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「利き手」に関する人間社会の将来と鱗食魚の研究について【投げ銭note】~「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)ほか~

1.はじめに

突然ですが、読者の方に質問です。

皆さんは右利きですか、左利きですか。それとも、用途によって、右手を使ったり、左手を使ったりと、使い分けていますか。私は基本的に食事の時の箸から、メモを取るペンまで右手を使っていますが、一部、スマートホンやタブレットPCのタッチ操作で、左手を使うことがあります。右手で立ち操作することもあり、時々フリック入力では混乱しおりました。


さて、今回は、アフリカに生息する魚から判明した、右利き・左利きのメカニズムが解明できるかもしれない、という研究の話題です。具体的には、肉食性の魚が多種の魚を捕食する際の方向によって、右利き・左利きは、実は生まれつき決まっているのではないか、という可能性が示唆されたというお話です↓
「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル、2017年9月8日07時28分)

私事で恐縮ですが、実は4歳くらいまで、私は左手にハサミを持って、右手で紙を回して、工作をしていたそうです。親族には左利きの人が何人かいたようですが、今ほど左利き向けの道具がなく、また彼らは「ぎっちょ」と呼ばれて、差別の対象にもなり、不便で窮屈だったことを母は知っていました。子が左利きで生きていくのを気にしたのか、母は「右手と左手で、持つものを替えたら、やりやすいんじゃない?」と私に告げました。素直に私は左右の手でハサミと紙を持ち替え、それ以降、基本的には右利きとして成長しました。

先の朝日新聞のニュース見出しの「右利き・左利きは生まれつき?」について、将来、「実は、人間についても先天的なものであることが、ほぼ証明されました」と結果が出たとしましょう。私のような「おいおい、成長過程のエピソードにあるように、先天的に左利きの可能性もあったよ」という人は、何かしら、どこかに成人してから障害を抱えるとか、特定のガジェットが使いにくいとか、「後遺症」のようなものは出る可能性はあるんでしょうか?あるいは、左利きを右利きに矯正した人には言語障害が出ている人がいるって、高校の英語長文読解の論説文で読んだことあるけれど、右手は左脳に、左手は右脳に繋がっているという身体的な構造から考えると、右利き・左利き問題って、けっこう社会的にも大きな課題ではなかろうか?と私は考えました。

よって、本記事では「人間にとって、右利き・左利き問題は社会にとっても大問題ではないだろうか?」という問題意識のもと、魚から判明した、右利き・左利きのメカニズムが解明できるかもしれない、という研究について、主に朝日新聞デジタルのニュース記事を中心に、取り上げます。



2.「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)を読む

それでは、本部ブログ『仲見満月の研究室』と同じように、朝日新聞デジタルのニュースを読んでいきましょう。

 2-1.ニュースの導入部

右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究 
月舘彩子2017年9月8日07時28分

 右利きか、左利きか。「利き手」の運動能力の差が生まれつき決まっている可能性があることを、名古屋大と富山大の研究グループが魚の研究で明らかにした。脊椎(せきつい)動物には共通するメカニズムがあると考えられ、ヒトの利き手の謎解明にもつながるという。 

 ヒトも含めた多くの動物には「利き手」や運動能力の左右差があるという。しかし、それが生まれつき決まっているのか、生まれた後の学習で決まるのかは、長期的な観察の難しさなどから大きな謎だった。
(「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)

第2段落まで読んで、中高の理科の生物分野の復習になりました。「脊椎(せきつい)動物には共通するメカニズムがあると考えられ」ており、それは同じ脊椎動物である魚の研究を通じて、研究することができるというところです。名古屋大と富山大の研究グループが、魚に「「利き手」の運動能力の差が生まれつき決まっている可能性があること」を明らかにすることで、脊椎動物の人間の「利き手」の運動能力に違いが出てくることが分かる点まで、目星がつくんですね。


 2-2.鱗食魚による研究とその結果

今回の研究には、研究目的に適した性質や特徴を持つ生物、具体的には適した種類の魚が必要だと考えられます。そこで、名古屋大と富山大の研究グループが選んだのは、東アフリカのタンガニーカ湖の「鱗食魚(りんしょくぎょ)」でした。まず、ニュースの続きを見てみましょう。

 研究グループは、東アフリカ・大地溝帯のタンガニーカ湖に生息し、魚のうろこをはぎ取って食べる「鱗食魚(りんしょくぎょ)」で実験した。この魚には、右の下あごが大きく口が左に向かって開き、獲物の右側から襲ってうろこを食べる「右利き」と、左の下あごが大きく、左から獲物を狙う「左利き」がほぼ半数ずついる。  

 研究グループは、この左右差に着目した。世界淡水魚園水族館(岐阜県各務原市)の協力で鱗食魚を飼育下で繁殖させることにも成功。孵化(ふか)して初めてうろこを食べる時からの左右差の変化を調べた。
 (「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)

初めて見た「魚のうろこをはぎ取って食べる「鱗食魚(りんしょくぎょ)」というワードに心を奪われかけますが、先を急いで読んだところ、「この魚には」、

 ・右の下あごが大きく口が左に向かって開き、獲物の右側から襲ってうろこを食べる「右利き」

 ・左の下あごが大きく、左から獲物を狙う「左利き」

がほぼ半数ずついる」ため、今回の研究プロジェクトとって、非常に適した魚だということが分かりました。

ところで、私のように「鱗食魚(りんしょくぎょ)」って何?という読者の方もいると思いますので、少し、話の筋を脱線し、ネット検索で出てきた情報を引用て紹介致します。

鱗食魚りんしょくぎょlepidophagous fishscale eater fish 
 肉食魚で、とくに泳いでいる魚の鱗(うろこ)をはぎ取って食べる魚類をいう。ある種のティラピア、アジ類、海産ナマズ、クロスジギンポなどは、ほかの魚に同行して泳ぎ、必要に応じてその魚の鱗や皮膚をはがして食べる。鱗食魚はほかの肉食魚と異なり、鱗以外の硬骨が胃内に認められないことから、その特異な食性がうかがえる。ただし、鱗食性は幼魚期にみられるだけで、成魚になると完全な肉食性となる。 
 ある種のアジOligoplites refulgensの全長5.5センチメートル以下の幼魚では、歯骨上の歯が2列で、とくに外列歯がへら形をして密接し、外方に向かって鉤(かぎ)状となる。体を「S」状または「Z」状に曲げて相手をつつき、その瞬間に鱗の下に外列歯を入れて鱗や皮膚をはぎ取る。6センチメートルぐらいから外列歯が脱落しだし、15センチメートル以上に成長した魚では鱗食性が失われる。 
 アフリカのタンガニーカ湖にいるカワスズメ科(シクリッド科)の鱗食魚は、被食魚の後方から近づいて、体の側面の鱗をはぎ取って食べる。そのために口が左右どちらかに曲がっている。左に曲がった口は体の右の鱗をはぎ取るのに適している。右のものはその逆である。その数は半々ではなくて、どちらかに偏っている。左口が多くなれば対象魚は体の右側を警戒するようになるために、右口のほうが有利になり、その数を増す。次には逆のことがおこり、この現象が繰り返される。左利き、右利きの発達の進化の例として興味がもたれている。[落合 明・尼岡邦夫]
出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ in コトバンク

鱗食魚には、アジ類、海産ナマズといった、日本でおなじみの魚の仲間にもいるようですね。

脊椎動物における先天的な右利き・左利きのメカニズムを明らかにするには、鱗食魚の「ただし、鱗食性は幼魚期にみられるだけで、成魚になると完全な肉食性となる」という性質が、ポイントになったようです。私にとっては、出世魚の存在を知った時以上の衝撃を受けた点でもありましたが…。

ここで、話の筋を研究グループのほうに戻しましょう。引用したニッポニカをの記事後半を参考に、名古屋大と富山大の使った鱗食魚の種類を推測すると、タンガニーカ湖のカワスズメ科(シクリッド科)の一種類。今回の研究プロジェクトの経過を取り上げた、別のニュース「名大など、魚の行動の左右性を発見 - ヒトの利き手の神経基盤解明にも期待(マイナビニュース、2012/01/12)によれば、使われたのはシクリッド科の「鱗食性シクリッド(ペリソーダス ミクロピレス)」だと思われます↓

ちなみに、シグリッド科の魚にも、鱗食性じゃない種類のものもいるようでした。研究グループは、ペリソーダス ミクロピレスと思われる、シグリッド科の鱗食魚について、「世界淡水魚園水族館(岐阜県各務原市)の協力で」、「飼育下で繁殖させ」、「孵化(ふか)して初めてうろこを食べる時からの左右差の変化を」調査しました。その結果、分かったことは次のとおりです。

 その結果、襲撃する方向は最初は偏っていなかったが、経験とともに、下あごの大きさと関連した利き側から襲撃する頻度が高くなった。 

 しかし、魚を襲撃する際の体の屈曲運動は、初めてうろこを食べた時から、利き側の方が利き側でない方に比べて1・3倍大きく速く曲がり、運動能力には生まれつき左右差があることがわかった。鱗食魚はこうした差を学習して有利な襲撃方向を選ぶようになるとみられるという。
(「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)

実際に、獲物の赤い魚に食いついている鱗食魚の写真、それと「左利きの鱗食魚が、獲物の背後から近づき、獲物の左側を狙って自らの体を素早く右に曲げ、うろこに食いつく様子」のイラストが、下のものです↓

研究結果を読んでの私の見方は、この鱗食魚は、誕生して時間が短いうちは経験が浅くて、自分の下あごの形や大きさの特徴を把握できず、「襲撃する方向は最初は偏っていなかった」。しかし、「経験とともに、下あごの大きさと関連した利き側から襲撃する頻度が高くなった」ということです。

繰り返し引用しますが、

魚を襲撃する際の体の屈曲運動は、初めてうろこを食べた時から、利き側の方が利き側でない方に比べて1・3倍大きく速く曲がり、運動能力には生まれつき左右差があることがわかった。鱗食魚はこうした差を学習して有利な襲撃方向を選ぶようになるとみられるという。
(「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)

つまり、捕食経験を積むうち、自分が襲撃しやすい側は右側か左側か、自然と判断できるようになるとともに、曲げなくなった利き側でない方より、1.3倍の大きさと速さでからだを利き側に曲げられるようになり、しかもkの運動能力には先天的な左右差があるということでした。冒頭に書いた私のハサミで紙を回りながら切るエピソードをベースにすれば、経験を積むうち、左手でハサミを握るよりも、握るのに適した神経と構造の右手でハサミを握り替え、左手は紙を支えて回すような補助的な動作に向いた構造だと理解し、母に言われなくても、右利きの道を進むことができる。そういうことになるでしょう。

先のニッポニカの記事の記述に沿えば、「鱗食性は幼魚期にみられるだけで、成魚になると完全な肉食性となる」ことから、先天的な鱗食性を持つこの種の魚は幼魚期、経験を積んで、自分は右利きか左利きか、短い間に判断して襲撃方法を選び、捕食するようになるということでしょう。


 2-3.小結

鱗食魚の研究結果について、朝日新聞が伝えるところでは、ジャーナルに発表するとともに、将来的な展望が示されています。

 これらの研究内容は、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表された。名古屋大の小田洋一名誉教授は「あごの骨の大きさという形態と、運動能力という異なる特徴で、生まれつき同じ利き側が決まっているのは驚いた。人間の運動能力にも生まれつき左右差がある可能性がある」と話している。今後、利きに関係する脳内機構や遺伝子の違いを解明していくという。(月舘彩子)
(「右利き・左利きは生まれつき? 魚の捕食法もとに研究」(朝日新聞デジタル)

今回の研究結果については、2012年あたりから面白い結果がわかっていたようですし、5年かけて実証されたことを英科学誌に成果を発表なさったことは、他の研究分野への応用や発展という点から、有益なものが生まれることがあるでしょう。もう少し時間が経って、人間工学に転用されれば、脳内機構と連動したスポーツウェアが作りだされ、それぞれ右利き・左利きの人たちが各々のパワーを発揮できる商品が販売されるなど、ビジネスとして商品開発にも取り入れられていく可能性があります。



3.最後に~「利き手」研究の将来を考える~

今回の鱗食魚を使った「利き手」の研究は、将来的に様々な可能性を示し、私としても面白いな、と感じる点が多くありました。

そういったポジティブな面がある一方、「人間にとって、右利き・左利き問題は社会にとっても大問題ではないだろうか?」という問題意識を持つ私にとっては、この研究の行き着く先がネガティブなものになったら…?という懸念があります。

朝日新聞デジタルの記事によれば、この研究は「今後、利きに関係する脳内機構や遺伝子の違いを解明していく」展望が示されています。研究に使われた鱗食魚のこのシグリッドは、右利き・左利きの割合が5割ずつでした。それに対して、人間の場合、古いデータですが「1977年の統計では成人人口の8%から15%が左利きである」そうで、しかも成人人口における左利きの割合は10%台から大きく変動はしていないようなのです(参考:「なぜ左利きは少数なのか」、左利き - Wikipedia)。

人間は、右利き・左利きの割合が9:1から8.5:1.5で、ほぼ変動がないということになるんでしょう。明らかに、人間社会において、左利きはマイノリティな立場にあると。

そんな社会を前提に、「脳内機構や遺伝子の違いを解明していく」過程で、例えば発達障害やディスレクシアを含む脳の識字に関する特性との関連が明らかになり、生きづらい思いをしている人たちが生きやすい技術が生まれれば、それはポジティブな方向でのゴールです。


一方で、現在、マジョリティの右利きの人たちが、脳内機構や遺伝子のレベルで、より能力を発揮しやすい方向に様々なシステムや社会的インフラが進む方向に行き、1割台の左利きの人たちが社会に参加する上でシステム的に「置いてきぼり」とされ、もっと生きづらい社会に向かってしまう可能性も否定はできません。

逆に、脳内機構や遺伝子レベルでの「利き手」のメカニズムが解明されてきて、左利きのほうが、右利きよりも優れていることが分かった未来があるとしましょう。1割台だった左利きの人たちを優遇する国際条約を制定。彼らを積極的に婚活させ、左利き同士のカップルを作り、左利きの人口を世界の成人人口の3~4割台に増やせば、今度は右利きが「置いてきぼり」になる仮の未来もあり得ます。左利き優遇の社会システムが学校教育制度のレベルで浸透したならば、右利きに生まれた子の親は、子が社会の上層部に行けるよう、左利きに矯正するといった、「育児的な歪み」も出てくるかもしれません。


今回、取り上げた名古屋大と富山大を含む研究グループの皆様には、本記事とこの「最後に」で書きました、「人間にとって、右利き・左利き問題は社会にとっても大問題ではないだろうか?」という問題意識についても、どうか、意識を持っていただいて、更なる研究成果をあげて頂きたい。そのように、申し上げて、本記事を閉めさせてください。

ここまで、長々とお付き合い頂き、読者の皆さま、ありがとうございました。


*本記事は、投げ銭制を採用させて頂いております。もし、お読みいただいて得るものがあったとか、少しでも暇つぶしになったとか、ありましたら、寄付をして頂けたら、執筆者の励みとなります。

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