命まで取られるわけじゃないから大丈夫。


私が会社の後輩によく言う言葉。
ちょっとくらい失敗しても大丈夫。
命まで取られるわけじゃない。

仕事は生活の大部分を占める。
睡眠時間よりも長い時間を仕事に費やすし、なんなら、仕事が気になって眠れない夜を過ごす人もいる。
なにかミスをして気に病んでしまう人も。

仕事って、生きていくためにしていることだ。
もちろん、好きなこと、やりたいこと、自分がしたいからする、という人もいるけれど、それは後付けの動機であって。

生きていくにはお金がいるし、お金をもらうには働かなくてはならない。
では働かなくては。なにを仕事にしよう。
という流れがあって、好きなことを仕事にするとかしないとかの話になる。
(ここでは、潤沢な資産があるけど暇だから働くとかそういう人のことは含まない。まだそういう人に会ったことがないから何も言えない。)
生きるためにしている仕事で、生きることが辛くなるほど考え込む必要はない。

楽しいこと、前向きなことはいくらでも悩めばいい。
アイデアが出ない、なんていう産みの苦しみとか
交渉がうまくなりたい、折衝の壁とか。
自分を今いる所から一段上に押し上げるための苦しみは、よい苦しみだ。
悩んで、苦しんで、考えて、そうしてみんな成長していく。

発注ミスとか、計上間違えたとか、クレームを発生させたとか、お客様に怒られたとか。
そんなのは気にやまなくていいちょっとした失敗だ。
特に、私が声をかけるような若い社員の失敗なんていうのは、会社からしてみたら些末なものだけど、彼らにとっては自分の仕事が全てだ。
生活の大部分を占めるその仕事でミスをしたら、気が気でないのはよくわかる。
私もそう。
その時はとんでもない事をしてしまった!と焦るけれど、実際はそんなに気に病まなくていいことが多い。
もちろん、その時は最大限に申し訳なさがあるし、その態度を周囲に示す必要もある。
失敗は誰でもする。
ただ反省して、次に活かせばいい。
悩んでくよくよしても、やってしまったものは仕方がないのだ。
それが許されるのも若者の特権だと思う。

きっと偉くなればなるほど、失敗が許されない判断をしなければならなくなるのだろう。
それが偉い人になるということだし、それ相応の賃金だとか権限だとかの待遇が与えられる。

だから、そういう、眠れなくなるほど仕事で悩むようなのは、偉い人に任せようよ。
私たちは失敗が許されている。
ぐいぐい行こうよ。
失敗したって、命まで取られるわけじゃないんだから。


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