こんな感じで、多分また、10年後。


「『30歳になって結婚してなかったら、結婚しよか』

って言ってたん、覚えてる?」


久しぶりに会って、飲みはじめてからもう2時間。

ひとしきり近況報告を済ませて、

ほろ酔いがてらの思い出話としてふった話題に、




「覚えてるよ」

意外にも鮮明な返事が返ってきた。





「マジで?」

もう、6年ぐらい前の話なんだけど。



「あの、掘りごたつの店やろ」



シュウはそう言って、

地元の安居酒屋の名前と、

そのとき飲んでいた日本酒の銘柄まで口にした。





日本酒の銘柄だなんて、

私よりも鮮明に覚えていることにドキリとする。





「よう覚えてんなぁ」




「そうやねんなぁ」




へらへらと笑いながらシュウはグビリとビールを飲み干し、

隣のテーブルを片付けていた店員さんに

「同じモノを」と声をかける。






私たちは、28歳になっていた。








「なつかしぃなぁ」



あのときの景色が浮かんでくるような気がして、

私は目を細めながら遠くを見つめてみた。



あぁ、そうだ、そうだ。



シュウはあのとき、黒いシャツを着ていた。

パンツも靴下もぜんぶ真っ黒で、

地毛も含めて全身真っ黒でカラスみたいだった。




「あのときお前、

青っぽいワンピース着てたやろ」



え。



「そうやっけ?」



君は全身真っ黒だったよね。



「うん、髪の毛も今よりだいぶ明るかったで」



私が「今日のシュウ、カラスみたい」

って言ったのは覚えてる?



「ホンマに?髪の色なんて流石に覚えてないわ」



ぜんぶ忘れてしまったような口調で返事をすると、

「なぁんやおまえ、さみしやっちゃなぁ」

とガッカリしたような声をだす。





よく私の服装なんて覚えていたね。



「あんときおまえ、オレのことカラスみたいって言うてさぁ」



………そこまで覚えてるの。



「シュウ、ホンマによう覚えてんなぁ」


何年前だと思ってんの。



「そら覚えてるよ」




「だってオレ、」





「別に嘘のつもりやなかったし」




……。




『私もやで』

と言う代わりに、



「そうか」

とそっけなく返事をした。




だって、




二人とも約束を覚えていたら、

思い出話にできない。





私、忘れかけていることにしたんだから、

あんたもさっさと忘れちゃってよ。






「そんなこともあったな」でいいんだよ。


「それよりさ」って、違う話しようよ。





だって、



だってシュウはもう、結婚したじゃんか。


もうすぐ子どもだって生まれる。



守らない約束なんて、

すっかり忘れてしまうぐらいが丁度良いんだよ。



なに覚えてんの。


なんで私より覚えてんの。



私だけが覚えて、大事にして、バカみたいって思ってたのに。




やめてよ。




「………」



私たちにしては珍しい沈黙を、

先に破ったのはシュウだった。




「まぁ、ほら、あれや」


なによ。




「おれが40になって離婚してたら、再婚しよか」


なんだそれ。



「アホちゃうか」

呆れた気持ちが間を空けず口から出た。



「おま……あのときと同じ返事すんなよ!」



「そうやっけ!?」

これは本当の「そうやっけ」。

ほんとうにこの男、よく覚えているんだなぁ。



そうか、こいつ、本気だったのか。

今でも覚えているぐらい、

何度も思い出してくれたのかもしれない。



そう思うと、だんだん可笑しくなってきて、

しんみりした気持ちが一瞬でアホらしくなる。




「イヤやわ、それまでには私も結婚して幸せになってますぅ」


「おう、そうしろそうしろ」





「……まぁ、シュウがさっさと離婚してたら考えたるわ」


「おう、そうしろそうしろ」





あ、デジャブ。




そうだそうだ、あのときもこんな感じだった。




『イヤやわ、あんたよりもええ男見つけて幸せになってますぅ』

『おう、それならそれでかまわへん』



あはは、変わらない。



ほとんど同じシチュエーションが急に可笑しくなってきて、

私は声を出して笑った。



「あーもう。ホンマ進歩せーへんな、うちら」

「なぁ、どないしよ」



そう言って、私はジョッキに残っていたビールを勢いよく飲み干した。

シュウも一緒になって、運ばれてきたばかりのビールを一気に飲む。


「ぷはぁ」


「あーくそ、やっぱりお前とおるんは楽しいわ」


「私もやわ、ちくしょう」



「あとはタイミングの問題だけやな」

「そやね、そんなもん、一生合わんでええわ」




くそぅ。

このままだと、うっかり10年後もまた覚えていそうじゃないか。




10年後、「あのとき、ビール飲みながらさぁ」なんて、

絶対言わないからな。



絶対に、絶対に、忘れてやる。


そう決意しながら、

二人分のビールおかわりを注文した。












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