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2019年 74冊目『組織は合理的に失敗する』


Mさんに紹介してもらった本です。
とても学びが多い本でした。
お薦めです。

第二次世界大戦の時の日本軍は、

ガダルカナル戦では、近代兵器を装備した米軍に対して、日本軍は銃剣を持って肉弾突破する白兵突撃を1度ではなく、失敗した後も2度、3度と繰り返して、全滅しました。

インパール戦では、前線で戦う兵士に武器や食料を継続的に補給できないことがあらかじめ分かっていました。にも関わらず実行され、多くの日本兵が飢えと病気で亡くなりました。

なぜこのような作戦を実行したのか?

従来の研究では、日本軍に内在する非合理性を指摘してきました。

つまり人間の非合理性が不条理な組織行動を導いたという事です。

しかも、これは戦場という異常な状態で起きた例外的事例で、日常には起きないとされていました。

しかし、

高速増殖炉のもんじゅのナトリウム漏洩自己の組織的隠ぺい工作。

大和銀行の不正取引をめぐる組織的隠ぺい。

神奈川県警内部の不祥事をめぐる組織的隠ぺい。

などは、関係者は、不正であることを知りつつ、意図的に事実を隠蔽しようとした合理的な不正なのです。

つまり、このような不条理な行動に導く原因は、人間の非合理性にあるのではなく、合理性にあるということが、本書の内容なのです。

この本のアプローチは、新制度派経済学、別名組織の経済学を新しく解釈しなおして利用しています。

このアプローチの特長は、従来の理論とは異なり、

人は完全合理ではなく限定合理であるとみなしている点が挙げられます。

つまり、すべての人は限定された情報獲得能力のもとに意図的に合理的にしか行動できないと考えるわけです。

このような限定合理的な世界では、 合理性と効率性と倫理性が一致しないような不条理な現象が発生します。

頭の中で合理的だと思って行動したとしても、実際には非効率だったり不正行為になる可能性があることが説明できるわけです。

ダメな事例として、前述の非効率な白兵突撃を3度繰り返したガダルカナル戦と史上最悪の作戦であるインパール作戦が詳細に分析されます。

逆に良い事例として、人間の合理性と効率性と倫理性が一致したジャワ軍政と中央集権から分権に自主変貌した硫黄島戦と沖縄戦が分析されています。

加えて、日本の企業の不祥事についても分析を行っています。

不条理な組織現象を分析する3つの理論的アプローチとして、取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論が挙げられています。

上述の人は限定合理であるという前提と、この3つの理論を学ぶだけでも十分に価値があります。

3つの理論のポイントを説明します。

取引コスト理論

・すべての人は限定合理的で、しかも相手の不備につけこんで悪徳的に自己利益を追求する機会主義的傾向があると考えます。

・知らない人と市場取引すると、互いに騙される可能性があります。

・特に巨額取引の場合、事前に相手を調査し、契約書を吟味し、契約後も履行を監視する必要があります。

・このように取引をめぐる一連のコストがかかります。これらの取引コストがかかります。

・これらの取引コストの多寡で、本来相互に商取引を行う事にメリットがあるのに、取引がおきないという非合理なことが起きます。

・しかし、人間は完全に非合理ではありません。

・取引コストを放置せず、悪しき機会的主義的行動を抑止するルール、法律、慣習などの制度を準備します。

・最終的には、駆け引き不要の信頼がおける人同士での取引を行う制度が形成される可能性があると考えます。

→中国のゴマ信用などはまさに取引コストを大きく下げましたよね。

→エスクロー制度なんかもそうですね。

取引コストには、従来のサンクコストに加えて、新たな投資コスト、そして新たなことを始めるために関係者を説得するコストなどが挙げられます。

ガダルカナル大戦では、資源のない日本は軍備を整備できず、白兵戦で勝つために育成をし続けていました。

それを否定するにはサンクコストが大きすぎます。

アメリカのような近代武器を購入するには、投資コストがかかります。

そして、戦略変更を納得させるために、従来の白兵戦で昇進してきた人とのコミュニケーションコストが膨大にかかります。

白兵戦で負けるのが100%分かっていたら、別の選択肢を選ぶのですが、少しでも可能性があるとするならば、そこに一縷の望みをかけるのです。

まさに限定合理での判断です。

不正の隠蔽もまったく同じ構造ですね。

エージェンシー理論

・すべての人間関係は、依頼人(プリンシパル)と代理人(エージェント)からなる代理人関係として分析できる。

・株主と経営者は、株主がプリンシパルで、経営者がエージェント。

・経営者と従業員では、経営者がプリンシパルで、従業員がエージェント。

・下請け関係では、組立メーカがプリンシパルで、部品メーカがエージェントということです。

・このようなエージェンシー関係では、限定合理的で、両者の情報は異なっているのが普通です。

・両者は効用を最大化しようとしますが、利害は必ずしも一致しません。

・このような利害の不一致で情報の非対称性が成立するエージェンシー関係で、合理的な失敗が起きやすい。

・契約後、エージェントが一生懸命働くとは限らない。

・エージェントは、隠れて手を抜きさぼり出すといったモラルハザードを起こす可能性がある。

・良きエージェントが排除され、事前に隠れた情報を持つ悪しきエージェントだけが、無知なプリンシパルとの契約に集まってくる非論理的なアドバース・セレクション(逆淘汰)現象も発生する。

→インパール戦では、反対論者は次々に排除され、この機会に自分の昇進や名誉欲を満たしたい人たちだけが幹部として残ったという逆淘汰が起き、ゴーサインが出たのです。

→中古車市場も逆淘汰が起きやすい市場です。見た目はきれいだが、中身がよくない車(レモン)を素人の購入者に割高に販売しやすく、そのような会社が儲かることがある。

所有権理論

・財の所有権の不明確さがもたらす資源の非効率な利用の問題が分析されます。

・人間は限定合理的なので、財がもつ多様な特質を認識できず、その特質をめぐる所有権をだれかに明確に帰属することができない。

・結果、財の使用にとってもたらされるプラス・マイナス効果をだれにも帰属できないような時代が発生する。

・この場合、資源を非効率に使っている人たちは自分たちがマイナス効果を生み出していることに気づかないので、資源を非効率に利用し続けることになります。

・資源をプラスに使っている人たちも、そのプラスが自分たちに帰属しないので、効率的に利用しようとは思わなくなります。

・軍隊による捕虜の大量虐殺が説明できます。

・人間が完全合理であれば、捕虜や住民を最も効率的に利用する方法は、彼らの能力を完全に把握し、それぞれの能力・特性に合わせて奴隷のように利用することになります。

・しかし、人間は限定合理的なので、彼らの能力もわかりません。どれくらいの休息を与えると効率的なのかも分かりません。

・つまり人間は人間を完全に所有することはできないのです。

・捕虜や奴隷は、巧妙に手を抜いたり、仮病で働かないかもしれないのです。

・彼らを管理するには大量のコストがかかります。

・何もしないで住民を活かしておくと、維持費だけが働きます。

・このようなコストを節約する合理的な方法の1つが、住民を大量虐殺し、所有自体を放棄するという非効率で非人道的な方法なのです。

→逆に捕虜に労働の所有権の一部を帰属させる、つまり労働のアウトプットの一部を与えることが、実は最も経済的にも合理的になるのです。

→これが今村均のジャワ軍政です。

→現地住民は、協力的に日本軍に協力し、敗戦後も、今村が素晴らしい治世をしたと、彼の無罪を現地住民が嘆願したそうです。

→不祥事を隠すことも所有権理論で説明できます。

→連帯責任にすると、失敗というマイナスの所有権が、他の人にも帰属することになります。

→そうすると良心に従い公表すると組織全体に迷惑がかかり、自分にもマイナスがかかります。

→世間の人の不備に付け込み、失敗を隠蔽できれば、組織にとってコストは最少となります。

→当該メンバーにとってはたとえ防いで非効率であっても、失敗を隠し続ける方が合理的であるという不条理に導かれるという結論になるのです。

かなり面白いですよ!

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