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村弘氏穂の日経下段 #7(2017.5.13)

壊すのか建てているのか分からない白く覆われビルの気配す

(東京 佐伊藤哲生)

 不確実な事象や不透明な事物を歌に詠むことはよくある。分からない事柄だからこそ、我々は強く興味を惹かれるのだ。疑問を軸に構成されている作品だが、屹立するのか崩れ去るのかが不明の建造物さえ、実際には見えていない。そこには気配だけが漂っているのだ。じきに変貌を遂げるであろう不可視な立体を隠す、ヴェールだけが明白に際立っている。この異様な臨場感は、そこから放たれて、詩に変化したのだろう。


電波塔朝はキリスト昼虚無僧夜ロボットに変化して見ゆ

(東京 大里 安)

 変化をしているのは対象ではなくて詠み手の心象。文明の象徴ともいえる電波塔に対する独特な明喩が、ある種の予言性を帯びている。昼夜を通して普遍なはずの物体を崇めたり、蔑んだり、心が宿っていないものに置き換えているが、実のところ詠み手は常に仰ぎ見ているのだ。神から人工知能への変化は、聳え立つ塔のもとにある、宗教と科学の対立の構図までも暗示している。感受性の高い人間だけが、受信できてしまう電波があるのだろうか。


 
すき焼きの途中でふいに「ジャガイモを入れて肉じゃがにしませんか」

(枚方 久保哲也)

 すき焼きがある食卓なんて、それだけでもう楽しいに決まっているんだけど、会話を挿入したことで、さらに楽しい空気感が伝わってくる。料理を変えてしまおうという大胆な発想に可笑しさがあるが、片仮名のジャガイモが平仮名に変化している点も面白い。賛否が分かれそうなこの提案の変容は、果たして受け容れられたのだろうか。決して珍しくはない食卓風景を素材に扱いつつも、その割下には独自の世界観が溶け込んでいる。

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