ハイエナに会いに行く。~ベトナム・ハノイ~

ベトナムのハノイに着いた日はちょうどテトでどこも安宿は欧米人やらアジア人やらで埋まっていた。

この日は二つ好いことがあって、二つ嫌なことがあった。

まず一つ目の好いことは親友に子供が産まれたことだ。ハノイに着いて早々Wi-Fiを求めカフェに入るとこれまでの中国での五日間で貯め込んだアプリの通知が一斉に入ってきた。その中に親友からのLINEの通知が含まれていた。日付を見るとその日の明け方に生まれたらしかった。

すぐにLINEを返し、それから今日の宿をとっていないことを思い出し早急にアプリで予約した。
喉に違和感を感じ身体が火照っていることに気がついた。風邪をひいているようだった。
注文したコーヒーはベトナム独特の甘ったらしい粘り気のあるコーヒーで暑さと体調の悪さから半分ほど飲んで気持ちが悪くなり、しかし残すのは悪いと思い残りの半分を一気に流し込んだ。そしてさっき予約したゲストハウスにチェックインするためゲストハウスに向かうと、手違いですでに満室になっているとスタッフに告げられた。これが一つ目の嫌なことだ。

仕方がないので近くを歩いて探すことにした。幸いこの付近は安宿が密集していて探せばどこかしらありそうだった。しかしあいにく今日はベトナムの春節に当たるテトでこの地域は観光客でごった返していてどこの宿も行くたびに断られた。
サンダルを履いて行動していたため、足の人差し指の内側が擦り切れて思うように歩けず苦痛だった。それに体の火照りとのどの痛みは悪化する一方で、このまま泊まるところがなければと思うと不安だった。辺りは陽が落ち街灯が灯るにつれてより不安が増していった。

そんなときやっと空きのあるホテルを見つけた。そこは日本でいうシティーホテルのようで、一泊2,000円だった。予算は超えているがここで手を打たないともう次はないように思えた。

受付けの女性スタッフはやたら上機嫌で僕を迎えてくれた。
部屋に案内され室内に入った瞬間生乾きの独特の匂いが微かに鼻を突いた。嫌な予感はしたがここは日本ではない、シーツが生乾きなことぐらいベトナムでは普通にあるのだろうと思いやり過ごした。
汗で身体がべとついていたのでシャワーを浴びようとバスルームの扉を開けると扉のサンで何かが動くのを感じとった。また嫌な予感がした。電気をつけると数匹のゴキブリが一斉に隅に身を隠そうと散らばった。

苦渋の決断ではあったが風呂は諦めることにし、そのままベットに横になった。すぐに意識が無くなっていき眠りにつきかけたとき、僕の右手の上を何かが這って行くように感じ、一瞬にして現実に引き戻された。見るとゴキブリがベッドの下に入っていく瞬間だった。
あの女性スタッフのとってつけたような笑顔が思い出された。
そういうことか……
これが二つ目の嫌なことだ。

すぐにチェックアウトしてそこから離れた。あそこに泊まるぐらいなら野宿の方がまだましだ。チェックイン後ものの三十分でチェックアウトするのは最初で最後だろうと何ともやりきれない気持ちになった。
もう夜の十時を回っていた。おそらくどこにも空室はないだろうと思い、なんとかホテルのロビーでもどこでもいいから泊めてくれるところはないかと二、三軒あたってみたがやはりどこもだめそうだった。
最後にここがダメなら野宿なり徹夜なり何でもしてやろうと入ったところはいかにも高級そうなホテルだった。

「すいません、ロビーでもどこでもいいので一泊させてくれませんか?」
受付けのお姉さんにそう聞いた。

「いくら持っているの?」
お姉さんがそう僕に聞いた。

「30ドルまでしか払えないのですが?」
これ以上出すことはこれからのことを考えるとできなかった。
今思えば体調のことを考えると100ドル出しても泊めてもらうべきだったと思うが、僕の卑しい心が30ドルという制限をかけた。

「わかりました。では30ドルでいいでしょう、シングルルームが一つ空いているのでそちらでいいですか?」
お姉さんは僕に訊ねた。
僕は拍子抜けしそうになった。いいもなにも……
僕は「はい」としか答えれなかった。

「それではパスポートを見せてください」

「ほんとはいくらなんですか?」
僕はパスポートを渡すと訊ねた。

「ここは四つ星ホテルです。あなたが泊る部屋は通常一泊80~90ドルぐらいです」
 僕はそれぐらいの金額を予想していた。

「なんで泊めてくれるんですか?」

「それは今日がハッピーニューイヤーだからです」
お姉さんが手を止めて微笑んだ。

これが二つ目の好いことだった。

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