議論ですが、これを明確にしておくことは、プロジェクト関係者がプロセスに対する認識を共有する上で重要です。そこで、プロジェクトが発意されてから実施に至るまでの立ち上げ期の流れを理解した上で、前駆プロジェクトの器として期待できるブリーフィング(建築領域)、要求工学の(ICT)を紹介し、プロジェクト・マネージャーの役回りを考えます。

最後に、前駆プロジェクトを効果的に行うための方法論を検討します。「器」に対して「盛るべき料理の調理法」とでも言うべき内容です。発展途上の話題なので、事例を用いて説明することにします。・プロジェクトの目的をプロジェクトの使命群へと具体的に分割したMBS:Mission Breakdown Structureを紹介します。
・各ステイクホルダーの目的や関心事から、共通目的を導き出し、共通目的に個別目的を関連付けるMBU:Mission Build Upを紹介します。
・ブリーフィングの事例を紹介します。実際のプロジェクトではトップダウン的なBreakdownとボトムアップ的なBuildupの両側面が含まれているので、その様な事例を取り上げています。

第2講の失敗を反省して、noteをテキスト本編の概要版にするという考えを改め、エッセンスに絞りましたが、それでも長くなってしまいました。「器」に興味のない方は3を飛ばしてください。Noteを見て関心を持った点は是非テキスト本編を参照して下さい(このテキストの最後にダウンロード用のボタンがあります)。

導入部 目的系(目的—目標—要求)の重要性を再確認し、言葉の整理をする


導入部では、目的系(目的—目標—要求)が重要であることを、3つの調査事例に基づき再確認しておきます。
補論として、議論の混乱を避けるため、目的、目標、要求などの言葉の整理をしておきます。

1. プロジェクト・マネジメントにおける目的系の重要性を再確認する

ここでは、目的・目標(Purpose, Goals, Objectives)の設定から、これを受けてなされる要求定義(Requirements Definitions)までを目的系と捉え、何故それが重要視されるのかを、調査事例を引いて再確認しておきます。「七面倒臭い議論は後回しにしてとにかく走り出そう」と目的の吟味を軽視する傾向は、まだまだ根強いからです。

■ PMI・PULSE REPORT2018に見るプロジェクト失敗要因
導入講3.2でも参照したPMIの2018年Pulseレポートでは、プロジェクトの主要な失敗原因に関する調査結果が報告されています。
https://f.hubspotusercontent40.net/hubfs/2535991/PMI%20Pulse%20of%20the%20Profession%202018.pdf
過去12か月以内に開始したプロジェクトで、失敗と考えられるものについて主要な原因を3つまで挙げてください、という質問への回答を以下に引用します(邦訳は筆者)。

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①は目的そのものの有効性が損なわれたことを意味し、②および③、④の一項目目は、目的系の扱いの不適切さそのものが失敗要因として挙げられています。目的系のマネジメントの重要性を浮き彫りにする結果となっています。
PM2.0では目的や目標が所与とされていて、その後工程である実行が対象とされています。その総本山であるPMIの調査結果が、目的・目標を所与とすることの限界性の根拠となっていることは皮肉だともいえますが、大きな組織は問題点を認識していても機動的に変わることができない、という事例の一つなのかもしれません。

■ 貧弱な要求事項のマネジメントは貧弱な結果につながる
THE URGENCY: Poor Requirements = Poor Performance
PMIは、プロジェクト実施組織を対象とする要求事項のマネジメントに関するアンケートとヒアリング調査結果をまとめたレポートを、2014年に発行しています(Requirements Management, A Core Competency for Project and Program Success, 2014)。ここでは、プロジェクトが目的や目標を達成する上で、プロジェクトに課せられる要求事項が対象となっています。

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同レポートは次のように述べています(邦訳、下線付与は筆者)。

・ますます複雑化する事業環境下で、急速な技術の変化やグローバル化に晒される中、プロジェクト実施において組織の有する戦略的な能力を、組織が発揮することがますます困難になりつつある。
・当初に設定した目的・目標の達成に失敗したプロジェクトの47%において、要求事項のマネジメントが不適切であった。The in-depth study finds that when projects do not meet their original goals and business objectives, inaccurate requirements management is the primary cause of that outcome almost half of the time (47 percent).
・プロジェクトの成功要因は数多く挙げることができ、そしてそれらは相互に関連し何れも重要であるが、間違いなく要求事項のマネジメントは、最も重要な要素の一つである。

要求獲得にかける費用は少なくすぎても多すぎてもプロジェクト・コストの超過を招く
ソフトウェア開発分野において要求獲得の名著とされるAlan M. Davis著『Just Enough Requirements Management』 (邦訳『成功する要求仕様、失敗する要求仕様』)で、著者は要求獲得に費やした費用とプロジェクト・コストの超過率との関係に基づき、以下の様に主張しています。

要求の獲得・分析に費用をかけなかったプロジェクトでは予算超過率が高く、またかけすぎても再び予算を超過する傾向がみられ、程良い(Just Enough)要求獲得の実践が重要である

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以上3点の引用から、有効な目的が設定され、これが適切に要求事項として具体化されることがプロジェクトの成功にとって極めて重要である、ことが再確認できると思います。

補論:目的・目標・要求 
言葉の整理これまで、目的、目標と言う言葉の使い方は、引用した文献の使い方そのままで用いてきました。分野や人によって目的、目標の意味や使い方が異なるので、これらを整理し、本テキストでの使用法を定めておくことにします。
先ず、PMBOKの規定を参照し、次にLFM(Logical Framework Method)と更に紺野登氏が提唱する目的工学を参照した上で、本テキストとしての概念規定を提案しました。概念規定の詳細や、それに至る検討過程に興味のある方は添付の本編を参照して下さい。noteでは結論と目的工学の概念規定、事例による説明だけを示します

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目的は、最終的な到達点で、プロジェクトが達成する成果がその実現に貢献する状態です。 目標は、目的達成への貢献の道標となるもので、固有で、具体的で、計測・評価可能なものでなければなりません。
目標と要求の区分が問題となるのですが、両者はプロジェクトが期待された成果を達成したかどうかの判断基準となる点では共通しています。従って、両者の差は質的なものというよりも、詳細度の程度問題だと考えるのが妥当です。つまり、ある事項が目標なのか要求なのかは、目標をどこまで詳細に設定することがそのプロジェクトにとって有用なのか、で判断するべきことになります。

第2講BOX06で紹介した、コミュニティの満足度を高める啓作の力能の改善LFMの事例を用いて、本テキストでの用語法を例示します。

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目標・要求のマネジメント手法を学ぶ

ここでは、目標・要求マネジメントの代表的な手法である建築・都市開発領域でのブリーフィングとICT領域における要求工学のエッセンスを紹介します。これらの手法は、「目的-ミッションを明晰にし、共有するための前駆プロジェクト」を適切に位置づけることのできる「器」として最も適していると言えるでしょう。
以下の順番で記述します。
・プロジェクト立ち上げ期の流れを、プロジェクト事例を用いて説明
・建築プロジェクトにおけるブリーフィングを紹介
・ICTプロジェクトにおける要求工学を紹介

2. プロジェクトが発意されてから立上げまでの流れ

「目的-ミッションを明晰にし、共有するための前駆プロジェクト」は、プロジェクトの流れの何処に位置付ければよいでしょうか?先ず、プロジェクトが発意されてから立上げまでの流れを見ておくことにしましょう。

2.1 発意からプロジェクト実施までの骨格的な流れ

プロジェクトの発意からプロジェクトの実施に至る初動期の流れは、下図の様に整理できます。

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プロジェクトが発意されます
プロジェクトが発意される主要な動機は、図の左端に書かれている次の3つとされています。
・組織戦略や事業戦略を実現するためにプロジェクトを行う
・組織が直面している問題を解決するためにプロジェクトを行う
・組織の中で生まれたアイデアを実現するためにプロジェクトを行う
これらの動機に基づいて発意されるプロジェクト候補は、通常複数存在しています。

■ プロジェクトの実施が決定されます
発意されたプロジェクトが、実施する価値のあるプロジェクトであるかどうかの判断を行います。複数のプロジェクト候補がある場合には、どれを選択するのかを決定します。プロジェクトを実施しない、と言う決定が下される場合もあり、比較検討の際に忘れてはならないゼロ・オプションです。

■ プロジェクトの基本方針が策定されます
実施が決定されたプロジェクトについて、下記から構成される基本方針が策定されます。これはプロジェクト目論見書と呼ばれる場合があります。
・プロジェクトの目的
・求められる成果
・プロジェクトの予算の上限、目標期日
・実施を担う組織や責任者(プロジェクト・リーダー)
PM2.0では、プロジェクト・マネージャーはこの段階が終了した時点で選定されることになります。またプロジェクト・リーダーは担当役員等プロジェクト・マネージャーの上位のポジションとなるのが一般的です。PM3.0(本テキスト)は、この時点でプロジェクト・マネージャーを選定するのでは遅い、と考えています。PM3.0は図中の赤のトーンの範囲に注目します。

プロジェクトの基本方針を具体化します
プロジェクト基本方針書は骨格のみを定めているので、プロジェクトの実施に当たっては、方針を具体化する必要があります。後述する建築プロジェクトにおけるプロジェクト・ブリーフやICTプロジェクトにおける要求定義書はこれに該当しますが、場合によっては基本方針に遡及する場合もあります。しかし、基本方針の理解や具体化が十分になされないまま、いきなり次のステップに突入してしまうプロジェクトが多く、これがプロジェクト・オーナーの要望と成果との乖離を生み、プロジェクト・メンバーの交代要求、プロジェクトが進んだ段階での手戻り、プロジェクトの成果に対する不満足など、好ましくない結果をもたらすことは、「プロジェクト・マネジメントにおける目標・要求の重要性を再確認する」で見たところです。

 プロジェクト実施計画を策定します
具体化された基本方針を前提として、プロジェクトの実施計画(通常「プロジェクト計画」と呼ばれます)を策定します。第1講で説明したWBS・OBS、EVMのベースラインとなるスケジュールや予算計画、ステイクホルダーの特定した上で策定されるコミュニケーション計画等がその構成要素となります。

2.2 具体的なプロジェクトで流れを確認する

一般的な説明ではイメージがつかみにくいと思われるので、具体的なプロジェクトで流れを確認しておくことにしましょう。老朽化して手狭になった本社の移転・統合の例で、プロジェクトの流れの説明を補足します。本編では大きくなる一方の管理部門スリム化のためのIT化も取り上げています。
先ず、プロジェクトの発意からプロジェクト実施の意思決定まで。図の下段が事例に関する記述です。

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 プロジェクトの動機は直面する問題の解決
プロジェクトの動機は、「老朽化して狭隘で蛸足気味になってきた本社を何とかしたい」というものです。企業の発展に伴って職員数も増加し、一つのビルには収まりきらなくなって、周りのビルに色々な部署が散らばって蛸足状態になることは、成長企業でよくみられることです。これでは、社内で打合せするのも不便です。加えて、古いビルだと環境性能が悪く諸費用もかさみ、リクルート上も不利などの問題があります。これらの直面する問題の解決が、プロジェクトの動機となります。

■ プロジェクトの発意から実施案選択の意思決定まで:目的を明晰にして実現方法を選び取る
日本企業によくみられるパターンとして、先ず自社所有の新本社ビルを建設しようと考え、建設候補地探しが始まり、複数の候補地が見つかって、どの候補地を選択するのか、と言う流れとなります。

しかし、一歩立ち返って考えると、新しい敷地での自社ビル建設が唯一の選択肢なのではなく、様々な選択肢があることが分かります。単に社屋を新しくするのではなく、在宅勤務の奨励やサテライト・オフィスの活用など職員のニーズにもあった働き方改革を行う方が重要かもしれません。働き方改革によって必要面積が減れば、現ビルの改修で対応する、一時移転し現敷地で建替える、立地条件の良い新築の貸ビルに移転する、等の他の有力な選択肢もあることが分かります。

これらを比較検討することになると、そもそもこのプロジェクトによって実現したいことは何なのか?を問い直し、代替案を評価するための評価枠組を設定し直す必要が出てきます。

本例では、検討の結果以下を重視し、面積を減らした上で立地の良い場所新築の貸しビルに移転し、現ビルは売却してイノベーション投資の原資とすることが選択されました。
・職員の働き方改革の優先順位が高いこと
・好立地の場所での自社ビル建設は難しいこと
・建築投資よりもイノベーションへの投資が重要であること

もちろん、何もせずに現状のまま、と言う選択肢は常に比較検討の対象となることを忘れてはなりません。
この段階は、プロジェクトを実施するのか否か、実施するとしたらどの様な選択肢を採用するのか、を決定する節目となる段階で、事業実施判断Feasibility Study, Business Caseなどと呼ばれます。また、この様な選択を支援するために作成される検討書を戦略ブリーフと呼びます。戦略ブリーフは、目的を吟味する際の好適な器です。

続いて、プロジェクト実施が決定された以降の流れです。

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■ プロジェクト基本方針の策定:プロジェクト目論見書
プロジェクトの実施案が決定されたので、この決定に基づきプロジェクトの基本方針を策定します。本プロジェクトの場合、基本方針は以下の項目で構成されることになります。

• 働き方改革の骨格
• 新ワークプレイスの理念・コンセプト
• プロジェクトの予算の上限・完了時期の目標
• プロジェクト責任者・担当部署

この方針書は、事業目論見書等と呼ばれることもあり、プロジェクトの規模や重要性によってどのレベルかは異なってきますが、取締役会、理事会などの正式な機関決定を経て承認されるのが通常です。
PM2.0では、プロジェクト・マネージャーが選定され任用されるのは通常基本方針の策定後で、基本方針の実行が期待役割です。

プロジェクト・マネージャーはもっと早い段階からプロジェクトに参画するべきではないのか?と疑問を持たれた方も多いのではないでしょうか。私もそう思う一人で、事業実施判断にも参画することが望ましく、それが困難な場合には、次の「プロジェクトの基本方針を具体化する」段階において、基本方針へ十分に遡及することが重要となります。これが後述するプロジェクト・ブリーフィングの役割の一つです。

■ プロジェクト基本方針の具体化:目標を設定し要求事項を定める
これ以降、プロジェクトは実施段階に入ります。
ワークプレイスの設計や家具の調達などの詳細な検討を行う前に、プロジェクトの基本方針を設計条件へと具体化しておく必要があります。これがプロジェクト・ブリーフの役割で、以下の項目から構成されます。

• ワークプレイス計画の目標
• 必要機能と面積
• ビル利用計画(階層配置、平面計画)
• スケジュール、予算計画

ここで重要なのはワークプレイス計画の目標で、基本方針で定められた「働き方改革の骨格」や「新ワークプレイスの理念・コンセプト」を適切に展開したものでなければなりません。基本方針が曖昧であったり抽象的であったりする場合には(多くの場合はそうですが)、動機や目的に遡って議論する必要があるでしょう。
これが、前述したブリーフィングの重要な役割です。プロジェクト・ブリーフの事例は6で紹介します。

■ プロジェクト計画
プロジェクト・ブリーフによって、プロジェクトの目標、要求、制約が明らかとなるので、プロジェクトの実施計画を策定することが可能となり、実施計画に基づいて各業務を実行することになります。
PM2.0では、プロジェクトの使命記述書(Mission Statement)の理解に基づいてプロジェクト計画を策定することが、プロジェクト・マネージャーの最初の任務とされています(第1講図1-1「正統派プロジェクト・マネジメント活動の流れ」、尚PMBOKでは「プロジェクトの立ち上げの目標および理由」を記載するビジネス・ケース))。起点を使命記述書の理解とするのでは不十分であり、少なくとも使命記述書に相当するプロジェクト・ブリーフを作成することが起点であるべきと、筆者は主張します。

補足:戦略的投資判断
プロジェクトの立ち上げに際しては、数多くのプロジェクトのアイデアや候補の中から、実施するプロジェクトを選定するプロセスが重要であることを見てきましたが、このプロセスはテクニカルには戦略的投資判断(SID: Strategic Investment Decisions)と呼ばれます。本編では、戦略的投資判断の流れを説明してありますので、関心のある方はそちらを参照して下さい。関心のない方も、戦略的投資判断SIDという言葉だけは記憶にとどめておいてください。

2.3 前駆プロジェクトの器となる「戦略ブリーフ」と「プロジェクト・ブリーフ」

以上、プロジェクトが発意されてから立上げに至るプロセスを説明してきました。まとめて9点を下記、下図に示します。

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① 戦略の実現、直面する課題の解決、生まれたアイデアの実現が、プロジェクトが発意される主たる動機です。
② プロジェクトを実行するかどうかの意思決定は戦略的投資判断SIDと呼ばれ、そのために行われるのが事業実行可能性調査FS, Business Caseです。
③ 意思決定を支援するためにFSでは、様々な代替案を比較検討し、目的の実現から最も望ましい案が選定されます。意思決定を支援するためにFSの内容をまとめた文書が戦略ブリーフです。
④ プロジェクトの実施が決定されると、プロジェクトの目的、求められる成果、予算、期間、実施担当を定めたプロジェクトの基本方針書が作成されます。これはプロジェクト目論見書とも呼ばれます。
⑤ PM2.0ではこの段階でプロジェクト・マネージャーが選定・任用されることになります。
⑥ プロジェクト・マネージャーは、基本方針を受けていきなりプロジェクトの実施計画を策定するのではなく、プロジェクトの基本方針を具体化するために、プロジェクト・ブリーフや要件定義書を作成することが大切です。プロジェクト・ブリーフの骨子は、プロジェクトの目標、要求、制約です。
⑦ プロジェクトの目標を設定する際には、プロジェクトの動機・目的に遡って確認することが重要です。
⑧ 目的を明晰にして実現方法を選び取るのが戦略ブリーフ、目標を設定し要求事項を定めるのがプロジェクト・ブリーフ、要件定義書です。目標を設定する際には、動機・目的に遡ってプロジェクトの意義を確認することが重要です。
⑨ PM3.0では、「目的を明晰にし、共有するための前駆プロジェクト」の器として、戦略ブリーフとプロジェクト・ブリーフの2つが適切であると考えます。

補足:ISOにおけるブリーフィング・ブリーフの規定
日本では余り馴染のないブリーフ、ブリーフィングですが、ISOでは下記の通り定義されています。
・ブリーフ:「発注者や使用者の関連する必要事項および目的、プロジェクトの背景、適切な設計上の要求を規定する業務文書」(ISO9699:1994)
・ブリーフィング:「発注者および関係者の要求、目的、制約条件(リソースやコンテクスト)を明らかにし、分析するプロセス。設計者が解決することが求められる課題を系統的に整理するプロセス」(同上)
上記の定義から分かる様に、プロジェクトの目的とプロジェクトにおいて解決すべき課題を結びつけるのがブリーフで、目的を明晰にする役割と目標や要求を規定する役割の2つの役割から構成されます。前者が戦略ブリーフに、後者がプロジェクト・ブリーフに対応すると理解することができます。

3. ブリーフィング、要求工学の核心

ブリーフィングについては既にふれました。ブリーフィングやICT領域での要求工学は前駆プロジェクトの「器」として活用を図りたいので、もう少しそのエッセンスを紹介することにします。エッセンスと言ってもきちんと伝えようとするとどうしても長くなってしまうので、核心部分に限定します。関心を持った方は是非本編を参照して下さい。

3.1 ブリーフィング・要求工学誕生の背景

先ず、ブリーフィングや要求工学誕生の背景を押さえておくことにしましょう。建築プロジェクトにおけるブリーフィングですが、1970年代英国の大規模公共建築プロジェクトにおいて編み出された方法論です。建築プロジェクトの規模の大型化や内容の高度化・複雑化に伴ってステイクホルダーの数も増加し、プロジェクトで何が重要と見るかはステイクホルダーによって異なることから、設計を始めるための条件(通常設計条件と呼ばれる)を簡単に決められなくなった事態への対応方策です。

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次に、システム開発です。システム開発では、以前からシステム設計に着手するための要求定義が実施されていて、建築のブリーフィングもそれを参考にしたところがあります。それにもかかわらず開発されたシステムが経営課題の解決に役立たない等の失敗が後を絶たず、要件定義の方法を改良・高度化する必要が意識され、要求工学が誕生することになりました。Agile開発はこれとは異なるアプローチですが、有効な要求を引き出すことを重視している点では同じです。

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ここから「建築プロジェクトにおけるブリーフィング」と「ICTプロジェクトにおける要件定義(要求工学)」についてそれぞれ紹介します。

3.2 建築プロジェクトにおけるブリーフィング

建築プロジェクトでは、ブリーファー(ブリーフ作成者)は、プロジェクトの目標・要求・制約を明らかにして、これらを、プロジェクト・オーナーをはじめとする主要なステイクホルダーと設計者と間の共通認識とすることを重視しています。作成されたブリーフが設計条件として、設計者に提示されることになります。

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目標が最も重要
ブリーフィングで最も重要なのはプロジェクトの目標で、何のためにこのプロジェクトを行うのか?という動機や目的に遡って目標を設定することが推奨されます。これはプロジェクト・ブリーフに相当しますが、目的が抽象的で曖昧な場合には目的そのものを明晰なものとする必要があり、この場合は戦略ブリーフまで立ち返ることになります。これを更に具体化したのが要求で、要求については後述します。

制約:鉄の三角形の内のCTが主要な制約だが、プロジェクト固有の制約にも注意する
鉄の三角形QCT(第2講参照)の内CとT(費用とスケジュール)は、制約条件の中の最も重たい要素ですが、制約はこれに限定されるものではなく、一般的な表現としては「プロジェクトの活動領域を定義づけるもの」となり、建築物の新築では敷地条件、改修では既存建物現況等の物理的条件の他に、各種の法規制や指導等が制約条件となるのが一般的です。

要求の設定をプロジェクト・オーナーに迫ってはならない
目標設定に続くのが、要求(Requirements)の抽出です(ICTでは要件とも呼ばれます)。要求とはプロジェクトの目標を達成するために、計画上配慮すべき基準、完成後の建物の規模や備えるべき性能等を定義付けるものです。プロジェクトの進捗に伴って追加・変更の発生頻度が高いため、注意を要します。要求の抽出において留意すべきは、プロジェクトの出発時点ではオーナーも自分の本当の要求を理解しているとは限らないことです。要求の設定を迫るのではなく、プロジェクト・オーナーの関心事が高く、変更のインパクトが大きいところから検討を始めることが適切です。
・プロジェクト・オーナーの事業目的に沿って優先順位の高い事項から決定
・プライオリティが同レベルであれば建物全体に影響する事項を優先
・細部にわたってすべてを決めようとせず、順を追って逐次決定
・プロジェクト・オーナー側の承認者を明確にし、承認された記録を管理

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ブリーフィングのベースにあるフロント・ローディング発想
ブリーフィングの根底にあるのは、多領域にまたがる重要な課題は先行的に解決しておくことが望ましいという、フロント・ローディング(Front Loading)の発想です。この発想は重要です。
先行的な課題解決は効率的で効果的(efficient & effective)である
下図は2004年に米国で発表されたもので、建築プロジェクトの従来型のプロセスとフロント・ローディングを比較したものです。従来型のプロセス(青線)では、図の中程の工事用の図面(CD: Construction Documents)の作成に業務のピークがあります。このピークをSD(基本設計)の後半からDD(実施設計)に移動させようというのが、建築プロジェクトにおけるフロント・ローディング(図中の黒線)です。

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何故ピークを前倒しにするのでしょうか?
・図中の緑線は、設計変更に伴って発生する費用を示していますが、これは時間の進行とともに指数関数的に増加します。図面が詳細になればなるほど、ある個所での変更が他の箇所に及ぶ影響に対応するための関係者が増大するからで、工事が始まってからの変更では工事のやり直しや既に製作されていた建築部材が無駄になるといった事態すら発生します。
・図中の赤線は、設計が建物の機能や工事費に対して有する影響力を示していますが、これは時間の経過とともに減少していきます。変更のための費用が嵩むこともありますが、人間には決定を変更することを嫌う傾向があるので、関係者を説得することに大変な労力がかかり、更には労力をかけたとしても説得が成功するとは限りません。
・先行的に課題把握を行うことによって、非効率的な手戻りを省くという効率性の向上だけではなく、一つ一つの課題が詳細化されていない初期段階では、数ある課題相互の関係や優先順位についての適切に分析し議論することが容易となり、俯瞰的な判断が可能となります。
なお、フロント・ローディングについての説明は、本編BOX09を参照して下さい。

3.3 ICTプロジェクトにおける要求工学

I CTプロジェクトでは、経営上の課題解決が業務プロセスの改革やそれを支えるシステムへと具体化されます。ここで重要なのが、経営上の課題や業務プロセスの改革とシステムを結びつけるシステム開発の上流工程です。上流工程は、企画、要件定義、システム基本設計と進んでいきます。企画の成果であるシステム化計画書が戦略ブリーフに、要件定義の成果である要件定義書がプロジェクト・ブリーフに相当します。

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システム開発は壮大な伝言ゲームである
システム開発では、経営-業務-システムの連携が重要ですが、夫々の関心事や話す言語は異なっており(経営者の言葉遣いLanguage of leadership、マネージャーの言葉遣いLanguage for managing projects等といわれます)、簡単にコミュニケーションが成立する訳ではありません。経営-業務-システムの間の壮大な伝言ゲームで、これらを結びつけシステムに求められる要件を定義することが、要求アナリストに求められる役割です。
要求工学知識体系REBOK策定にも参加した富士通のメンバーは、同社の要件定義手法の解説『ビジネスとICTをつなぐ要件定義手法』(富士通技報63, 2012)において、次の様に述べています。

「つながらない」課題
システム開発は…立場も知識も異なる多数の関係者による壮大な伝言ゲームと言える。
経営者の思い、業務改革・改善要求、システム化要求に不整合がある
実際にプロジェクトで、要求を構造的に整理したところ、経営層とICTシステム層の要求はあるが、業務目的、業務手段が抜けているという「中抜け」現象が非常に多くみられた。これは、いかにビジネスのことを考慮せずに機能の実現だけを考えてしまっているかを示している。要求を構造的に整理することで、要求が論理的につながらないところが明確になり、つながる要求にブラッシュアップすることができる。

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要求工学知識体系に基づいた課題解決の方向
この様な伝言ゲームの解決を目指すのが要求工学(Requirements Engineering)で、「ソフトウェア開発における、ユーザー要求を仕様化するプロセスについての技術および研究のこと。要求仕様化プロセスを工学的に定式化する技術である」と定義されます。その成果はREBOKとして公開されています。

要求開発Requirements Development:初動期のマネジメント
REBOKの初動期のマネジメントにおいて参照すべきは要求開発であり、この中核には、経営、業務、システムの三層の要求を引き出し、分析して構造化することがあります。これが「壮大な伝言ゲーム」となってしまうと「品質、納期、予算を遵守するだけでは、お客様に満足していただけない」との結果を招くことになってしまいます。では、伝言ゲームはどの様にして解決すればよいのでしょうか?筆者はICTの門外漢ですが、以下の2点が重要であると理解しました。
① 要求の構造化において、目的と手段に分けた要求を、経営レベル要求、業務レベル要求、システムレベル要求の3階層で捉え、解決すべき課題であるテーマの下に構造化すること
② この3階層を繋ぐことのできる要求アナリストを育成し、要求アナリストが構造化を担当すること

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3.4 ブリーフィング、要求工学は経営・政策と施設整備・システム開発とを結びつける

目的を明晰にし、共有するための前駆プロジェクトの「器」としてブリーフィングや要求工学を見てきました。両者には、経営・政策の目的・戦略・ビジョン、組織・人事・イノベーションなどの諸政策と施設整備やシステム開発等プロジェクトの成果を結びつけるという共通の役割があることが分かります。
両者において、抽象的な目標や明示的に認識されていないプロジェクト・オーナーの要求を、動機・目的、ビジョン等に関連付けながら、建築やシステムの設計を開始できる具体的な与件とすることが重視されており、ブリーファーや要求アナリストがこの役割を担うことになります。

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 プロジェクト・マネージャーの役割
ICT分野における要求アナリストの役割は、建築・都市開発分野のブリーフ作成者の役割と同等ですが、建築プロジェクトにおけるブリーファーと同様、要求アナリストが簡単に見つかるとは限りません。これからのプロジェクト・マネージャーには、ビジネスと技術の二つの領域の課題意識と文法を理解し、二つの領域を橋渡しする役割が求められます。

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目的—目標—要求を扱う3つの方法論を、事例を用いて説明 MBS, MBU, ブリーフィング

目標・要求のマネジメント手法を学ぶでは、「目的-ミッションを明晰にし、共有するための前駆プロジェクト」を適切に位置づけることのできる「器」とそこで何が議論されなければならないか?を話題としました。
今度は、目的—目標—要求を扱う3つの方法論を、事例を用いて説明します。こちらは「器」に対して「盛るべき料理の調理法」とでも言うべき内容です。本編では5つの事例を紹介していますが、ここでは以下の3つに絞ります。
MBS:Mission Breakdown Structure
MBSの提案者Andersenが、MBSの提案論文で紹介している消費財の卸売企業がweb-shopを立ち上げるプロジェクトです。当初ITプロジェクトだと見做していたプロジェクトが、MBSを導入することによって複合的なプロジェクトであることが判明しました。
 MBU:Mission Build Up
新宿駅南口の甲州街道新宿跨線橋(線路を越えるオーバーブリッジ)の架け替えを起点とする基盤整備が、様々な課題解決を統合した大目的を持つ複合プロジェクトへ展開した事例を取り上げています。
■  ブリーフィング
外資系金融機関の本社移転統合プロジェクトにおけるブリーフィングの事例を紹介します。実際のプロジェクトではトップダウン的なBreakdownとボトムアップ的なBuildupの両側面が含まれているので、その様な事例を取り上げています。

MBSやMBUは発展途上でそれらを一般化できる程の事例数ではないのですが、とは言えそれでは実践者には不親切なので、暫定的なものですが事例から引き出すことのできるMBS,MBUの有効性を、最後にまとめています。

4.MBS:Mission Breakdown Structureプロジェクトの目的をプロジェクトの使命群に分割する

第1講では、WBSの孕む問題点を解決する方向の一つとして、MBSの導入を提案しました。ここでは先ず、MBSの基本的考え方を述べ、続いて、事例を用いて詳細に紹介することにします。

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4.1 MBS提案の意図はプロジェクトが価値創造をする力を高めること

ここでは、MBSの提唱者であるErling S. Andersenが2014年に発表した『MBSを用いて価値を創造する』を参照して、MBS提案の意図を押さえておきたいと思います。
Erling S. Andersen Value creation using the mission breakdown structure International Journal of Project Management 32 (2014) 
Andersenは次のように述べています。

プロジェクトが、プロジェクトを実施する母体組織の価値創造に貢献することは、現代的なプロジェクト成功の概念において重要です。この価値創造を高めるために、プロジェクト自身や母体組織が何をすべきかを議論するためのツールが必要です。MBSは、企業がプロジェクトを立ち上げる際にミッションを明確にし、母体組織とそのプロジェクトの効果的な相互作用を確保するのに役立ちます。
The modern concept of project success includes the project contributing to the value creation of its base organization. We need tools to discuss what the project itself and the base organization should do to enhance this value creation. The Mission Breakdown Structure tool helps a company set up a project with a clearly defined mission and secures an effective interplay between the base organization and its project.

この文章はやや分かり難いかもしれません。Andersenが主張しているのは、プロジェクトによる価値創出はプロジェクト・ティームの努力だけで成し遂げることができるものではなく、プロジェクト・オーナー側も自らが果たすべき役割を成し遂げることが必要だ、と言うことです。第1講で紹介したWBSは、基本的にはプロジェクト・ティームが行う業務のみを対象としていますが、それでは不十分で、オーナー側の業務も記述されるべきで、これを明確にするツールがMBSである、と主張しています。重要なのは、次の2点です。

・MBSの起点は望まれる組織の将来の状態です。これが目的です。
・目的を実現する上で3要素(成果、母体組織、ステイクホルダー)が重要です。

では、MBSの骨格を見ることにしましょう。

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MBSの起点は望まれる組織の将来の状態The desired future situation of the base organization
分割構成BS: Breakdown Structureはトップダウン型のアプローチによって構築されます。従ってMBSにおいても起点となるものが必要で、それは「望まれる組織の将来の状態The desired future situation of the base organizationです。ここで、望ましいdesirableではなく望まれるdesiredという言葉が用いられているのは、プロジェクトの目的が願望ではなく、到達可能なものであることを示しています。

プロジェクトの目的(ミッションと呼んでいます)は、ベースとなる組織(またはその一部)の発展を支援することです。
ミッションを見ると、組織再編や新製品、新しいITシステムが最終的な目標ではないことが分かります。むしろ、私たちが望んでいるのは、より機能的な組織、市場でのより競争力のある役割、あるいは賢明な意思決定を行うためのより良い情報なのかもしれません。これらの成果はすべて、企業の価値創造に肯定的な影響を与えます。

The purpose (we call it the mission) of a project is to support the development of the base organization (or part of it).
The mission shows us that the reorganization, the new product or the new IT system are not the ultimate goals. Instead, what we may want are a better functioning organization, a more competitive role in the marketplace or better information to take wise decisions. All these outcomes positively

目的を実現する上で3要素(成果、母体組織、ステイクホルダー)が重要です
起点となる目的を設定したので、次に問うべきはこれにどの様にして到達するのか、と言うことです。MBSでは、望まれる将来の状態に至るために、成果に求めるもの、プロジェクト母体組織の機能に求めるもの、ステイクホルダーに(が)求めるもの、の3つの観点が重要であると考えます。
望ましい状態は、どのようにして得ることができるのでしょうか?これを実現するためには、いくつかの前提条件を挙げることができます。3つの要素、即ちベースとなるプロジェクトの成果、母体組織の行動と態度、そして他のステイクホルダーの行動と態度を区別することが重要です。

Having stated the mission of the project, the next question is how can the desired situation be obtained? We might point to several prerequisites for achieving such a situation. We will distinguish between three important factors: the artefacts, actions and attitudes of the functions of the base organization and the actions and attitudes of other stakeholders.

母体組織の役割を見落としてはならない
MBSの特徴は、プロジェクトが価値を創出するためには、プロジェクトそのものが果たすべき役割と母体組織が果たすべき役割の両者が不可欠であることを強調する点です。
 MBSが合意されると、ベース組織とプロジェクトの責任分担という重要な作業が始まります。プロジェクトの成功は、プロジェクトの業務とベース組織のメンバーの業務の両方に依存していることを、すべての関係者に説明しなければなりません。

Once the MBS has been agreed on, the important work of dividing the responsibilities between the base organization and the project can start. It must be explained to all stakeholders that project product success depends both on the work of the project and on that of the members of the base organization.

4.2 MBSの事例:Web-shop開設プロジェクト

Andersenが論文で用いている自らが関与したweb-shop開設プロジェクトの事例を紹介します。MBSは1995年に発表され(当時はOBS: Objective Breakdown Structureと呼ばれていた)、2009年の著作『Goal Driven Project Management』でも触れたにもかかわらず、活用事例は殆ど報告されなかったので、2014年の論文において活用事例の紹介をした、とAndersenは述べています。

プロジェクトの概要:消費財卸売事業者のweb-shop開設
本プロジェクトのオーナーであるA社は消費財の卸売事業者で、世界各国の商品を仕入れて地元の小売店を通じて消費者に販売してきました。業績は概して好調だったのですが、突如国際的なweb-shopが競争相手として登場してきました。国際的なweb-shopは、地元の小売店より廉価で販売しているため、顧客のweb-shopへの乗り換えが生じてきており、A社は対抗上、自社のweb-shopを開設することを決定しました。A社の経営者は、これはITプロジェクトであると考えたので、IT担当にプロジェクトを委ねるとの判断をしました。

MBSの導入 PSO: People, Systems, Organizationsプロジェクトであることを強調
MBS適用の機会を探していたAndersen等がこのプロジェクトに参加することになり、ITプロジェクトはしばしば単なるシステム開発なのではなく、人とシステムと組織の絡み合うPSO: People, Systems, Organizationsプロジェクトであることを強調し、A社のCEOはこれに同意してMBSを試みることになりました。

・Andersen等は、プロジェクト・オーナー、将来のユーザー、プロジェクト・マネージャー予定者を含むグループワークを実施することによって、経験や知識を補完し合うこと、プロジェクトの目的に関する共通理解や責任感を醸成することが重要であることを強調しました。
・グループワークの早い段階で、参加者たちは、このプロジェクトの目的がITシステムの開発にあるのではなく、競争相手からの挑戦に対してA社がどの様に対抗していくのかという戦略を樹立するものであることに合意しました。

次の段階は、プロジェクトによって影響を与えられる、その逆にプロジェクトに影響を与えるステイクホルダーを特定することでした。ステイクホルダーの特定はブレーンストーミング形式で行われましたが、最も重要な外部ステイクホルダーは、顧客と小売店であるとの結論に至りました。
その次に、プロジェクトの成果(the artifact)であるweb-shopが検討の俎上に上ることになりました。

MBSは多数の主体の複雑な相互作用を明らかにした
作成されたMBSを下図に示します。当初単なるシステム開発と思われていたプロジェクトが、多数の主体が絡み合う複合的な要素からなるプロジェクトであることが明らかになりました。

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MBSを、目的=望まれる組織の将来の状態と、これを実現する上で重要な三つの重要な要素という順番で見ていくことにしましょう。


目的=望まれる組織の将来の状態

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「A社のマーケティング上のポジションは強力で、国際的なウェブショップの挑戦を受けて立つことができる」が、プロジェクトの目的として設定されており、単なるweb-shopの開設ではなく、組織が到達していなくてはならない状態を指し示すものとなっています。

プロジェクトの成果に求められるもの

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マーケティング上の地位の強化という目的から、プロジェクトの成果であるweb-shopには、魅力的なものであることが求められています。
・顧客と小売店という重要なステイクホルダーへの対応として、顧客にとって使い易いものであること、小売店にも受け入れ可能であることがミッションとされています。
・web-shopの運営に関しては、効率的運営が可能であることや、必要な部門への情報供給が求められています。

母体組織の機能に求められること

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母体組織の機能としては、経営トップと物流、財務、マーケティングの3機能に対してミッションが定められています。
・A社の経営トップも重要な機能の一つで、小売店に関する政策を設定することが求められています。
・小売店を満足させるというステイクホルダーに関するミッションから、財務には、小売店政策に基づく迅速な歩合手数料の支払機能が求められています。
・顧客を満足させるというステイクホルダーに関するミッションから、機動的なマーケティング機能が求められています。
・高い競合力というプロジェクトの目的とステイクホルダーに関するミッションから、倉庫と輸送を統合した効率的で迅速な物流機能が求められています。

ステイクホルダーに(が)求めるもの

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ステイクホルダーとしては、顧客と小売店が重要視されていることは前述の通りです。
・ マーケティング上の強力なポジションと言う望まれる組織の状態から、顧客が満足していること、A社の商品を扱う小売店が満足していることの両者を達成することがミッションとされています。
・顧客満足に関しては、顧客満足度実証される状態、小売店の満足に関しては、手数料の支払いの明確さ、小売店のウェブページとの連携へと具体化されています。

プロジェクトと母体組織の役割分担を明確にする
MBSの策定に続いて、MBSに規定された個々のミッションについて、プロジェクト側が担うのか母体組織側が担うのかという役割分担を定めることになります。これをMBSの上で表現して、プロジェクト・オーナー組織とプロジェクト・マネージャーの共通認識とすることが、通常のWBSには見られないMBSの大きな特徴の一つです。役割分担には唯一の正解がある訳ではなく、本プロジェクトではCEOとプロジェクト・マネージャーが共同で決定しました。MBSで灰色のトーンがかかっているのはプロジェクトが担うミッション、白地が母体組織の担うミッションを表しています。

4.3 MBSの導入によってプロジェクトは何故変貌したのか

本事例では、プロジェクト・オーナーにとっては単なるITプロジェクトであると思われていたプロジェクトが、MBSを導入することによって、小売店や社内の複数部署にも関連した複合的なプロジェクトへと変貌しました。これによって、web-shopは開設したものの、従来のパートナーである小売店の不興を買い小売店での販売も減少し、web-shopも競合に見劣りしたものになってしまうという最悪の帰結を避けることができたように思えます(同論文ではその様に書かれている訳ではありませんが)。
では、MBSを導入することによって何故それが可能となったのか、を押さえておくことが重要です。同論文にはこのような考察がないので、私達で考えてみることにしましょう。筆者は、次の5点が重要だと考えます。

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① 外部の人間の視点が入ることによって、内部の固定的な問題設定の枠組が揺さぶられた。
母体組織のCEOがITプロジェクトであると判断した以上、中々内部から異論を出すことは難しいでしょうし、また、この企業にはweb-shopの体験がないので、組織としてもITプロジェクトと認識していたと思われます。

② ステイクホルダーの観点をとり入れることによって、成果への要求を多角的に見ることができた。
プロジェクトの変貌の中で一番大きな点は、小売店との連携が導入された点です。web-shop=ITとの認識からは小売店は視野に入らなかった訳ですが、MBSの三要素の一つであるステイクホルダーの観点からプロジェクトを眺めることによって、小売店政策がプロジェクトの重要な要素に組込まれました。これによって、小売店の離反を防ぐだけではなく、実店舗とweb-shopの連携という、競合相手にはない優位性を築くことにもつながったものと思われます。

③ 経営トップも参加したグループワークがなされ、直接的な対話の場で認識枠組の変更が行われた
MBSは、ミッションを分割するというその方法の原点から、組織の責任者の参加を促す構図となっていることが特徴です。今回のケースも経営トップが参画しない場でプロジェクトの基本的定義が変更されたとすると、その後の社内の議論が紛糾した可能性があります。

④ 母体組織の機能の観点を取り入れることによって、必要な対応を幅広い観点から抽出することができた
MBSによって、物流、財務、マーケティングの諸機能もプロジェクトに参画する必要があることが明らかになりました。プロジェクトの初動期から関係する部署を明らかにし、巻き込みを行っておくことはプロジェクトに対する理解を促し抵抗を抑える上でも有効です。

⑤ MBSと言う手法に立脚した議論により、迷走を避けることができた。
本ケースの様に、元々想定されていたプロジェクトの定義を根本的に変えるという大きな変更の際には、異なった立場や領域の人たちが様々な思惑をもって発言するので、議論は迷走しがちです。MBSという明確な方法論を共通の議論の枠組とすることで、建設的な議論ができたものと推測されます。

(補足) MBSミッション分割構成→PBS成果分割構成→WBS業務分割構成
冒頭の図が示すように、MBSはPBS成果物分割構成へと具体化され、PBSに基づいて実施すべき業務のWBSを策定することができます。
このMBS→PBS→WBSという具体化のプロセスは筆者の提案で、参照した論文の著者であるAndersenがこの様な提案をしている訳ではなく、論文はMBSを提示するところで終っています。そこで、MBSに基づいてPBSとWBSを想定し、3者の関係を下表に示しました(表中青枠の中がPBS成果の分割構成ですが、MBS→PBSでは成果をMBSに合わせて、PBS→WBSでは成果をWBSに合わせて配列しています)。
従来のプロセスでは、MBSやPBSを経由せずに(「経由せずに」が言いすぎだとすると、入念にMBSやPBSを検討し、プロジェクト・オーナーとプロジェクト・マネージャーが共有することなしに)、具体的で詳細なWBSを策定しようとしたところに無理があったと思われます。

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5. MBU:Mission Build UP プロジェクトの目的をボトムアップで構成する

MBSの場合には、プロジェクトの目的の抽象度が高くても、関係者間のコミュニケーションによって、比較的円滑にミッションへの具体化が可能であることが想定されています。
しかし、目的が曖昧性を孕み、その解釈が多義的な(ステイクホルダーによって解釈が異なる)場合や、元々活動領域を異にする主体が協働してプロジェクトを企画・実行する場合には、目的→ミッションの展開が上手く進まない可能性があり、Breakdownという発想をBuild Upに切り替えるMBUを提案しました(第1講)。

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ここでは、私自身も参加の機会を得た新宿駅南口の大改造を事例に、発展途上の概念であるBuild Upを説明したいと思います。

5.1 MBUの事例:新宿駅南口基盤整備事業(バスタ新宿を含む)

紹介する事例は、バスタ新宿として広く知られている交通ターミナルの整備を中核とする駅・駅前広場・道路など都市活動を支える基盤施設を抜本的に再編整備するプロジェクトです。
このプロジェクトの起点は、老朽化し耐震性能向上の必要があった甲州街道の新宿跨線橋(鉄道をまたぐオーバーブリッジ)の架け替えでした。架け替え工事は難工事で費用がかかる割には効果が限定されています。新宿駅やその周辺地区が抱える課題解決を組込む「新宿副都心の都市改造に貢献する交通拠点」をつくり出すという大目的が創発されることによって、推進力が高まったといえるプロジェクトです。
下記の資料が参考になります。
・新宿駅南口地区基盤整備事業(その1)計画・交通研究会会報 2016-3
・新宿駅南口地区基盤整備事業(その2)計画・交通研究会会報 2016-5
・鈴木克宗「日本版 PFI -新宿駅南口地区基盤整備事業の着手-」(道路交通経済 2000 年 4 月号)

プロジェクトの全容
新宿南口基盤整備プロジェクトは、下記の8つの要素から構成されており、バスタ新宿や地元の悲願と言われた東西連絡通路(2020年完成)の整備もプロジェクトの重要な一環です。甲州街道を共用し、鉄道運行に支障を起こさぬよう工事する必要があり、東西連絡通路を含むと20年程度の工事期間を要しました。
① 老朽化し、耐震性の向上が求められる甲州街道新宿跨線橋を架け替える(駆動因)
② JR全路線のプラットフォームにアクセス可能な新南口を整備し南口の輻輳を解決する
③ 線路上空に交通ターミナル(バスタ新宿)を整備し、駅周辺に散在していた高速バスの乗降場を集約する
④ 交通ターミナルには、タクシー乗降場を整備し、甲州街道の混雑を解消する
⑤ 交通ターミナルと合わせてゆとり空間を生み出し歩行者の回遊性を高める
⑥ 鉄道による街の分断を解消する東西連絡自由通路(補完的プロジェクトとして一体的に推進)を整備する
⑦ 立地を生かし、プロジェクトに収益をもたらすオフィスビル(新宿ミライナタワー)を整備する
⑧ 都市気候緩和に貢献している線路上空の風の道を保全する

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バスタの階層構成
中核施設であるバスタは、駅と駅前広場が積層された施設で、下記の階層構成を以下となっています。また、バスタに隣接してミライナタワーが建設されました。
・4F:高速バス乗車場
・3F:タクシー乗降場・タクシープール、高速バス降車場
・2F:JR駅施設(新南口)と歩行者広場

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創発するプロジェクトの目的
バスタ・プロジェクトは当初から今の姿であったのではなく、計画の過程は目的が創発するプロセスであるともいえます。老朽化した跨線橋を架け替えることはそれ自体重要ですが、長期且つ巨額の工事費を要する難工事であることから、簡単に実施に拍車がかかるプロジェクトではありませんでした。単なる架け替えに終わらせるのではなく、巨大なターミナルを擁する新宿副都心の抱える問題点の解決を視野に入れた、様々な目的を有する複合的なプロジェクトへと発展したのです。
上記の経過を、目的が創発していくプロセスとして、以下に整理します。
出発点:(駆動目標)
① 鉄道大動脈上の老朽化した跨線橋を更新し、耐震性を高める
組込まれていった個別課題に対する解決策
② 交通渋滞の原因となっている甲州街道のタクシー乗降場としての使用を解決する
③ 新南口からJR全線へのアクセスを可能にとし、南口の輻輳を解決する
④ 西口エリアの各所に分散し、分かり難く、街路を通行して危険でもある高速バス問題を解決する
⑤ 南口エリアにおける鉄道線路敷きによる街の分断を解消する
⑥ 西口・東口を結ぶ歩行者動線を拡充し、西・東・南のネットワークを形成する
⑦ 多額の建設費用の一部を、立地を生かした収益事業(Land Value Capture)によって回収する
⑧ 風の道となっている線路上空の空間を保持する
到達点:大目的としての「新宿副都心の都市改造に貢献する交通拠点を作り出す」
将来につながる目的
⑨ 新宿の都市改造に弾みをつける
これらを構造化して下図に示します。図中赤の矢印は、対象とする課題が拡大していく過程を、青の矢印は課題を解決する提案が発案される過程を示しています。
以下、構造図に沿って目的が発展していく過程を説明します。

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出発点:(駆動目標)
① 鉄道大動脈上の老朽化した甲州街道新宿跨線橋を更新し、耐震性を高める
・跨線橋は老朽化し、耐震上も架替えの必要がありました。
・鉄道の大動脈上で工事時間も限定され、車の大動脈を供用しながら逐次更新を進めるので、工期も長期に及ぶ難工事です。
・跨線橋の更新はそれ自体が重要ですが、新宿駅や周辺の抱える課題が解決される訳ではありません。

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組込まれていった個別課題に対する解決策
② 交通渋滞の原因となっている甲州街道のタクシー乗降場としての使用を解決する
・南口には駅前広場がなく、甲州街道の両側はタクシー乗降場となっていて、交通渋滞を惹起していました(下図左)。この問題を解決しない限り、巨額を投じて架け替えを行っても、交通渋滞に変化はありません。
・当初、架け替え時に拡幅しタクシー乗降場を設置する案が検討されましたが(下図右)、この案では、タクシーの溜まりはできるものの南口に駅前広場がない状況が抜本的に解決されることにはなりません。

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③ 新南口からJR全線へのアクセスを可能にし、南口の輻輳を解決する
・新宿駅南口は、改札口を出るとすぐ歩道で、歩道幅員も十分でなく混雑し危険な状態で、高島屋、JR本社、小田急サザンタワーの建設に伴って、南口の利用者は増大し、混雑に拍車がかかりました(下図左)。
・当初検討されていたのは、埼京線などにアクセスが限定されていた新南口からのブリッジを延長し、全ホームにアクセス可能としようとするものでした。この案では、ホームの再整備など面倒な工事が必要な割には、新南口そのものは街の片側との接点を持つに過ぎないという限界があります(下図右)。

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そこで、線路敷きの上に人工地盤を設け、駅とタクシー乗降場を積重ねることで、幅広いフロンテージを有する本格的な駅舎とタクシー乗降場を整備するという解決法が発想されることになります。
線路敷きの上に人工地盤を設けることによって工事の難度は上がり投資額も増えますので、併せて他の問題の課題の解決も図ろうという動機が生れることになります。

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④ 西口エリアの各所に分散して分かり難く、街路を通行して危険でもある高速バス問題を解決する
新宿駅には多くの高速バスが乗り入れていますが、一部の路線は、駅周辺の幅員の狭い区画街路を運行するものであり、歩行者にとって危険な存在でした(下左の写真)。加えて、乗り場はあちらこちらに分散しており(19箇所)、分かりにくいとともに、高速バスから山手線などに乗り換えるのも大変不便でした。人工地盤上にバスターミナルを設けることによって、これらを集約し、区画街路にかかる負荷をなくし、分かりやすく、鉄道との乗り換えも容易で、風雨に曝されることのないターミナルが整備されました(下右図)。現在、118社が乗り入れ、日利用者は約3万人です。

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⑤ 南口エリアの鉄道線路敷地による街の分断を解消する
鉄道駅や線路敷によるによる街の分断は、世界の都市に共通する課題です。
・バスタ整備前は、甲州街道の代々木側のデッキまでは250mの距離があり(下の写真左)、このデッキもかつては存在しないものでした。
・バスタ整備に伴って、甲州街道の歩道幅員も広がり、代々木側には線路を望む歩行者空間も整備されました。新宿駅新南口側に歩行者の回遊動線が整備され、歩行者流動量も大幅に増加しました。写真右の赤の線が整備された歩行者動線を表しています。

プレゼンテーション1

⑥ 西口と東口エリアを結ぶ歩行者動線を拡充することで西・東・南のネットワークを形成する
甲州街道の大久保側でも、駅の東西をつなぐ通路は甲州街道から300m離れた位置にしかなく、このため新宿来街者で東口・西口間を回遊する割合は限定されていました。
・東西連絡の強化は地元の悲願でもあり、跨線橋付け替えに用いられた工事ヤードを活用し、駅の構造を再編することで、改札口内(ラチ内)の通路を改札口外(ラチ外)の自由通路とすることが可能となりました。

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⑦ 多額の建設費用の一部を、立地を生かした収益事業(Land Value Capture)によって回収する
本プロジェクトは、新宿の都市改造とそれに伴う価値向上に大きく貢献するものですが、それ自体が直接プロジェクト・オーナーに収益をもたらすものではありません。
・そこで、線路上の人工地盤を建築敷地とみなし、バスタ上空の余剰容積を活用して、鉄道事業者による賃貸ビルが建設されることになりました。道路と民間ビルとの共同建設によるコスト縮減と民間の投資の効率化が実現しています。
・この様な事業が成立するのは、新宿の地価が人工地盤建設費用よりも高いこと(下図左)、鉄道駅に直結した不動産の賃料が高いことに伴うものであり、一種の開発型LVCF(Land Value Capture Financing)となっています。

⑧ 風の道となっている線路上空の空間は保持する
賃貸ビルの形状は、東京における重要な風の通り道としての山手線の機能を阻害しないように設定されています(下図右)。

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以上の過程を経て、「新宿副都心の都市改造に貢献する交通拠点を作り出す」という大目的が創発されることになりました。この結果、親子で電車を眺めるという、かつての新宿では想像できなかった光景も見られるようになりました。

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6.ブリーフの事例:外資系金融機関の日本法人本社移転・統合

事例の最後はブリーフです。外資系金融機関の日本法人が、複数箇所に分散していた本社機能を移転し一カ所に統合するプロジェクトです。プロジェクトの特徴として下記3点があり、プロジェクトが迷走する危険性があります。これを避けるため、ブリーフィングによって、目標や要求の設定をという重要なステップを丹念に進めました。

① ワークプレイス計画には多数の代替案がある(代替案地獄)
② 各部門、各層が固有の要求を持っており、全てを充たす案は存在しない(基本原理が重要)
③ 左程の専門性が求められない様に見えるので、誰でも意見を述べやすい(しっかりした進め方が重要)

CEOは、フラット・オーガニゼーションの実現という経営ビジョンを有しており、ワークプレイスの観点からこのビジョンを根拠付け、役職員の合意と賛同を得ながら、要求を具体化することが、ブリーフィングの役割でした。
筆者にとって、英国のコンサルタントのサポートを受けて実施した初めての本格的なブリーフィングで、20年も前の事例ですが、キチンとした骨格を有し今でも通用する水準だと思うので、この事例を紹介することにしました。

6.1 ブリーフ(プログラミング・レポート)の紹介

 ■ 全体の構成
本事例におけるブリーフ(プログラミング・レポート)の構成は下記の通りです。

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本講の主題であるプロジェクトの目標を中軸に、これを導く上での方法論と調査(Methodologies and Approaches)、主要な気付き(Key Findings)が前半で述べられ、言語的に表現された目標のGoalsの具体的展開を、各種計画図(Stacking Plan, Floor Layout Plans, Facility List)および特記事項(Remarks)として後半に配置しています。

 ■  方法論と調査(Methodologies and Approaches)
本プロジェクトにおけるブリーフィング(プログラミング)の流れと構成を下図に示します。
現状の理解→分析と重要課題発掘→戦略ブリーフという全体の流れと、各項目の意図が示されています(ここでの戦略ブリーフはプロジェクト・ブリーフに相当します)。
目標を設定するために、下記の性格の異なる様々なアプローチが併用されています。

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 ■ 経営トップ、部門トップへのインタビュー
23人の経営トップと部門トップへのインタビューを実施しています。インタビューする側も緊張を強いられ、時間を要するプロセスですが、ここをキチンとしておかないと、設定したプロジェクトの目標やその具体化である計画案の信頼性への疑念が生じ、支持を得られない事態に至ることもあるので、手を抜いてはならないステップです。

インタビューは、各部門の事業の将来ビジョンやこれを実現する上で鍵を握る変革など経営者や部門長が最も関心を有する話題から入り、続けて部門における業務プロセスについて尋ね、主題であるオフィス環境は最後の質問項目となっています。先方の関心事、先方が話したいことからインタビューを始めるべきであり、間違ってもこちらの聞きたい事項を優先させてインタビューを進める様なことをしてはいけません。

以下の2点が重要であり、聞き手の力量が問われる場面です。
・聞きたいことから入るのではなく先方が話したいところから入る
・具体的な計画の背景として認識すべき重要課題をキチンと把握する

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 ■ 主要な気付き(経営トップ、部門トップへのインタビュー結果)
インタビュー結果を下図に示します。ここでは、重要事項を、簡潔に、キーワードとともに示すことが重要です。本事例では、以下がキーワードとして抽出されました。

・変化への渇望
・持続的な事業上の便益
・業務プロセスや働く場の革新
・協働スペースの欠如
・変化に適応する柔軟性
・モビリティ
・責任感、専門性、誇り 等
インタビュー内容から重要な評価指標(Key Performance Measures)を導いておくことによって、目標設定への展開が円滑となります。
・変化に適応する時間・費用の縮減
・職員の幸福度と誇り
・新しワークプレイス作りへの参加
・何処に誰がいるかが分かり易い
・仕事に適したツールの使用
・効率性を損なわず有効性を高める
・柔軟性を高める
・相互作用を増大させる 等

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 ■ 職員を対象とする現行オフィスのパフォーマンスの評価(WPS: Workplace Performance Survey)
実際にオフィスを利用する職員を対象とする意識調査を実施し、具体的な改善事項を抽出することも重要です。
このプロセス(ユーザー調査)を省略すると、プロジェクトの意図する変革が受け入れられない、という事態の可能性があるので注意を要します。Change Managementの失敗です。ただ、この種の意識調査では不満が強調される結果になりがちです。結果を公表した上で過大な投資を避けるために、類似事例との比較評価を行うことができるような事前準備(Benchmarking)が重要です。

 ■ 職員を対象とする現状オフィスのパフォーマンスの評価結果
評価結果を下図に示します。
現在のワークプレイスについて、様々な項目に関して、重要度と達成度を質問しています。また重要度が高く、達成度が低いというギャップの大きい5項目を、改善を要する最重要項目としています。
・室温や空気の新鮮さなど室内環境
・集中できる環境、
・生産的な執務環境、
・質の高い業務を可能とする環境
・気持ちの良いトイレ
当該企業の調査結果を、グローバルにみたベスト・プラクティスとの比較を行っています。本事例で興味深いのは、重要度の認識は、ベスト・プラクティスである英豪の企業(で英豪に位置している)とほぼ近いのに対し、達成度は日本企業並みの低い評価である点です。

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ベンチマークは、絶対的な評価ではありませんが、自社の相対的位置を認識し、投資額の妥当性(上限、下限)を判断する上で有効です。

 ■ オフィスでの時間利用調査(TUS: Time Utilization Survey)
意識調査(主観的調査)だけではなく、客観的な観察も重要であり、その際計画にとって重要な事項、計画に対するクレームの出そうな事項を事前に予測し(類似プロジェクトから経験的に推測可能)、これをカバーできるようなデータを収集しておくことが肝要です。本事例では、個室を持っている幹部クラスは殆んど自室には不在で(下図右のグラフのTemporally Unoccupied + Empty)、一方スタッフは在館時間が長い(左のグラフ)ことが定量的に明らかとなりました。このデータは、フラット・オーガニゼーションのビジョンに基づき、職員の環境改善を実現するオフィス・デモクラシーが顧客満足につながるという、CEOの目論見を根拠付ける重要なデータとなりました。

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目標の設定(Project Goals)
紹介したステップを踏まえてプロジェクトの目標が設定されています
目標は一見抽象的に見えますが、上記のインタビューやWPS, TUSなどの調査というステップを踏まえているので、関係者には具体性を想起できる豊かな内容となっています。

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 ブリーフをコミュニケーションに活用する
ブリーフィングの成果は、プロジェクト関係者に共有され、プロジェクトの打合せの際にも常に参照できるように、これに至る分析と合わせて一覧できるようにまとめておくことが望ましいのです。下図は、本事例のブリーフの中核的なページの一つで、以下の項目が1ページのシートにまとめられています(①~⑤は図中の番号に対応)。
① 主要な気づきと目的の設定(Key Findings/Setting Goals)
② 現状のオフィス分析から判明した主要な課題(Key Issues from Current Office Analysis)
③ インタビュー等から浮かび上がった組織文化(Cultures)
④ オフィス・プログラミング戦略の設定(Setting Office Programming Strategies)
⑤ 重要な分析結果(TUS、WBS)
このシートは、ブリーフのブリーフといえます¥が、打合せなど必要な際にはいつも参照されるもので、様々なステイクホルダー間の境界オブジェクトとしても機能します。

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■  ゾーニング-目標の実現
このプロジェクトにおいて、目標(Goals)はどの様に具体化したのでしょうか?ゾーニングは、ワークプレイス計画の中核的な成果の一つですが、本プロジェクトでは、最上位の目的であるフラット・オーガニゼーションを実現するゾーニングとして、下図に至りつきました。

変化に柔軟に対応していく上で自席での仕事に加えて協働作業の重要性が高まる中、職員の満足を顧客の満足につなげていく、という目標を実現するために、
オフィス・デモクラシーを実現するゾーニングの原則として下記を採用する
① 最も環境の良い場所は、皆が使える共用の場とする
② 長時間在籍するスタッフのゾーンを環境の良い場所に置く
③ 幹部の個室は窓から遠いコア側から配置する

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6.2 プロジェクト・マネジメント上のポイント:トップダウンとボトムアップの融合

事例として取り上げた、分散した事務所の移転・統合プロジェクトでは、多数の代替案があり、またどの案であっても、各部門、各層のもつ固有の要求すべてを充足することは、困難です。従って、CEOの有するビジョンを基軸に、合意形成を図っていくことが重要ですが、ビジョンには、各部門、各層が納得して共有することのできる明快さと根拠付けが必要で、これを欠くとプロジェクトは迷走する危険性が高くなります。つまり、トップダウンとボトムアップを融合させることが重要です。複数の選択肢が存在するプロジェクトに共通する点であり、プロジェクト・マネジメント上の要諦として、以下を導くことができます。

① プロジェクト・オーナーの価値意識を明らかにする
事業所の移転統合の背後にあるCEOの価値意識、フラット・オーガニゼーションが極めて重要であり、これが様々な選択肢に関する判断=意思決定の基盤となりました。この様な根底的な価値意識を明らかにすることがプロジェクト・マネジメントのαです(ωとまでは言えないかもしれませんが)。
本プロジェクト終了後、催事用に作成したCEO取材ポスターの一部を次ページに示します。

② プロジェクト・オーナーの価値意識の根拠付けに留意する
プロジェクト・マネージャーとしては、CEOの価値意識を正当化する/根拠付けするエビデンスを十分集め、ステイクホルダー内のコンセンサスが納得感をもって形成されるように努力すべきです。

③ 幹部層の意識を引き出す、ただし先方の言いたいことを通じて
CEOだけではなく、経営やビジネス・ラインに責任を持っている幹部クラスの意見を聞き出すことも極めて重要であり、時間を惜しむべきではありません。ただし、対象とするプロジェクトに関する直接的な質問からは有益な知見が得られる場合は少なく、迂回的な手法、即ち、インタビューされる人にとって最も重要で関心の高いビジネス上の話題を入り口とし、それを通じてこちらの知りたいことを知るという努力が重要です。

④ 一般ユーザーの意向も重視する、ただしベンチマークを準備しておく
一般ユーザーの意向把握も重要です。ただし、要求レベルが過大とも思われる結果となることもあるので、結果の公表を前提に、ベンチマーク・データとの比較など、結果の解釈や評価について事前の見通しをつけておくことが重要です。

⑤ 具体性を持たせるための類似施設視察は重要である
以上の様な入念な意向把握を踏まえて具体的な提案をすることが望ましいのですが、他方、初期段階に具体的な話題を欠くと、ステイクホルダーの苛立ちを招きかねません。この両者をクリアする上でも、類似プロジェクトの視察や検討は重要です。

⑥ ステイクホルダーの自発性を重視する
予定調和的な結論に誘導するのではなく、発見的なアプローチをとり、ステイクホルダー自らが至りついた見解である、と思うことが重要です。

⑦ プロジェクト・オーナーとのコミュニケーション力は、プロジェクト・マネージャーにとって極めて重要である。
ブリーフィングを先導する上で、プロジェクト・マネージャーは、プロジェクト・オーナーの社長、経営層、マネージャー層、職員層などとのコミュニケ―ションを成立させることが不可欠です。このためには、相手の関心の核心を突く質問を発することができるよう、修練を積む必要があります。
この種のプロジェクトでは事前に結論を想定してそこに誘導する落としどころ論を唱える人がいますが、筆者は疑問を持っています。何故ならば、それではプロセスを通じて何も学んでおらず、創造が無いと考えるからです。当初の要求がそのまま変わることなく終了するプロジェクトは、実施を通じての学びや創造がなかったという点で失敗というべき、との主張もありこれに賛同するものです。下記の様に述べる人もいます。

If I were to define a failed project, one of my criteria would be certainly be “a project on which no one came up with any better ideas than what was on the initial list of requirements”.
(Agile Estimating and Planning, Mike Cohn, 2006よりの引用)

7. 事例から引き出すことのできるMBS,MBUの有効性

本講の最後に、MBSやMBUが何故有効なのかを考えてみたいと思います。事例が少ないのですが、以下の7点を引き出すことができます。事例を増やすことは今後の課題です。尚noteでは割愛した事例からの教訓も含んでいます。気になった方は是非本編を参照して下さい。

① 目的の開発に投資し価値文脈を共有する
② 多元的な視点を持ち込んで問題を一から洗い出す
③ トップが効果的に参加するための場を準備する
④ ボトムアップも重視する
⑤ 有効なコミュニケーションを成立させる
⑥ フロント・ローディングへの路が開かれる
⑦ 効果的な方法論を活用することができる

① 目的の開発Purpose Developmentに投資し価値文脈を共有する
MBSやMBUは、通常のプロセスでは欠落しがちな前駆プロジェクトで、時間や費用などの資源を投資することになります。しかし、この目的の開発への投資が次の様な効果を生むことになります。

・目的の吟味によって、プロジェクトの定義付け、内容や性格は大きく変わり、プロジェクトの目的が高められることがあります。また、そうでない場合であっても、プロジェクト関係者が、プロジェクトが創出すべき価値に対する共通理解を築くことにつながります。目的の吟味には十分な時間と費用をかけるべきです。

・プロジェクトの目的が豊富化することで、プロジェクトの内容は複雑化し、関係者も増大し、一見困難度が高まったように見えます。しかしながら、目的性の高いプロジェクトになることによって、困難を乗り越えても実現しようというプロジェクトの求心力が高まる場合があることを考慮すべきです。

・価値の高いプロジェクト創出を導く目的はどのようにしたら設定することができるのでしょうか?解決すべき問題を広い視野から抽出し、それらを統合的に解決することのできる方途はないのかを、複数の観点から、粘着質をもって探求することが一つの条件だと言えるでしょう。

② 多元的な視点を持ち込み、問題を一から洗い出す
プロジェクトの検討を開始し多様なステイクホルダーと接触することによって、目的が追加、豊富化されるこがおこります。これを排除すると、創造的な問題解決の可能性を摘むことになりかねません。

・外部の人間の視点が入ることによって、内部の固定的な問題設定の枠組が揺さぶられ、問題解決のフレームが一変する可能性があります。

・様々なステイクホルダーの観点をとり入れることによって、成果への要求を多角的に見ることができ、プロジェクトの有効性を高めることができる可能性があります。

・当初から母体組織の様々な部署や機能の観点を取り入れることによって、変革に必要な対応を幅広い観点から抽出することができ、変革に対する抵抗を減少させることが可能になります。

・プロジェクトの母体が多数のステイクホルダーから構成され、各ステイクホルダーの関心事、立場、領域、知識、組織文化等が異なる場合、一度問題点を一から出し合って、各主体が共同できる様にミッションを組立てていくことが不可欠です。

③ トップが効果的に参加するための場を準備する
トップの参加を欠くことはDON’Tsの中核的な要素の一つですが、闇雲に参加すればよいというものではなく、トップが参加する上で効果的な参加の方法や場がなければなりません。

・プロジェクト・オーナーの価値意識を明らかにしたり、既存のフレームを一変させたりするなどの重要な方針決定のためには、経営トップも参加したグループワーク等の直接的な対話の場が重要です。

・プロジェクト出発点のミッション設定段階での参加により、プロジェクト・オーナーの関心事に即した課題の分割がなされるので、具体化された検討課題に対するオーナーの関心を継続することができます。

・プロジェクト・オーナーとのコミュニケーション力は、プロジェクト・マネージャーに求められる極めて重要な力能(コンピテンシー)で、境界オブジェクトを見出すことはその一つです。

④ 有効なコミュニケーションを成立させる
ステイクホルダーは立場、関心事、領域、知識などを異にしているので、ステイクホルダー間の相互理解を成立させるための自覚的な努力が必要です。

・通常の業務ベースのアプローチでは、各業務領域内での言葉や枠組みが用いられているため、プロジェクト・オーナーと各業務領域の担当者、各業務領域担当者間の共通言語が不在である恐れがあります。

・プロジェクトのミッションの設定においては、専門領域に即した言葉遣いではなく、ステイクホルダーが理解可能な表現や媒体を見いだし、これを共通言語とすることが重要です。

⑤ ボトムアップも重視される
組織戦略やトップの意向を具体的な行動へと展開するトップダウンは重要ですが、それだけではプロジェクトの目的が理解され支持される訳ではなく、ボトムアップを相補的に用いることが重要です。

・トップダウンにおいても、他のステイクホルダーが納得できる様に、プロジェクト・オーナーの価値意識を根拠付けることが重要です。

・トップだけでなくオーナー組織の幹部層の問題意識を、プロジェクト・マネージャーの聞きたいことではなく、先方の言いたいことを通じて引き出すことが重要です。

・職員やユーザーの意向も重視する必要があります。参加型のアプローチで意向確認をすることが望ましいと言えます。

⑥ フロント・ローディングへの路が開かれる
解決すべき課題や目的実現のためのミッションの検討において、プロジェクト遂行にかかわる様々な組織の人たちが参加することで、領域間にまたがる課題やミッションが明確となり、フロント・ローディングな進め方の効果を享受することができます。

⑦ 効果的な方法論を活用することができる
誰にでも支持される理論的基盤があり、効果の確認されている方法を用いることによって、初期のファジーな状態における迷走を避けることができます。

・トップダウン的アプローチであるMBSとボトムアップ的なアプローチであるMBSを組合せることによって、迷走が少なく成果の大きい参加型のアプローチを実現することが可能となります。

・類似施設視察や志向性の近縁性のあるプロジェクトのある観察は、議論の共通基盤となり、具体性をもたせるための有効な方法です。

お疲れさまでした。以上で本稿は終りです。

さいごに

引用論文や詳細の解説はこちらからご覧ください。尚、以下の資料もクリエイティブコモンズとして公開します。
©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)


これまでの講義はこちらのマガジンにまとまっています。

次回は品質マネジメントをテーマとします。通常のPMテキストとは異なり、以下の2点をテーマとします。

①品質マネジメントでは、品質の属性間にトレードオフの関係があり、目標設定の際に、トレードオフどう扱は重要な課題です。

②品質をどの様に作り込んでいくかも重要なテーマです。品質目標の設定と品質の作り込をどうつなげていくかがもう一つのテーマです。

次回の講義も制作を進めています。お楽しみに。


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