トリミング_黄色いバラの造花

嫉妬、恋愛、しがらみ等に苦しむ若手研究者の姿【読み出し無料】~シギサワカヤ『ファムファタル 運命の女』~

1.はじめに

自分の周囲にいた理系研究者は、実習や実験の準備と実施、学会発表の準備やレポート作成、カバーレターから投稿論文の執筆と、学生時代から大変忙しい人が多かったです。理工系の建築学や機械工学の関係者だと、製図やプログラミングの作業に追われ、化学や生物学の同期たちは使っている実験器具や生物の時間に合わせて生活しているようで、「いつ寝ているんだろう?」と首を傾げたくなる状態でした。

日々、研究ばかりだと頭が疲労し、狭いラボでの生活に息苦しくなって、思うように成果が出せないこともあります。息が詰まりそうな時、院生やポスドクのなかには実習や実験の合間を縫って、同好の士が集うサークルに顔を出す人もいるでしょう。大学のサークルに院生やポスドクが参加する理由や状況、研究との関係については、メインブログの記事の

 ●「大学のサークルと院生~さかたき新『みすけん!』を起点として~ 」
 ( http://naka3-3dsuki.hatenablog.com/entry/2016/08/22/002130 )

に書きました。

私とその周辺の方々が参加していたサークルの大まかな様子は、下のような雰囲気があり、運営上の問題が起こることがありました。

  “学部生だった人が、同じ敷地にある大学院に進学した場合、その人は長いと7~8年も特定の大学・大学院に留まることになります。それだけ長い時間を、サークルの後輩や同期と一緒に過ごせるということで、学内で会いやすいんですね。学食ふらふらしてたら、どこかのテーブルにサークルメンバーが坐っていて、バッタリ見つけて隣に行ってしゃべったり、生協の購買部ですれ違って一緒に食事に行ったり、何かと接点が多いとこうなります。

接点が多いだけに、人間関係が現役メンバーと卒業生の間で拗れると、サークルが分裂の危機に陥ったり、運営が滞るようになったりと、トラブルの原因となることもあります。そういったことが心配になる出来事があり、私は院生になると、研究が忙しくなってきたのもありますが、学部時代にいたサークルからは足が遠のいていきました。
 (「大学のサークルと院生~さかたき新『みすけん!』を起点として~ 」( http://naka3-3dsuki.hatenablog.com/entry/2016/08/22/002130 ))“

大学サークルは、時にコミュニティとしてはたらき、メンバー個人の授業単位の修得や就職活動での内定ゲットといった進路、もっと言えば人生にとってライフラインになることがあります。一方、人間関係の悪化によってサークル自体が崩壊(俗に言う「クラッシュ」)することで、所属する人たちが居場所を失い、不幸になることもあります。このように大学のサークルは、人間関係を通す形で、血が通い、感情を持ったメンバーの姿が見える場所であるといってよいでしょう。そこに院生やポスドクがいれば、人間としての若手研究者たちを見ることができます。

前置きが長くなりましたが、今回は、ある大学サークルにスポットを当て、そこに所属、あるいはしていた学生たちの群像漫画を取り上げます:

 ●シギサワカヤ『ファムファタル 運命の女』全3卷(電撃コミックス、アスキー・メディアワークス、2008~2010年。写真は3巻表紙)

このマンガの登場キャラクターには、理系分野の学部生や院生がおり、彼らの描かれ方を分析することで、若手研究者の人間らしさを抉り出し、そのリアリティに迫ってみたいと思います。


2.生身で、リアルな研究者が登場する漫画~シギサワカヤ『ファムファタル』~

 2−1.主要人物3人と作品の主な舞台
本作は青年漫画雑誌に連載されていました。主人公とヒロインの所属サークルがメインストーリーに関わっており、たびたび部室が出てきます。そこに集まり、メンバーが喋る、物の受け渡しをする等のシーンはあるものの、映画を撮るとか、漫画を描くとか、運営会議をするとか、どんな活動をするサークルなのかは、はっきりと描かれてはいません。そういった様子から、本作は登場人物たちの関係や、部室外で展開するストーリーに重きが置かれていることが推測できます。

さて、この漫画の主要人物をピックアップしていきましょう。

主人公は、とある大学の理工学部所属で物理系学部生・斉藤一(さいとう はじめ、通称ハイ)、ヒロインは、その二歳上で先輩に当たる同大の大学院修士院生でサークルOGの海老沢由佳里(えびさわ ゆかり)です。2人とも、その場の状況をよく読んでいて、周囲の人間関係に気を配っているように見えて、その実、どちらも抜けたところのある、他人からすれば面倒くさい人たちです。彼らの恋の駆け引きを軸に、2人の更に学年が上で、由佳里の社会人彼氏・石渡(いしわたり)や、他のサークルメンバーが話に絡みながら、ラブストーリーは展開していきます。1巻では、斉藤が、由佳里のせいで遠距離恋愛の恋人と別れたいきさつ、彼氏のいる由佳里に片思いしていると自覚する瞬間、その彼氏の人間性の一端が丁寧に描かれています。読者によっては、序盤早々、けっこうドロドロしていると感じ、お腹いっぱいになるかもしれません。


 2−2.周囲の嫉妬や憎悪に苦しむ理系院生のヒロインと現実の若手研究者
この三角関係に加えて、作中では、大学サークル特有の卒業生を含めた学生たちの人間関係の面倒くささ、分野関係なく研究者に存在する嫉妬や憎悪の感情、それらが原因でバラまかれる指導教員と学生の間の暗いウワサ、およびウワサで居場所を失いそうになって苦しむ院生の姿が描かれています。そういった複雑な部分を持ち、大学に拘束された人間くさい人物が多数、入り乱れるように登場してきます。

優秀な女子院生の由佳里は、ラボ関係者に学振の特別研究員に通りそうなレベルだとささやかれ、嫉妬され、学内に「指導教官」と不倫関係にあるとウワサを流されます。彼氏の石渡に相談すると、女性が研究の世界で生き残るのは、そういった異性の他の研究者の「嫌がらせ」を覚悟の上で屈しない強さがある者だと、説教されてしまいます。由佳里は様々なストレスのせいか、実験で爆発事故を起こしてしまい、偶然、共同研究で大学に来ていた石渡、サークルの後輩女子に助けられました。

ここから先は

2,293字
この記事のみ ¥ 250

仲見満月の「分室」では、「研究をもっと生活の身近に」をモットーに、学術業界のニュースや研究者の習慣や文化の情報発信をしております。ご支援いただくことで、紙の同人誌を出すことができますので、よろしくお願い致します!